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【十七】

 ちなみに、卒業式では告白ラッシュが巻き起こった。俺まで告白された。誰でも良いのか? 鷹橋先輩以外にも、奇特な先輩がいたのである。俺に面識はなかった。どこで俺の存在を知ったのだろうかと考えると、心当たりは東北弁シンデレラしかなかった。先輩は東北の出身で、懐かしさを覚えたとか、そういうことなのだろうか? 考えたくもないが、女装している男子が好きだと言うことはないよな。もう俺は二度と女装などしたくないぞ。

 葉月君に「さすがに流すのがうまいですね」と言われたが、男相手に流さずしてどうする。相手が真剣だと分かっていても、俺は菩薩を憑依させ、断るしかできないのだ。菩薩さえ憑依させておけば、「ごめんなさい」の一言で、幕を閉じるからな。

 みんな俺の笑顔を深読みしてくれるのだ。侑くんには、「みんな誉様からヴァレンタインにチョコもらいたがっていたのにな。あの先輩も含めて」と言われたが、高屋敷家の製菓会社は、チョコレートよりもポテトチップスの方が売り上げは良いらしいぞ。ただ大学からは敷地が完全に別になるので、先輩達のことを思えば少しだけ感慨深かった。正直鷹橋先輩の顔を見なくなって良いから嬉しい、とまでは言わないが。ごめんなさい。


 そうして中学二年生になった。

 同時に、弟が幼稚舎へと通うことになった。子供の成長は早い。相変わらず朱雀(と、結局は呼んでいる)は、可愛い。最近では、「おにいちゃんのおむこさんになる」と言ってくれる。「およめさん」から進化した。だが、朱雀よ、そもそも男同士では結婚できないのだぞ!

 さて、クラス替えがあった。中等部では毎年あるのだ。俺は、和泉と同じクラスになった。今度は、存沼が一人だ(他の生徒もいるのだが)。そして三葉君とルイズが同じクラスだった。まぁ三葉君はどこのクラスになろうとも、今年も学校には来ないのだろうな……行事には今年もくるのだろうか?

 そして卒業式から続くように、咲き誇る桜と同じように、学内中に甘いピンクの香りが漂い始めた。恋の季節の到来だ。俺が入学した頃は、そんなことは全く気にならなかったから、今年が特別なのだろうか? 卒業式との違いは、新しい出会いの季節だという点だ。出会いって……。顔だけは知っていた初等部時代の先輩・後輩の姿が、成長して変わっていたり、外部入学の生徒がいるからなのか、一目惚れだの、告白だの、そういった旋風に学園中が盛り上がっている気がした(気のせいではないだろう)。

 俺の所には、別に告白など無かったが。強いて言うなら、サロンでずっと一緒で一つ下の学年の、永原和実くんが挨拶に来てくれたくらいだった。永原君はそれほど目立つ方ではなかったが、ここぞと言うときは皆をまとめてくれる頼りになる子だったような気がする。存沼とは異なるリーダーシップがあるのだ。存沼にあるのは、俺についてこい、と言う無根拠の代物だ。

 そんな中で特に告白が目だったのが、やはりというか何というか、
 存沼と和泉――そして西園寺だった。ちょっと意外だった。何せ西園寺は、風紀委員をしているだけあって、存沼とは違った意味で怖いからだ。やはり、世の中顔なのか。男相手にモテたいとも思わないが、俺との差は、皆歴然である。たぶんここに三葉君がいたら、三葉君もすごいことになっていたのだろうな。もっとも、三葉君は来ないけれど。安定して学校に来ない。それに恋人もいるらしいしな……。

 しかも告白文などを、和泉が読んでいるわきでのぞいた限り(見えただけだ、本当。盗み見じゃない!)、ノリで告白しているなどではなく、本気度がすごかった。男子校なんだけどな。ここは男子校だよな? まさか同性愛矯正のために、共学化するというオチか?

 その後、一週間ほどした時、和泉がカノジョと別れた。
 休み時間に何気なく、笑いながら「あ、そう言えば、別れたんだよ俺」と言われた。
 驚愕して、俺の体は硬直した。

 それから気を取り直して、和泉をじっくりと見た。別段落ち込んだ様子など無かったから、てっきりふったのだろうと話を聞くと、相変わらず楽しそうな顔で、「ふられた」と言う。……ヤったのだろうか?ここ最近二次性徴が終わりつつある和泉は、どこか色気がある(男相手に何言ってんだ俺)。その気配から察するに、経験済みだろうなと俺は思った。余裕があるからだ。「暫くカノジョはいいや」なんて、口角を持ち上げて言っていたし……。

 同時に、三葉君のことも、本格的に放置することに決めたらしく、最近の和泉は、清々しい笑顔でいることが多い。それとなく、「三葉君はどうなったの?」と聞いたら、「知らない。ま、俺は家督だけは、いらないけどな」と、笑いながらどうでも良さそうに返ってきた。いつもの和泉に戻ったが、三葉君は本当に大丈夫なのだろうか……。まぁ家督争いは起きそうにはないが、三葉君の相手が同性である以上、両者ともに「いらない」と言って勃発する可能性が出てきてはいる。そこには本当に俺は立ち入れないからな!

