【第十六話】魔王、テストを乗り越える。
こうして普段通りの学院生活が始まった。つまり昼食は、リザリアと共に学食で食べるというかたちだ。テストが来週に迫ったこの日も、俺はぶらぶらと廊下を歩き、食堂を目指していた。窓の外に見える木の枝には、小鳥がとまっている。大きな白い雲が青い空に浮かんでいる。夏服への衣替えが行われたのは先日の事だ。
今日は何を食べようかなと考えながら、俺は食堂に入る。好きなものを皿に取る事が出来るというのはとてもいい。
「グレイル」
俺を見つけると、窓際の席に座っていたリザリアが微笑した。彼女はすでに料理を取ってきた様子だ。俺は椅子を引いてから、途中で手にしたお茶を置き、料理が並ぶ方向を見る。
「取ってくるね」
「ええ」
リザリアが頷いたのを確認してから、俺は料理を取りに行った。そして鶏のから揚げやボンゴレを皿に取ってから、席へと戻る。こうして昼食が始まった。長閑だ。これでリザリアが婚約を円満に解消さえしてくれたならば、なんの文句も無い。
「ところでグレイル。勉強はしていますか?」
「なんで?」
「テスト前ですし」
「そうじゃなくて、授業を聞いていたら十分だと俺は思うから」
俺からすると非常に簡単な講義だし、わざわざ予習・復習をする必要性も感じない。するとリザリアが少し驚いた顔をしてから、片手を頬に添えた。
「この学院の試験問題は、とても難しいと評判ですよ?」
「ふぅん」
そうは言うが、俺の時代と比べると、どう考えても退化しているから、俺が新たに学ぶ事なんてそれこそ、魔術史や現代史くらいのものである。封印されていた間の歴史はさすがに俺も知らない。ただそれらは、元々の俺のこの肉体が、幼少時から歴史好きだったようで、記憶知識としては十二分にある。そして医療魔術といった新技法は現在はまだ習っていない範囲だから、テストが無い。
「私は何度も参考書を見ているのですが、風属性と水属性の魔術理論にわからないところがあるのです」
「どんなところ?」
「風は刃化の術式を間違えてしまう事が多くて、水は流れのコントロール理論で詰まる事が多いのですわ」
それを聞いて、確かに初心者には難解かもしれないなとも俺は思った。そこで分かりやすく口頭で例を挙げる。するとリザリアが目を丸くして、フォークを持つ手を止めた。
「な、なるほど。やっと私にも、理解出来ました。そういう事だったのですね。グレイルは、いずれの理論も得意なのですか?」
「まぁ」
「よかったら、今日の放課後、一緒に図書館で勉強しませんか?」
「だから俺は勉強の必要性を感じないんだって」
「――率直に言います。私に勉強を教えてくださいませんこと?」
「ああ……そう言う事か」
これは、断ってもいいのだろうか? だが、婚約者の頼みを断ったら、感じが悪いよな? きっと好感度は下がるし、そうしたら円満解消から遠ざかる。そう考えて、俺は億劫ではあったが、静かに頷いた。するとパァっとリザリアの表情が明るくなった。
「では放課後、図書館でお待ちしていますね」
「うん」
こうして俺達は、待ち合わせをした。
こうして放課後図書館へと行くと、奥の一角にリザリアとルゼラの姿があった。林間学校の時に、そういえばルゼラも不安点があると話していた事を思い出す。この二人、どのくらい頭がいいんだろうな? ふとそう思い、俺はステータスを閲覧する事にした。
まずは、リザリアであるが――INT(知力)は、82%。
これはかなり頭が良い。80%以上は、学院の勉強という意味では分からないが、学べばその分身につく実力と素養があるという事だ。では、ルゼラは? そう考えて、そちらを見る。ルゼラは――INTが、85%。こちらも非常に頭がいい。俺はこちらにはすぐに納得した。王立魔術学院は、本来魔力持ちなら、貴族や平民、貧民を問わずに入学できるという建前は存在している。だが、実際には、貧民差別は根強いから、魔力だけでなく入学のための紙試験でも好成績を残さなければ、入学は困難だ。ルゼラは貴族に比べると、かなりの難関試験を突破してきたと言える。つまり本当に二人とも、理解がまだ出来ていないところがあるだけなのだろう。なお、俺は二人よりも、頭自体はよくないかもしれないが、そこは昔取った杵柄……魔王時代の知識がある。
静かに俺が歩み寄ると、集中していたらしい二人が顔を上げた。
「こんにちは」
ルゼラが両頬を持ち上げて、柔和に笑った。リザリアも明るい顔をしている。
「ルゼラも誘ったのですわ」
「そう。それで二人は、どこが分からないの?」
四人掛けのテーブル席だったので、俺はリザリアの隣の椅子を引いた。別に、リザリアの隣を選んだ事には、特に理由はない。
「私はこの風属性の応用部分の術式の――」
リザリアが参考書の活字を、長い指先でなぞる。昼間話した部分の応用問題かと考えながら、俺は頷いた。こうして三人で、俺達は勉強を開始した。図書館の閉館を告げる鐘がなるまでの間、俺は二人からの質問に答えていたものである。しかし本当に、俺は勉強しなくても余裕だ。そう考えていたら、ルゼラが俺とリザリアを見た。
「お二人は、本当に仲が良いですね」
「へ?」
予想外の言葉に、俺は虚を突かれた。
「許婚ですもの」
しかしリザリアは余裕たっぷりにそう返した。俺の事、好きじゃないくせにな?
思わず俺は顔を背けてしまった。ちょっとだけ、気恥ずかしくなった。
その後も何度か、三人で放課後勉強をした。
そうして、テスト期間に突入した。
合計五日間かけて、毎時間それぞれ違う講義の紙テストを行う。今回は実技は無いから、俺は解答を終えると、机に両腕を預けて、ずっとぼーっとしていた。
結果はその翌週、週の最初の登校日に、上位十五名までは生徒玄関の壁に張り出され、それ以外は各自に結果表が返却されて分かった。俺は負けず嫌いなので、かなりいい線をいったという自信があったが、それを気にしていると思われるのも複雑なので、通り過ぎるふりをして、ちらっと張り出されている紙を見た。
――総合一位、グレイル・ベルツルード。
各教科の一番上にも、俺の名前がならんでいる。
全教科、満点だった。さすが、俺!
内心でテンションを上げつつ、表情では平静を保っていると、人ごみの中にいたリザリアが、俺に気づいて歩み寄ってきた。
「すごいですわね、さすがですわ」
その声に、俺は悪い気はしなかった。