バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

【第十三話】魔王、二日目を迎える。





 朝日が昇ってから、俺はシリル殿下と共に目を覚ました。それぞれ身支度を済ませて外に出ると、そこにはすでにアゼラーダの姿があった。

「おはよう」

 俺が声をかけると、彼女が一つに結った長い銀髪を揺らして、静かに振り返った。今朝は俺達男子とアゼラーダで、朝食を作る事になっている。

「おはようございます。水は汲んでおきました」
「おう、ありがとうアゼラーダ」

 俺の隣に立ち、シリル殿下が笑顔を浮かべた。朝食のメニューは、ホットサンドと決めてあった。チーズとハム、野菜をはさむ。他には、ソーセージを茹でる予定だ。簡単なものをチョイスした。包丁はほとんど使わない。ホットサンドを半分に切る時くらいだ。ハムは最初から切った状態のものを、アゼラーダが持ってきてくれた。こうして俺達は、手を洗ってから、朝食を作り始めた。それが落ちついた頃、女子のテントからリザリアとルゼラが顔を出した。

「おはようございます。よい香りがしますわね」
「本当。おなか減っちゃいました」

 二人の声に、シリル殿下が視線を向ける。意外と俺とシリル殿下は、アゼラーダの手を借りずに、簡単だとは言え多くの作業が出来た。思うに、シリル殿下は手先が器用だ。

 そのようにして朝食の時間となったので、俺は温めておいたお茶をカップに注いで、みなに配った。それを飲みつつ、みんなで食べた朝食は美味だった。

 食後、本日のイベント内容を先生が説明するとの事で、俺達は昨日魔術花火をした中央へと向かった。まばらに生徒が集まっていて、次第にその数が増えていく。そして全員が集まった時、先生の一人が魔導マイクを手にした。

「みなさん、おはようございます!」

 それに多くの生徒が返事をした。俺も気怠く間延びした声で、ボソっと挨拶をした。

「えー、本日は、『魔法陣スタンプラリー』を行います!」

 なんだそれは? 俺が首を傾げていると、続けて説明があった。

「この林の中の各地に、魔法陣を先生達が設置しておきました。みなさんは、各地の魔方陣に手で触れて、スタンプカードを埋めて下さい。魔法陣に触れると、今から配布するカードに模様が浮かび上がります。全てを埋めて完成させたら、ここへ戻ってくるように。上位五位までの班には景品がありますよ!」

 まぁ要するに山の中の探検らしいと俺は考えた。しかし魔法陣というのだから、魔力を帯びているはずだ。俺はそれとなく、山の中を対象に、探索魔術を用いた。するとあっさりと魔法陣の位置を確認できたが――それを伝えてしまうのは面白味がないかなと思って、俺は黙っておく事に決める。もしも見つからない場合や近くを通り過ぎようとした場合には、それとなく方向を示そうかなと考えた。

「行きましょうか」

 リザリアの言葉に、俺達の班のメンバー全員が頷いた。既に先生による教示も終わり、出発した生徒達も多い。俺もまた頷き、こうして山道へと入る事にした。俺達が向かった方向には、嘗て細い小川でもあった様子の、今は細い路になっている坂がある。幾重にも落ち葉が重なっている。その隣を歩きながら、俺達は山を登っていった。すると切り株が見えてきて、その上に魔法陣が浮かび上がっていた。一番そばにいたアゼラーダが触れると、俺達全員のスタンプカードに模様が刻まれた。代表者一人が触れればよいらしい。

 その次に、枯れた小川の突き当りにあった窪みのところにあった巨石の上にも魔法陣を見つけた。これにはシリル殿下が触れた。ちょっと高い位置にあったため、俺かシリル殿下しか届かなかったからである。

 こうして五人で散策をしていき、一つ、また一つと、俺達は魔法陣を見つけた。一度だけみんなが小さな水たまりの中にある魔法陣を見逃しそうになった時だけ、俺はたまたま気づいた素振りで、そこにある事を教えた。褒められた。そんなこんなで、俺達のカードはそれなりに埋まった。特に困る事も無かった。

 午前中はあっという間に過ぎていく。朝食が遅かったので、スタンプラリーが終わってから、ゴールした順に軽食が振る舞われると決まっていたので、俺達は陽がさらに高くなってからも、山の散策をつづけた。

「さすがに疲れましたね」

 最初にそう言ったのはリザリアだった。ルゼラも肩で息をしている。確かに歩きっぱなしだったなと考えながら、シリル殿下も僅かに辛そうだなと確認した。平気なのは俺とアゼラーダだけだ。

「ちょっと休みたいです」

 ルゼラが述べると、シリル殿下も同意するように頷いた。アゼラーダが周囲に視線を向ける。そして斜め前方をじっと見た。つられて俺もそちらを見ると、そこには洞窟があった。休むのには丁度良さそうではあったが……なんとも嫌な気配がする。禍々しいとかではなくて、俺にとっての嫌な気配だ。即ち、なんとなく神聖だという事である。

「あら、洞窟ですわね。そこへ行ってみませんこと?」

 するとリザリアが気が付いた。行きたくない。正直行きたくない。俺はそう思ったが、俺以外の全員が頷いている。この状況で、俺だけ反対したとしてもその意見は通らないだろう……。かといって、単独行動をして、輪を乱す気にもならない。それはそれで面倒くさい。

「少し休憩しよう」

 アゼラーダが宣言した時、俺以外が歩き始めた。行きたくない、本当に行きたくない。そう思いつつも、俺は重い足取りで、みんなのあとをついていく事にした……。

 木々を抜けた先にある洞窟の入口を通り抜けると、当初は人一人が通るのがやっとだった道が、次第に広くなっていった。周囲の岩壁も、最初はでこぼこしていたが、その後、あきらかに人の手が入っているのがうかがえる、なめらかな円形のものに変わっていった。なにより、進むにつれて、淡い白とも黄色ともつかない光が漏れ始めた。神聖な気配がする……どんな気配かというと、それこそ勇者みたいな気配だ。

「ん?」

 一番前を進んでいたアゼラーダが歩みを止めた。その左右から、シリル殿下とリザリアが覗き込んでいる。後ろにいたルゼラと俺は顔を見合わせた。

「なんですか?」

 ルゼラもまた前に出て尋ねた。俺もそちらを一瞥すると、盛られた土の上に、一本の剣が刺さっていた。俺はいやぁな気分になった。見覚えがあったからだ。間違いなくこれは、勇者が保持していた聖剣だ。

「剣のようですわね」

 その時、何気ない様子で、リザリアが手を伸ばした。それを見て、思わず俺は息を呑み、反射的に手を伸ばした。が、俺の手が届く前に、リザリアが剣の柄に触れた瞬間、その場に眩い光が溢れた。



しおり