 その二日後、もう一つ、嫌むしろこちらがメインの大ニュースがあった。


 ――存沼が、新入生の有栖川瑛くんに一目惚れした。


 有栖川瑛くんは、外部入学生で、今年から稑生に来た。実家は大手の配送会社だが、俺でも最近ニュースで、経営が傾きつつあると聞いたことがある。そのため、家柄からと言うよりも、奨学金で外部入学生は成績を維持すればだいぶ学費が抑えられるからと言うことで、入学を決意したらしい。少なくとも、初年度は制服や参考書類が無償で提供される。

 色素が薄く、笑うと子犬のようで、歩幅が狭いのかとてとてと歩く姿を見ると(存沼に連行されたのだ、今回も……)、本当に愛らしかった。仕草一つとっても愛らしいのだが、緊張したように挨拶する姿や、少しうち解けて柔和に笑う姿、穏やかな物腰に、確かにこれなら存沼が惚れてもおかしくはないなと思った。満園先輩とは全くタイプが違うが、一目惚れだけではなく、見れば見るほど心に響くものがある。可愛いな、中学一年生って。
中学生でもまだ、幼さは残っているのだなと実感した。

 不良でもないし、素直に応援したい。応援したいのだ、本音で。
 だが、ちょっと嫌な予感もする。
 ――……有栖川?

 どこかで聞いたな。俺は女子側の報復されキャラの名前を思い出しそうになって止めた。代わりに、存沼が話しに行った時に(勿論俺も連行されている)、それとなく聞いてみた。

「兄弟はいる?」
「いえ、僕は一人っ子です」
「そうなんだ。じゃあ親戚に、僕らと同じ年の女の子はいる?」
「あ、はい。鈴音さんという従姉妹がいますけど、ご存じなんですか? 今は、ウィーンにいますけど。帰ってくるのは三年後だって聞いてます」
「ううん。有栖川君の親戚なら、きっと可愛いんだろうなと思って」

 あわてて俺が言葉を取り繕うと、有栖川君が照れた。存沼には睨まれた。睨むくらいなら、一人で会いにくればいいだろうが! そして有栖川君も照れるな!

 しかし安心した。婚約者フラグは折れているし、存沼に婚約者がいるという話はないし、ライバルヒロインは、海外から三年間戻ってこないと言うことは、問題がない。帰ってくるなよ、お前の身の安全のために! 幸せに生きてくれ!

 その後も存沼は俺を伴い、有栖川君の所に日参した。学園中が、再び存沼の思い人を悟ったことだろう。最早ストーカーではなく、堂々と会いに行っているのだ。その行動力を見習いたいが、見習って発揮する相手も俺にはいない。そして有栖川君は、温かく俺たちに接してくれる。本当に良い子だ。

 そんなある日、葉月君に図書委員会の終わり頃に声をかけられた。

「存沼様と、有栖川君を巡って争っているなんて嘘ですよね?」

 何の話だ……ありえないだろう。俺が連れ回されているだけだ。これまでの経緯を見ても分かるだろうが。

「嘘だよ。僕は、有栖川君はとても礼儀正しくて、良い後輩だと思っているだけだよ」
「そうですよね、誉様に限って!」

 うん、俺に限って男の子に惚れることはない。安心したまえ。

「じゃあ存沼様を巡って、有栖川君と争っているって言うのが本当のところですか」
「え?」
「頑張ってくださいね、誉様!」

 なにを? 俺が答えを探しているうちに、颯爽と葉月君は帰ろうとした。しかし俺はその腕をつかんで、無理に引き留めた。

「待って」

 否定しそびれたら、まずい気がした。何故俺が有栖川君と争わなければならないというのか。俺は面倒ごとには関わりたくないぞ。

「僕はマキ君を巡って争ったりしないよ」
「それだけ、確かな仲と言うことですか」

 断言されて俺は辟易した。どんな仲だよ。

「マキ君と俺は、ただ昔からつきあいがあるだけで、特別な仲ではないよ」

 事実だ。事実を告げなければ。そう――……

「葉月君と侑君みたいな関係かな」

 菩薩を憑依させて告げると、息をのんでから、葉月君が何度も頷いた。

「大親友なんですね! 分かりました。変なことを聞いてごめんなさい」

 そうして今度こそ、葉月君は帰っていった。なるほど二人は大親友なのか。じゃあ俺は? 本当に疲れた。


 ――そして存沼の恋は、無事に実った。


 俺は心から祝福した。最早男同士でも構わない。期限の時は刻々と迫っているわけだし、片っ端からフラグが折れてくれるに越したことはないのだ。

 それにしても、存沼よ、俺に恋愛相談してくるのはやめろ! 男同士の恋愛小説を引っ張り出せ! 絶対にお前の方が詳しいだろうが!

