12 Caseエビータ⑫
足音が止まり、ランプの灯りが小屋の扉を照らした。
サンクがフッと立ち上がり、ゆっくりと小屋に近づく。
サンクが小枝をわざと踏んで音をたてると、ランプの明かりが大きく揺れて、ゆっくりとサンクの方へ振り向いた。
「誰かと思えば家令ではないですか。ここへは何をしに来たの? ここはどこなの? 私はここで殺されたの? 私のお腹から内臓を引き摺りだしたのはあなたなの? ねえ、あなたなの?あの時私はまだ生きていたのよ? とても痛かったの。物凄い痛みだったのよ?」
サンクが呪文のように話しかける。
恐怖に縮みあがっている家令の耳には、サンクの声がエビータの声に聞こえていた。
「奥様! 違います! 私ではありません」
「では誰なの?」
「わかりません。本当に犯人は知らないのです」
「では探してきなさい。私は森の奥にある湖にいたの。そしてここで殺された。さあ! 早く! 犯人は湖にいるのよ」
「はいっ! ただいますぐに!」
家令はランプを放り投げて森の奥深くに入っていった。
杣人が湖に浮かんでいる家令を発見したのは、それから二日後。
「これってサンクの催眠術なの?」
「まあね、でもそれだけじゃないよ。さっき撒いた幻覚剤の効果だ。催眠はそれほど使ってない」
「サンクの声だったけどね」
二人は肩を竦めて笑いあった。
サシュが小屋から出てきた。
「準備はOKだ。後はマイケルだな」
三人は一瞬で姿を消した。
翌朝になっても戻ってこない家令を諦め、メイド長は昼前には屋敷に戻った。
とぼとぼと歩いていると、屋敷の前に人だかりができていた。
「何事ですか」
「ああ、あんたか。窓から煙が出ていたから火事かと思って来てみたら、神官の姿が見えたんで何事かと思って見ていたんだ」
「窓から煙が?」
「ああ、最初は白かったんだが、どんどん黒くなって気味が悪い」
返事をした農民の横に立っていた別の男が話し始めた。
「それにこの匂いだ。臭くて堪らないだろう? 何を燃やしたんだ?」
「燃やすって……屋敷の中で何を燃やすというのです。もしそうならすでに火が出ているはずです」
「そりゃそうなんだが」
怪訝な顔で屋敷を見上げた時、何やら慌てたような声が屋敷の中から聞こえた。
「出たぞ! そっちだ! 封じ込めろ!」
ボンという音と共に、真っ黒な煙が球状になって窓から飛び出した。
見物人たちは短い悲鳴を上げてちりぢりに走り去っていった。
一人残されたメイド長は、呆然と屋敷を見上げていた。
「よし! 終了だ」
その声が合図になったように、全ての煙が一瞬のうちに消えた。
「どうなっているの……」
メイド長の困惑した声に返事をするものは誰もいなかった。
「終わりましたよ。悪魔は葬られました」
「あ……ありがとうございました。悪魔は……悪魔はいたのでしょうか」
「二匹いましたよ。一匹はすぐに駆除できたのですが、もう一匹がなかなか手強く苦労しました」
そう言った神官の横で、もう一人の神官が静かな声で言った。
「荒らされたようになっている部屋がありますが、逃げ回る悪魔がやったことです。この屋敷のものはできればすぐに処分しなさい。残っていることはないですが、悪魔の残滓はいたるところに飛び散っています。そしてすぐにご遺体を埋葬しなさい。これ以上放置するのは得策ではありません」
メイド長が口を開く。
「でもご主人様が」
「彼のことは忘れなさい」
「どういうことでしょうか」
「彼こそが悪魔の化身でした。今は抜け殻です。彼の魂は何年も前に死んでいます。中に入っていた悪魔は我々が葬りました。魂が抜けた彼の体は、私たちが引き取りましょう」
「えっ……でも……」
戸惑うメイド長の後ろに馬車が停まった。
降りて来たのはエビータが雇った弁護士だ。
主治医も一緒にいる。
「ご苦労だったね。後のことは任されているから安心しなさい」
そう言うと弁護士は鞄から書類を出してメイド長に示した。
「このお屋敷と爵位は売りに出されています。すでに買い手も決まっていますよ。全ては生前に奥様が決められたことです」
「なんですって!」
「この書類を確認してください。ほら奥様の……エビータ・ロレンソ子爵のサインがあるでしょう?」
「これは……奥様の字だわ」
「来月には新しい子爵が移ってこられます。あなたはこの金で人を雇い、屋敷の中を空っぽにしてください。それがあなたの最後の仕事です。家令は逃げましたよ」
「そんな……」
神官が口を開いた。
「悪魔は葬られました。この屋敷は浄化され、神々しい光に包まれています。エビータ・ロレンソ子爵の魂は神のもとに届きました。すべて終わったのです」
四人の男たちは、戸惑うメイド長の背を押して屋敷の中に入るのとほぼ同時に、麻袋に詰め込まれたマイケル・ロレンソが運び出された。
それを遠くから見ていたセプトが隣に立つサンクに聞いた。
「あの男はどうするの?」
「あいつは新薬の実験に貢献するんだよ。命が続く限りね。体中の毛という毛を全て剃り落としてから納品だ」
「へぇ~。実験台って……早く死にたくなっちゃうね」
「どうかな? 製薬に協力的だったんだ。命がけの被験者くらい喜んでやるだろうぜ?」
Caseエビータ ミッションコンプリート
総報酬金額 E国子爵位とロレンソ子爵邸
現金換算 5,000,000,000ダラード
(1ダラード=1円)