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【第十九話】魔王、城下の街へ行く。


 翌日は、みんなで城下の街を見てまわる事になった。朝食を食べてから城を出た俺達は、徒歩で橋を渡り、門を抜けた。そこから下に坂道が続いていて、街が一望できる。案内役のシリル殿下とその一歩後ろにいるアゼラーダの背中を、俺は何気なく見た。俺とリザリアがその後ろを歩いていて、俺とリザリアの間にあたる場所の少し後ろにルゼラがいる。

「私、王都以外に来たの、初めてです」

 興味深そうなルゼラの声に、俺とリザリアはほぼ同時に振り返った。確かにきっかけがなければ、あまり王都を含めた戸籍登録している場所から平民や貧民は移動しないだろう。貴族は自分の領地がある事も多いから別だが。俺の伯爵家にも、一応小さい領地はある。あと俺はその他に、治癒魔術を使ってほしいと頼まれて、各地の医療院にたまに出かけていたから、この体としては王都以外にも行った事がある。魔王時代も、魔族の領地の各所に視察に出かけたり、討伐に出かけたりがあったから、これでもそこそこ、この国を含めた大陸の知識はある。地理も得意だ。

「私もこの街に来たのは初めてですわ。三代前の国王陛下の第二王妃様の生家があったとか。その縁であの城は建てられて、シリル殿下が生まれた際に贈られたと聞いていますわ」

 歴史については知らないので、俺は頷きながら聞いていた。王族が直轄支配する土地が国内にいくつかあるのは知っていたが、経緯までは知らないし、特に興味もない。そう考えながら坂を下りて、街の大通りへと出た。まだ朝が早いからか、人通りはまばらだ。

 白い石畳の路を進みながら、俺達はまず今日は、美術館に向かう事にしていた。城の宝物殿に入らないような大きさの、シリル殿下の生誕にあわせて贈られた品や、他にも王族関連の品が納められているらしい。と、いうのも理由の一つだが、一番は、夏休みの自由研究という課題をこなしてしまおうと、全員で取り決めたからだ。魔導カメラで撮影が許可されている宝物の写真を撮って、その美術品やこの土地を名産品や歴史などを各自まとめて、それで宿題を終わらせようという魂胆である。

 目指す美術館には、すぐに到着した。案内の係の人には事前に連絡してあったから、出迎えてくれた美術館の人々は、皆笑顔だった。最初は展示を一つ一つ説明してもらいながら回り、その後は自由に個々人でまわる事にした。俺は古びた甲冑を見て、勇者パーティにいた王子の事を思い出した。多分、本物だ。甲冑の胸に斬りつけられたような傷がある。これは俺と勇者が槍と剣を交えて遊んでいた時、俺が聖剣を弾き飛ばしたら、俺達の横にいた王子の胸にぶつかった結果できた傷だ。勇者の聖剣は魔獣以外は斬れないので、ぶつかって傷は出来たものの、王子に被害は無かった。ただ地味に王子は怒っていて、その後勇者が小言を長時間言われているのを、俺は見たような記憶がある。

 しかしそんな事は、決して自由研究には書けないなと思いながら、俺はその場を後にし、ほかの展示を見てまわった。こうして昼食時(ランチタイム)が近づいてきた頃、俺達はそれぞれ写真も収めたので、美術館を後にする事にした。

「昼は何が食べたい?」

 美術館を出てすぐに、シリル殿下が言った。するとその隣にいたルゼラが微笑した。

「この街は、海に面していて、海産物がよく採れると、美術館にあった稀覯本――歴史書の閲覧可能な写本に書いてあったのですが、今もそれは変わらないんですか?」
「おう。もう少し進むと海がある。海鮮もいいなぁ。じゃあ魚料理の店に行くか!」

 二人がそう言った時だった。俺は前方に禍々しい気配を感じた。それはアゼラーダも同様だったようで、彼女はシリル殿下の前に出て、剣の柄に手をかけた。それを見て、シリル殿下が息を呑み、驚いたように一歩下がる。ルゼラは首を傾げてから正面を見た。その後ろにいた俺とリザリアも、真正面を注視する。そこには空間に亀裂が走ったようになり、黒い穴が開いていた。時空の歪みだ。硝子の罅のように割れた空間の向こうには、時折稲妻のような白い光が走っているのも見える。そこから黒い影のようなものが流れ出してきて、空気に触れるに従い、それは形を持っていった。そこに現れたのは、巨大で青黒い一角獣型の魔獣だった。雷属性を操る、変わっていなければ凶悪な魔獣である。

