ばーちゃんの優しさ。
正月からJRを使うのか……。
なんとも不思議な感覚だ。
ここ数年は、家にこもりきりで。
寝正月ばかりだった。
そんな俺が博多行きの列車に、乗り込むとはね。
地元の|真島《まじま》駅は普段と違い、とても静かだった。
平日なら、サラリーマンやOL。それから学生が多く。
通勤や通学に使われる。
しかし、今日はお正月だ。
みんな休み。だから、そんな暗いスーツや制服は着ていない。
むしろ、煌びやかな振り袖や、気合の入ったミニスカの女子が多い。
男子も普段と違う。
なんていうか、お洒落しているんだけど……。
利用している店が同じところだからだろう。みんな同じ服装に見える。
量産型男子……。
男はつらいね。選択肢が少なくて。
その点、俺は違う。
初詣に行くと、母さんに言ったら「じゃあこれを着て行きなさい」と着物を渡された。
話を聞けば、昔親父が着ていたものらしい。
紺色のウール製で、冬用だ。
羽織もセットでついており、なかなか暖かい。
足もとは、下駄。
これぞ、日本の男だ。と胸を張りたいところだが……。
実は今着ている着物は、俺のばーちゃんがデザインしたもので。
羽織の裏地に全裸の男たちが、汗だくになっているBLイラストが、プリントされている。
そして、羽織を脱いで背中を見せれば、絶頂している男子が……。
ああ……おぞましい。
だから絶対に、俺は家に帰るまで、この羽織を脱ぐことが出来ない。
※
ホームで列車を待っていると。
やはり、俺と同様にみんな初詣に行くようで。似たような格好ばかり。
振り袖を着ているのは、当然女の子たち。
しかし羨ましい。
だって、裏地に痛いBLがプリントされてないんでしょ?
うちがおかしいんだよな……。
そうこうしていると、列車が到着し。
プシューという音を立てて、自動ドアが開く。
中は思った通り、多くの人でごった返していた。
この中から、アンナを探すのかと迷っていたら。
「タッくん~! こっち、こっち~☆」
と一人の少女が手を振っていた。
アンナだ。
しかし、彼女の周りだけ、人が少ない。なぜだろう……。
あ、思い出した。
夏に花火大会へ行った時、アンナが乗客の大半を、馬鹿力でホームに押し出したから。
他の客が、避けているんだろう……。
少し離れたところで、ヒソヒソと耳打ちをしているカップルがいた。
(あの子、見た目あんなんだけど、マジでやばいよ。友達が夏に膝を怪我させられたの)
(マジかよ? 普通に可愛い女の子なのに)
(ホントだって! 膝の皮がめくれて、肉が見えてたんだよ!)
「……」
よく訴えなかったな。
とりあえず、アンナのそばに近寄ってみる。
「よ、よう……」
「タッくん☆ 良かった。一緒の列車で☆ あ、タッくんも和服なんだね☆」
「まあな……母さんが貸してくれたんだ。そういうアンナこそ、似合っているじゃないか?」
言いながら、彼女の着物を指差す。
「え、ホント?」
緑の瞳を輝かせて、微笑む。
今日のアンナは、普段と全然違う。
ガーリーなファッションを好む彼女だが、お正月だから和服。
鮮やかな赤の振り袖で、白い梅の花びらがたくさん描かれている。
長い金色の髪は、頭の上で纏めており。お団子頭ってやつだ。
足もとは、白い足袋と草履。
いつもミニスカートを履いているから、今日は露出度が少ない。
精々がうなじぐらいだ。
しかし、その見えない所が色っぽく感じる。
正直、後ろから襲いたいぐらいだ。
あ~れ~! って腰の帯を回してみたいのが、男ってもんだ。
俺が彼女の着物姿に、見惚れていると……。
「タッくん? どうしたの?」
「あ、悪い……その着物って、ひょっとして……」
「そうだよ、タッくんのおばあちゃんから頂いたもの☆ すごく可愛いよね?」
「うん……着物は可愛いし、似合っているんだけど」
1つだけ、違和感を感じさせるオプションがついていた。
彼女が手に持つ、小さなバッグ。
俺が隠している羽織の裏地と同じく、裸体の男たちが激しい絡みを、繰り広げていたからだ。
ばーちゃん、なにしてくれてるんだよ!
人の女に変なものを、送りつけやがって……。
「そのバックは……」
「あ。これ、すごく便利なの~☆ 着物に合わせるバッグが無くて、タッくんのおばあちゃんに相談したら。すぐに送ってくれたのぉ~」
俺のばーちゃんに、相談したらダメだよ。
「そ、そうなんだ……」
「スマホもお財布も入って、着物に似合うし。ホントにいいおばあちゃん☆」
「……」
あのババア。アンナも沼に落とす気じゃないだろうな?
よし、初詣の願い。決まったぜ。
『早くばーちゃんも、枯れますように』
これだな。