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【十九】都市ウェズロードへ


 その後、俺はラキとユースと共に、一週間ほど様々な依頼をこなした。
 三人で戦うと、やはり楽ではある。
 その内に、ぽつりぽつりとだが、ユースも俺と話をしてくれるようになった。

「僕はさ、魔族の兄がいるんだけど……半魔だから、魔王国から出たんだ。兄に迷惑をかけたくなかったんだよ。魔王国は差別はほとんどないんだけど、貴族階級に半魔はほとんどいないから……僕のせいで、兄上は大変な思いをしたんだ」
「大変?」
「うん。兄上は、半魔差別をなくすと話して、魔王国で出世して、半魔の地位を向上させてくれたんだよ。でも批判も多かったんだ。魔王様が兄上の意見を尊重してくれたからよかったけど、そうでなかったら、兄上は僕のせいで処刑されていたかもしれない」
「そんな事があったのか……」
「もう三百年も前の話だけどね」
「え? お前って、二十二歳じゃ?」
「そういう事にしてるだけだよ。外見年齢」
「な、なるほど」
「今じゃ、僕の兄上は、魔王軍四天王になったんだ」
「そうなのか」
「うん。スカイデル兄上というんだ」
「ふぅん。俺は孤児だから、異父でも兄弟がいるというのは羨ましい気がする」
「……兄上は、とても僕に優しい。それが心苦しいんだよね」

 ユースが苦笑した。珍しく黙って聞いていたラキは、それから俺を見た。

「しかしジークも珍しいな。魔族や半魔を差別しないっていうのは」
「それはラキだって同じだろ?」
「俺は……ユースと旅をして長いからな」
「そうなのか?」
「おう。俺は親に捨てられて路頭に迷ってた所を、ユースに拾われたんだよ。当時の俺、十一歳だ。ユースがいなかったら、今頃のたれ死んでたね。俺にとってユースは、親みたいなもんなんだよ。今じゃ、俺の方が年上の外見だけどな」
「そうだったのかぁ」

 俺が大きく頷くと、ラキが誇らしそうに笑った。ユースは照れくさそうにしている。
 それから、ラキが真面目な顔をした。

「なぁ、ジーク。これからも、俺達と一緒に、パーティで活動しないか?」

 その誘いに、俺は瞳を揺らしてから、軽く首を振った。
 少しだけ迷ったが、答えは決まっていた。

「断る。俺は、そろそろこの都市を出る」
「――それは、僕が半魔だから?」
「まさか。そうじゃない。実は俺、会いたい人がいるんだ。そいつを、探したい」
「どんな人?」
「ロイっていうんだけど、その……好きな相手だ」

 口に出して『好き』と言ったら、俺の中で想いがあふれて、思わず俺は赤面してしまった。俺の言葉に、ラキとユースは顔を見合わせる。それから二人は、温かい表情で俺を見て頷いた。

「そういうことなら止められないなぁ」
「うん。ジーク、またどこかで会おうね」

 こうして二人に見送られて、俺は都市を出る事にした。
 その前に、依頼を引き受けようと考えて、荷物を持ってからクエストボードの前に立った。ロイは、俺の行くところに現れるが、それは魔術で探知しているとしても、きっと近くにいるんじゃないかなと俺は推測している。つまりロイも、俺と同じように、依頼を受けて、街から街へと移動していて、その道が似ているんじゃないかと、俺は考えている。それこそ魔族や魔王でもなければ、長距離の転移なんて魔術は使えないからだ。近くを旅しているのだろうと、俺は予想している。だから行き先が重なる事があったのだろう。

 ならば、クエストボードの依頼に沿って、旅をする方が、ロイに会える確率が高いように思う。というわけで、俺は依頼書を見た。すると、隣の都市であるウェズロードまで護衛を希望する商人からの依頼書があった。ウェズロードは、隣国のアーゼアナ連邦との国境も存在している大都市だ。行ってみて損はないだろう。俺は依頼書を持って、受付へと向かった。