 その後さらに、大ニュースがあった。ニュースに事欠かない新学期である。


 ――砂川院三葉が、きちんと学校に来るようになった。


 それだけでも一大ニュースだ。学校中が、一番は存沼の話題だが、次点でこの事実を騒ぎ立てている。俺も素直に驚いた。株に飽きたのだろうか? 設定と違ってしまうが、それは喜ばしいことだ。いや、まさかな。あり得ない。だが……ひきこもり設定はなくなったのだろうか? どちらにしろ、三葉君に会う機会が増えるのは喜ばしい。案外素直に、中等部の二年生になったから、勉強に身を入れることにしたのかもしれないしな。次期砂川院家の当主なのだし。同性の恋人がいるにしろ……。

 そんな感じで始まった中2であるが……昨年よりも騒がしくなった。
 原因は、恋が実って、有栖川君にべったりの存沼だ。

 なんでも有栖川君には、嫌がらせなどがあったらしい。
 存沼を思うあまりの犯行だそうだ。
 対応しているのは、風紀委員会。主に、在沼と直接渡り合える、西園寺だ。

「いいかげんにしろ!」

 今日も廊下で、有栖川君の唇を何とか奪おうと試みている存沼に、西園寺が叫んだ。

 ファーストキスはまだらしい。いや、そんな話はどうでも良い。こんなところでキスなんかしたら、有栖川君はさらに嫌がらせをされるだろう。存沼が悪いのに、何故有栖川君に被害が行くんだろう。

 そして存沼を好きな人々は、一体何を考えているんだ。まぁ、中学生なんだから、イジメの一つや二つは起こるかもしれない。しかしこれは、「お前、ホモだろ」だとかそういうイジメではない(もっともホモも事実なのだが)。

 何でも上履きが水で濡らされたりしているそうだ。それがもっとも陰湿だという。机や教科書に落書きしたり、百合の花をおいたり、生ゴミを入れたり、遠くから卵をぶつけたり、直接呼び出して糾弾したり、殴ったり、というような、俺がイジメで連想するようなものは何も起きていない。靴の中には、画鋲すら入っていない。さすがは稑生。

 聞くところによると、いじめの大半は嫌味を言うことで、直接的な被害は、その上履き水事件だけだそうだ。本人にとってはショックだろうが、陰湿でもないし、お上品である。無視などもないそうだ。良いことだ。聞いてほっとした。

「兎に角学内で風紀を乱すな!」

 西園寺が叫んでいる。すると存沼が眉間にしわを刻み、百獣の王の顔になった。ここに、荒ぶる鷹VSライオンの争いが勃発した。俺は今回ばかりは、有栖川君のことを考えて、内心西園寺を応援しながら、その場を見守る。

「どこでキスしたって勝手だろう」
「駄目に決まっている、せめて学外でやれ!」
「放課後は、忙しいんだよ!」

 ファーストキスも未だな存沼である。しかし、放課後が忙しいというのは事実だった。有栖川君はアルバイトをしているのだという。中学生からできるアルバイトとは何だろうか。労働基準法に違反する気がする。純粋なる興味で尋ねたら、老人ホームの介護ボランティアをして、代わりに、お小遣いをもらっているとのことだった。

 有償ボランティアだ。バイトに値する額や時間ではないので、稑生にも申請しているし、様々なところに問い合わせたそうだが、問題がないとのことだった(本当かは知らない)。

「兎に角学院内で不純同性行為をするな!」

 不純異性行為ではない。確かに不純異性行為ではない。しかし不純同性行為という言葉に、俺は激しく違和を感じる。ただ、放課後が駄目なら、朝はどうだろうかとも思った。

「うるさい」

 存沼が怖い。西園寺も怖い。もうすぐ授業が始まろうとしているというのに、周囲も廊下で硬直して見守っている。有栖川君も困ったように視線をさまよわせている。そして……俺を見た。視線が合ってしまった。慌てて逸らそうとしたが、どこか懇願するような瞳で見られている。確かに有栖川君も可哀想だしな……。

 俺は、お手製で掘った微笑している仏像を、顔面に貼り付けた。まだ、菩薩が出る幕ではない。モナリザもマリア様も待機していてくれて良いが。

「二人とも。そろそろ授業が始まるよ。このままだと、存沼も有栖川君も授業に遅れてしまうし、授業に行くのを引き留めたら、西園寺も風紀委員としてまずいよね?」

 すると二人が黙って俺を見た。有栖川君が小さく笑って頷いたのが
 分かる。自分で仲裁しろよ。もう嫌だからな俺は。存沼もいい加減に俺を連れて行くのはやめろ。

 それにしても存沼と西園寺の仲は順調に悪くなっていくな。
 現段階では、喧嘩友達に見えるが、大丈夫なんだろうな……?

