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【第三話】魔王、食堂へ行く。



 本日は、記憶が戻ってから初の登校日だ。今日から王立魔術学院は、普通講義である。幸いな事に、俺とリザリアは別のクラスだ。ただ現在のクラス編成は、入学時のテスト成績から各クラスの学力が平均となるように割り振った仮クラスだそうで、夏休み明けに再編成があるらしい。その際も、出来ればリザリアとは別である事を祈る。

 なお、文武の学科選択が二年次にあり、三年次はより専門的なコース選択になる。本日の一時間目は進路希望調査書に記入するというものだった。俺はこの世界で発展しているものを、今のところ魔導具しか確認していない。なので、二年次は文コース、三年次はそこから分岐する魔術理論コースとし、卒業後は、この魔法学院より一段階上の魔法研究院の魔導具理論科を希望とする事に決めた。なお大多数は、この学院を卒業したら就職するようだ。

 その紙を提出すると、あとは自習の時間となった。大半の生徒が提出した段階で、担任の先生もやる気がなさそうに、『残りは職員室に自分で持ってきてくれ』と言って出ていってしまった。それを見送って暫く経った時、俺の机に歩み寄ってきた生徒がいた。何気なく視線を向けて、俺は慌てて姿勢を正した。そこには、パーティ前の入学式で、新入生代表挨拶をしたから顔を覚えている、第二王子のシリル・レ・ブラックレイ殿下が立っていた。後ろには付き従うように、近衛騎士らしき少女が立っている。

「グレイル卿だよな?」
「あ、はい」
「その――この前のパーティでは、異母兄が迷惑をかけたな」
「いえ」
「異母兄のせいで、婚約をする事になってしまって、驚いただろ?」
「それはまぁ」
「代わりにお詫びを。悪かったな」

 眉根を下げたシリル殿下は、体格は良くて大きいが、どこか気弱そうで、クマのような印象だ。俺も二次性徴は完全に終わっている体だから身長はそこまで負けていない自信がある。

「あ、それとこっちは俺の近衛騎士で、アゼラーダ・フォートロード。彼女は剣の腕前が卓越している」
「はじめまして、フォートロード男爵令嬢のアゼラーダです。お見知りおき下さい」
「グレイルです」

 そんな挨拶を交わしていると、授業時間の終了を告げる鐘が鳴った。するとシリル殿下とアゼラーダは自分達の席へと戻っていった。平均的な学力になるようにとはいうが、あの二人が一緒なのは、恣意的なものだろう。そう考えつつ、俺はシリル殿下の背中を見た。膨大な魔力を持っているのが分かる。体から溢れ出した魔力が、全身を覆うようにしていて、それが漏れ出さないように、その周囲には魔力膜がある。さすがは俺を封印した王子の子孫だと思った。



 昼休みになったので、俺は購買部からパンでも買おうかと考えた。
 全校放送の始まりを告げる音楽が鳴ったのは、その時の事である。

『お知らせします。一年一組、グレイル・ベルツルード様。食堂で許婚のリザリア・ナイトレル様がお待ちです。至急食堂へお越し下さい。繰り返します、一年一組――』

 俺は頭痛がした。いくらなんでもこんな呼び出し方は無いだろう……! クラス中の視線が俺に集中している。思わずガタリと音を立てて俺は立ちあがってしまった。そうして足早に食堂へと向かうと、窓際の四人掛けのテーブルの一角に、リザリアが座っていた。

 真っ直ぐにそこへと歩み寄り、俺は正面の椅子を引きながら、眉を顰めた。

「公爵家の権威を、こういう呼び出し方に使うのはどうかと思いますけど」

 すると頷いたリザリアが悪びれも無く笑った。

「では明日からは呼び出しません。代わりにここで集合にしましょう」
「は?」
「毎日お昼は一緒に食べましょう。許婚なのですから」
「……」

 嘆息してから、俺は小さく頷いた。また明日も校内放送で呼ばれるよりは、ここへ来る方がマシな気がした。それにリザリアの方が立場が上である以上、逆らう事も難しい。その後俺達は、それぞれビュッフェ式なので、さらに料理を取りに行った。そしてトレーに色々とのせて席へと戻り、静かに食べ始める。