「ああ、そこのカウンターにいる髭の方ですよー!」

 受付の人に教わり、俺は食堂のカウンター席を見た。すると麦酒を飲んでいる短い顎髭を生やした、俺より少し年上に見える人物がいた。彫の深い顔立ちをしている。俺はそちらへ歩み寄った。

「すみません、護衛を引き受けた、ジークといいます」
「お! よろしく頼むぞ。俺はバルデスだ」
「よろしくお願いします」
「硬い硬い。気楽に喋ってくれ」
「うん。分かった。いつ旅立つ?」
「すぐにでも出られる。ジークはいつがいい?」
「俺も今、出られる」
「じゃ、行くか!」

 と、こうして俺は、次の依頼を引き受けた。玄関まで、ラキとユースが見送りに来てくれた。俺は手を振ってから、バルデスと共に、街道を歩き始めた。

 都市ウェズロードまでは、都市と都市の間に大きな街道が整備されていて、丁度一日歩くと、そこに宿屋が存在していた。往来する人が多いのだという。そのため、魔物よりも追いはぎや山賊が怖いのだと聞いた。俺は人間相手の戦闘は苦手だが、気を引き締めようと考えて、何度も周囲を確認した。

「めったに出ないから、ただの念のためだぞ?」

 俺があんまりにもビクビクしているものだから、バルデスが笑っていた。
 こうして俺達は、何度か宿をとり、二週間ほどかけて、都市ウェズロードへと到着した。丁度昼飯時に、大通りに出た。

「ありがとうな、ジーク。今日はお礼に、飯をごちそうさせてくれ!」
「え、いいのか? やったぁ。俺、肉が食いたい!」
「いくらでも。俺の行きつけの、骨付き肉が美味い店がある。そこにしよう」

 バルデスが機嫌よさそうに述べてから、歩き始めた。俺はその隣に慌てて追いついて並ぶ。そうして少し歩いていた時の事だった。

「大変だ!! 魔物が襲ってきたぞー!!」

 大声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、大勢の人がこちらに走って逃げてくる。砂埃が舞い上がっていて、巨大な何かが進んでくるのが目視できた。

 それが近づいてくるにつれ、腐った卵のような臭いが、周囲に漂い始めた。
 俺は思わず険しい表情を浮かべる。

「バルデス、先に逃げてくれ」
「んん? ジークはどうするつもりだ!?」
「俺は、これ以上街に被害が出ないように、足止めをしてみる」
「え? 人間相手にも怯えてるお前が!? 無茶をするな!」
「魔物が相手なら、俺も全力を出せる」

 俺は笑って見せた。すると目を丸くしてから、バルデスが頷いた。

「無事に戻れよ?」
「ああ」

 頷いてから、俺は砂埃の中から現れた――屍竜を見据えた。
 先日、竜のジャネスから聞いた存在だと、一目でわかった。
 竜の中の、理性がない魔物となった存在は、街を壊しながら、どんどん進んでくる。
 俺は正面へと躍り出て、杖を手で一回転させてから、強く地についた。
 同時に脳裏で魔法陣を想起し、攻撃魔術を発動させる。瞬間、その場に魔力が溢れかえった。バン、と、音がした。破裂し、飛び散ったのは、屍竜の頭部だ。緑色の体液が噴出し始め、少しして巨体が地面に倒れた。

「さすがだな、ジーク」

 立っていた俺のもとに、バルデスが走り寄ってきた。

「強いんだな、ジークは。見直した。本当に、さすがだ」
「ありがとう」

 褒められたものだから、照れくさくなって、俺は顔を背けた。
 頬が熱い。

「いやいや、礼を言うのは、この近くに家がある俺の方だ。昼食をとったら、そうだ、俺の家に来ないか? 一泊くらいなら、部屋を貸せるぞ?」
「あ、いいのか? じゃあ、お願いしたい」

 こうしてこの日は、料理店で食事をした後、バルデスの家に泊めてもらった。
 屍竜の遺骸は、駆け付けた騎士団の人々が処理をしたそうだ。
 バルデスの家は、商家で、チョコレートを販売していた。俺はお土産にチョコを貰って、翌日バルデスと別れて、冒険者ギルドへと向かった。こうして、護衛の依頼は達成したのである。



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