 さて、夏休みがやってきた。今年は存沼と、中国に行った。だからさ、「一緒に始皇帝!」じゃない。なんだよそれは。

 寂しいのは、今年も砂川院家の別荘に呼ばれなかったことだ。俺は何かしたのだ
ろうか。いや、それはないな。スノーボードにも来てくれるほどだし、少なくとも和泉に限っては、何もない。三葉くんの方とも会わないのだから、何かあるはずがない。きっと忙しいんだろう。

 かわりに、夏休み中に初めて、葉月君と侑君から呼び出された。うれし泣きしそうになったのは秘密だ。内容は、侑君が告白しようと思っているんだけど、どういう風にしたらいいか、というものだった。

 ――それは、俺に聞かれても困る。今世で俺に恋愛経験はないし、中学生の恋愛がどんなものかなどといまいち分からないのだ。

 和泉の例と存沼の例を見ていても(三葉くんは不明だが)、個人差がありすぎるのだ。だから前世知識もあまりあてにならない気がするし、前世でだって俺は……まぁいい。

「誰が好きなの?」

 まずはそこからだ。

「沖谷君なんだ」

 俺も知っている子で、良かった。しかし有意義なアドバイスなど何もできない。
 まさかのここで、俺は菩薩を召還することになった。

「自分の気持ちを素直に伝えるのが一番だよ」

 全く同じ事を葉月君に昔言ったが、都合良く忘れることにした。そして夏休みがあける直前に、「誉様のおかげでうまくいった!」と言われたが、一体俺が何をしたというのだ。何もしていないぞ。


 そんな夏休みがあけると、大騒動になった。


 確かに俺は、存沼と旅行に行った(昔からだ!)。
 今年も三葉君と存沼は夏祭りに行ったらしい(これは昔から意味不明だ! そして何故皆はそれを知っているのだ!)。

 しかしその事実に、稑生中が騒ぎ立てたのだ。

 ――存沼雅樹の本命は誰だ?

 と。

 俺は有栖川君に、初めて単独で呼び出された。すれ違いざまに、目立たないように、「委員会が終わった後、ちょっとだけ時間をください」と言われたのだ。有栖川君は存沼と違って、きちんと人目を気にする子である。まぁ俺の方に困ることはないのだが、この状況では、有栖川君は人目を気にしてしかるべきだ。

 図書委員会が終わってから、俺は有栖川君が待っていると言っていた第三音楽室へと向かった。この教室だけは、完全防音で、巨大なテレビモニターも放送器具も全部手動で操作するから、全校放送やチャイムの音ですら聞こえない、完全に安全な場所なのだ。何が安全かって、それこそ、密談にだ。先に誰かが入ると、空気を読んで誰も中に入らないという暗黙の了解が、稑生中等部には存在する。

 高等部の第五音楽室も同様だと聞いている。

「……高屋敷先輩、僕どうしたらいいのか」

 そこで有栖川君が泣き始めた。俺も泣きたい。

「有栖川君、一つだけ言っておくけど、僕とマキくんの旅行は、ただの遺跡巡りなんだ。遺跡が目的で、毎年夏に見に行くんだよ」
「はい……高屋敷先輩が遺跡好きだから、毎年旅行してるって聞いてます」

 いや、え? 俺は別に遺跡好きじゃないぞ? それはお前だろう、存沼! 冒険家の夢を俺に押しつけるな!

「それとね、ここだけの話にしてもらえると有難いんだけど、三葉君には恋人がいるよ」
「え」
「だから、何も心配しなくて大丈夫だよ」

 今回は菩薩に加えて、最初から、様々な微笑を召還していたので、俺はすらすらとそう言った。ちょっとだけ有栖川君の頭をなでてやりたくなったがやめておいた。

「だけど、雅樹様の気持ちが分からなくて……」

 あれだけ熱意を向けられていて分からないってすごいな。
 夏休みがあけてから、兎に角存沼は、有栖川君の誤解を解くことに躍起になっている。それ以外に全く注意を払わず、必死なのだ。

「大丈夫。マキくんを信じてあげて」

 そういって微笑むしか俺にはできない。存沼よ、さっさと有栖川君の誤解を解け! 俺に火の粉が降りかかってくる前にな。切実に頼んだぞ!


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