第3話
アヤメとカエデが必死の形相で逃亡していた、その道中でのこと。
「あ、あんたは……!」
進行方向先にて、彼女らは一人の男が佇んでいることに気付いた。
その男は、たった今解雇したばかりの雷志である。
彼はまだ死の森にいた。
そればかりか今自分達が来た方の道へとずんずん進んでいくものだから、これにはさしもの彼女らも驚きと焦りの
「ちょ、あんたどこいくのよ!?」
この質問にアヤメは、大した意味はないことを最初から理解していた。
彼の足取りがどこへ向かうかは一目瞭然であり、だが何故危険とわかっていて自ら死地へ赴くのかが、アヤメはどうしても雷志の心情を理解できなかった。
大した実力がないから追放した相手ではあるが主将格であった源次郎がやられた今、もはや二人に彼を非難するつもりはこれっぽっちもない。
助ける義理ももちろんなかったが、そこは人としての良心が彼女らの中で働いた。
「この先にいる
「……心配なく。相手が
「なっ……そ、そんなわけがあるか! だいたい今から助けにいったところで恐らく――」
「そんなものは言われなくてもわかってる。俺の目的はあくまで霊刀アラハバキの回収だ」
そう、雷志に最初から源次郎を助けるつもりなど毛頭なかった。
霊刀アラハバキは、霊刀というカテゴリーとだけあって単なる武器ではない。
特殊な製法によって製造された数少ない武具は武家屋敷よりも高価であるし、なにより英傑と選定された者のみがその所持を許される。
ならば損失はもちろん魔の手に渡ることがあってはならないのは火を見るよりも明らかで、時には仕手となったその者の命よりもずっと重い。
アラハバキの回収へと向かう雷志の背中を、アヤメとカエデはどうすることもできない。
自分達が挑み勝てなかった相手だ、一人戦力が増えたところでどうこうできるはずがない。
彼女らのその判断は極めて的確だ。冷静に敵の戦力を分析し、もっとも生存率の高い選択肢を選んでいる。
敵わないとわかっていながら挑むのは、有機ではなく蛮勇にすぎない。
よって再び逃げようとした彼女らは、しかし後方より響き渡るけたたましい咆哮に思わず足をぴたりと止めてしまった。
「な、なに今の叫び声……!」
「おそらくヤツのものだろう……かなり近いぞ!」
「は、早く逃げないと……!」
「言われなくてもわかっている! 一刻も早くここを脱してすぐに力ある者に伝えねば……!」
「その心配はないぞ」
背後からしたその声にくるりと振り返ったハルカとカエデの顔は、きれいにそろって驚愕に酷く歪んだ。
それもそのはず。彼女達の中ではもはや犬死しにいった、と判断した男がけろりとした様子で戻ってきたのだから。
雷志は生きていた。五体満足であるし、どこを見ても怪我をした様子さえもない。
加えて彼の左手には、かつて源次郎の所有物であった霊刀アラハバキまでもがある。
「さっきの
「なっ……」
「嘘でしょ……」
「それじゃあ、俺はこれで引き上げる。お前達もさっさとここから出た方がいいんじゃないか?」
それだけを言い残して、雷志はそのまま出口へと消えていった。
ぽつんと残された二人はしばし呆然とした様子で佇み、ハッと我に返ると一目散に彼の後を追った。