「あ」

 後退ったルゼラが、その時背後にあった溝に足を取られた。転んだ彼女を、慌てたようにリザリアが抱き留める。その隣にいたシリル殿下の前でアゼラーダが剣を抜いた時には、周囲にはバチバチと雷が舞い、魔獣がこちらに高速で近づいてきた。

 俺は脳裏で魔法陣を描き、瞬きをした次の瞬間には、魔槍を召喚した。そしてそれを握り、前に跳ぶ。口から雷球を放とうとしていた魔獣の胴体を下から貫くように、魔槍を動かした。

 ――昔であれば、貫通する事は無かっただろう。
 だが、本日もあっさりと魔槍は魔獣を貫き、その直後、粒子となって魔獣の姿は消えていき、それらは時空の歪みに飲み込まれ、亀裂ごと最終的には消滅した。

「た、助かった」

 シリル殿下の声に、リザリアが頷く。

「もうダメかと思いましたわ。グレイル、ありがとうございます」
「――たまたまだよ。みんな、怪我はない?」
「ええ、私とルゼラは無事です」
「俺とアゼラーダも平気だ」

 それを聞いてから、俺は魔槍を一度振ってから亜空間へと還した。

「強い。さすがだな、グレイル卿は……」

 ポツリとアゼラーダがいうと、みんなが大きく頷いた。今も思うが、俺が凄いのではなく、魔獣が退化しているのが理由だ。思うにこの時空の歪みは、昔のものとは似て異なるのかもしれない。歪み自体の規模も小さく感じる。

「それにしても最近、魔獣がよく出るな……」

 その時、シリル殿下がそんな事を言った。それを聞き留め、思わず俺は聞いた。

「最近? 前にも遭遇したの?」
「ああ。今年に入ってもう二回も遭遇してるぞ」

 俺は三回だが、魔王時代は毎日のように戦っていたから、特に多いとは思っていなかった。そう思って腕を組んだ時、シリル殿下が続けた。

「一回目は、王都に文房具を買いに行った時に遭遇したんだよ。ほら、グレイル。お前が倒したやつだ。あの時俺、すぐそばにいて、お前が倒すの見てたんだよ」
「え?」
「あれも丁度今みたいに、俺の目の前に時空の歪みが出たから焦ってたんだ。すぐに騎士団のやつらが駆けつけてくれたけど、もう少しで大惨事になるところだった。俺、無事に王宮に返ってからすぐに、騎士団長と宰相閣下に、グレイルが倒したって伝えたぞ」

 それを聞いて、だから俺が倒したとバレたのかと、ひっそりと納得した。
 しかしそれ以上に、その遭遇の仕方は気になる。二回も目の前に現れたというのは、偶然が過ぎる。普通時空の歪みは、ランダムに現れるから、二度遭遇するにしろ、同じように目の前にというのは、かなり低い確率だ。

 まるでシリル殿下を狙って現れたようにも思える。時空の歪みの出現場所が人為的に操作可能だとは、俺は知らないが、時代は変わっているし、手法が無いとも限らない。

「シリル殿下、何か襲われるような心当たりは?」

 思わず俺が尋ねると、シリル殿下の表情が曇った。それから深刻そうな目をした後、シリル殿下が重々しく口を開く。

「……アンドレ兄上が、一方的にリザリアとの婚約を破棄しただろ?」

 それを聞いて、俺はチラリとリザリアを見る。リザリアも俺を見てから、シリル殿下に視線を戻していた。俺も顔の向きをそちらに戻す。

「兄上さ、今、父上――国王陛下に、その件で色々言われててさ。その……王位継承権一位の王太子だったんだけど、今、廃嫡されかかってるんだ。それで、俺が継承権一位に繰り上がりそうで……それで、その話が兄上と俺がいる前で、朝の謁見の時間に父上から発表があって……その日から、ちょっと色々な。魔獣はこれで二度目だけど、他にも、その……料理に毒が入ってるのに毒見が気づいていくれたり、不審者に斬りつけられそうになってアゼラーダに追い払ってもらったりしてたりと、色々……」

 つらつらとシリル殿下が語る横で、アゼラーダも真剣な顔で頷いている。
 俺はそれを聞いて、林間学校で出た魔獣も、シリル殿下狙いだったのかもしれないとも考えた。テントの前に出現しなかったのは、さすがに犯人がいるなら目立ちすぎたからではないかと考える。どちらにしろ、嫌な感じだなぁと思った。

「とりあえず、今日は城へ戻ろう」

 俺がそう提案すると、全員が頷いたのだった。なお城に戻ってから、昼食として魚料理を振る舞ってもらった。




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