 ナイフとフォークの使い方が洗練されているなと、チラリとリザリアを見て俺は思った。料理はおいしく食べるのが正義だと思うが、マナーはあるにこした事はない。俺はたまに、魔王配下四天王と呼ばれた使い魔の一人である『爺や』に、「ちょっと細かすぎますのう」と言われたほどである。果たして、そうだろうか? そんな事を考えながら、俺は鶏肉の香草焼きを、ナイフとフォークで切り分けていた。

「貧民が何を堂々と立ち入ってんだよ!」

 怒鳴り声がしたのはその時の事で、ほぼ同時にトレーがひっくり返り、金属の器が床にぶつかる音がした。驚いて視線を向けた俺は、冷めた気持ちになってしまった。怒鳴りつけてニタニタ笑っているのは、貴族の子息だ。一方の難癖をつけられているのは、平民よりさらに一つ下の階級である、貧民街から来ている生徒だった。リボンの色が貴族と平民と貧民で違うから、すぐに分かる。貧民は、貴族にも平民にもつらく当たられる存在だ。貴族子息は、コップの水を、蹲っている女生徒の頭にかけた。貧民の生徒の黒い髪が、水で濡れていく。陰湿な嫌がらせを見て、俺は眉を顰めた。わって入ろうか考える。だが、そうしたら絶対に目立ってしまう。だが、見過ごせない。そう僅かに逡巡していた時だった。一歩早く、俺の目の前でリザリアが立ち上がった。俺は驚いて目を丸くする。一般的に、絶対階級制のこの国では、高位貴族はこういう諍いには関わろうとしないからだ。

「止めなさい」
「あ? ……っ、リザリア様……」
「さっさと消えなさい」

 リザリアが男子生徒を睨みつけた。俺は穏やかな笑顔しか見た事が無かったので、心底驚いた。彼女の気迫におびえたように、貴族子息が走り去る。リザリアの爵位というよりかは、彼女の威圧感に気圧されて逃げていったように見えた。

 リザリアはそれからすぐにしゃがむと、水で濡れている少女に手をかざした。見ていると火の魔術で乾かしているのが分かった。どうやらリザリアは火属性魔術を使えるようだと一瞬だけ考えていた内に、リザリアが女子生徒を連れて、俺がポカンとしたまま座っていたテーブルへと戻ってきた。

「どうぞ、座って下さい」

 リザリアは自分の隣の椅子を引き、貧民の生徒を座らせた。女子生徒は俯いて、悲しそうな顔をしている。

「すぐに新しい料理を取ってきます。グレイル、見ていて下さい」
「うん」

 頷きつつ、初めて名前を呼び捨てられたなと、俺はまた場違いな事を考えていた。チラリとリザリアを見れば、本当に料理を取りに行っている。それから女子生徒を見て、俺は尋ねた。

「名前は?」
「……ルゼラ・ヴェルガルドです」

 この国では、ヴェルガルドというのは、孤児が名乗る名前だ。貧民街には孤児院がいくつかあったはずだと、過去に何かで読んだ記憶を思い起こす。だが俺の魔王時代には存在していなかったし、今世でも近づいた事は無い。そう思いつつ、ルゼラの魔力色を見て、俺は双眸を僅かに細くした。勇者パーティにいた魔術師と、魔力色がそっくりだったからだ。魔王である俺に匹敵する魔力を持っていて、勇者よりも魔力量だけならば多かった。確かあの魔術師は、魔力過剰症という病を患っていた記憶がある。

 そのまま俺とルゼラの間には、会話は生まれなかった。
 そこに、料理を手にリザリアが戻ってきた。

「どうぞ。ルゼラさん、ここなら大丈夫ですから」
「……ありがとうございます」

 微笑したリザリアを見ると、ルゼラが泣きそうな顔のままで笑った。ルゼラは痩身で、ガリガリに痩せている。健康的な細さのリザリアと比較すると、骨みたいだ。ただ、顔立ち自体は整っている。リザリアも美人であるが、二人は方向性が違う。リザリアはかたちの良いアーモンド形の瞳をしている。ルゼラは少々たれ目だ。

 なお、俺はふと思いついた。パンを買おうと思っていたのだが、この食堂はそう言えば、無料開放されているのだった。こちらの方が、安上がりだ。ここは、貴族の保護者の寄付で運営されているため、食事代を払わなくていいのである。これならば、明日からもここへ来ても良いと思えた。俺がそう思いつつ食事を再開した。リザリアはルゼラに時折話しかけている。ルゼラはそれに対し、ポツリポツリと返答をしている。女の友情について俺はよく分からないが、仲が良さそうで何よりだと思った。

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