第二十四話 交差する思惑
「桐元!」
ドアをノックもせずに開けて部屋に入ってきた、上村を睨むが、上村の気持ちも理解できる。俺も、同じ気分だ。
「失礼しました。
「上村中尉。私の名前は、
「これは、失礼しました。頭脳明晰でいらっしゃる。桐元少佐なので、
「はぁ・・・」
書類を読む手を止めて、ソファーに移動する。
上村をソファーの対面に座らせる。
「それで?指令書の件か?」
「そうだ。お前からの命令なら従うが、なんだ、これは?横紙破りにしても酷すぎるぞ!」
「解っている」
「解っているのなら」
「抗議は既に入れた。返答を聞きたいか?」
「いや、聞かなくても解る。”魔物関係なら、貴様たちの部隊の仕事だ”だろう?」
「あぁ・・・。似たような返答だ。俺には、階級を使った命令だったぞ」
上村は、俺の返答を聞いて、肩を竦める。
俺たちは、自衛官だ。命令があれば、命令に従うのは当然のことだ。しかし、その命令が本来なら、自分たちに命令を出せる立場にない人物が割り込ませた命令を実行するのか?
答えは、”否”だ。しかし、その命令が手順を踏んだ物の場合には、従わなければならない。
「はぁ・・・。それで、どうする?」
「命令には従うが、指示書に不明な点が多いために、指示を明確にしてもらう」
「ハハハ。それじゃ、俺は待機でいいのか?」
「いや、ギルドに同行してもらう。ギルド支部だ」
「ギルド?」
「あぁ」
「でも、この依頼は、要約すると、マスコミ対応だろう?」
「そうだ。だが、情報共有は必要だろう?」
テーブルにノートを広げる。
速記だが、上村も読めるはずだ。
”この件は、ギルドが震源地だ”
「は?」
”俺たちは、マスコミから来た企画を断った”
「あぁ」
”その企画の出どころは、制服組だ”
「あ?」
”正確には、霞が関だ。金を握った官僚と、握らせたマスコミだ”
「・・・」
”お前が考えた名前だ。それと、ギルドに居る官僚出身の役員が絡んでいる。大本の情報は、このギルドの役員だ”
「本当かよ?」
”その確証を得る為に、ギルドに行く。それと、この部屋は盗聴をされている”
「・・・」
上村は、俺からペンを奪った。
”誰だ?”
”実行したのは、わからないが、何度か排除したが、その度、新しい物が仕掛けられる”
「はぁそこまで・・・」
「あぁ」
「ギルドには、小官と少佐で?」
「そうだな。指示に関わる情報収集だから、二人で十分だろう。アポを取る」
「少佐。この情報は、そもそも、どこから出たのですか?」
「どうやら、ギルドの広報らしい」
”広報を仕切っている奴が、奴と繋がっている。それに、島流しになった奴とも同じ穴の狢だ”
「うわぁ・・・。それでは、アポは広報で?」
「そうだ。マスコミに情報を流したことを含めて、釈明を聞く。その後で、該当の番組に情報の取り扱いに関しての苦情を伝える」
「それは?」
「特措法の範疇だ。魔物に関する情報は、特措法で守られている。ギルドが、マスコミに流したのなら問題だ。もし、自衛隊の幹部が知っていたら・・・」
「問題ですな」
「査問会議だな」
「査問?あれって、白襟でも適用されましたか?」
「関係ない。襟の色で区別はされない」
”おい。襟の話は、するな。聞かれているのが知られてしまう”
”すまん”
隣室に控えている、俺に付いている秘書を呼び込む。奴から送り込まれているスパイだ。奴に欺瞞情報を流すのに丁度いいので使っている。白襟から上がってきたやつで、現場はろくに知らない。速記のノートは、資料のページを開いている。しっかりと覗いていた。
「上村。今日の予定は?」
「ないぞ」
「そうか、アポはすぐに取れないだろう。食事に付き合えよ」
「わかった。着替えてくる」
「表で待っている。いい香りの”くれ”を出す店がある。少しだけ癖があるけど、気に入ってくれると思うぞ」
「ハハハ。ん?あぁ。円味がある香りか?わかった。すぐに行く」
正面玄関で待っていると、上村が私服に着替えてきた。どう見ても、違う職業の人間にしか見えない。
「行くか?」
「店の予約は?」
「出来ている。新富士まで行ってくれ」
運転手に目的地を告げる。後ろから付けてきている奴らも居るけど、新幹線を使うとは思っていない。
「なぁなんで三島?静岡じゃないのか?」
上村は間違えていない。間違えているのは、面倒なことを言いだした円香が悪い。円香から来ている、暗号メールを上村に見せる。復号は終わっているから、内容は読めるだろう。
「はぁ?」
「だろう?」
「こんな面倒な方法を、すぐに手配したのか?」
「あぁ権力を使ったのだろう」
「船か、悪い考えでは無いけど、足が付きやすいよな」
「別に、見つかっても問題は無いのだろう」
「あぁそうか、俺とお前が、ギルドの円香に会っても問題はないな」
「だろう。話を聞かれなければ、奴らが勝手に勘違いをしてくれるさ。それに・・・」
「それに?」
上村には言っていないが、ファントムの続報が入っているのかもしれない。
ファントムという異常なスキルホルダーの話は、信頼できる上村でも、いや違うな・・・。上村だからこそ話せていない。話を聞かせた時の、上村の顔は見てみたいが・・・。
ファントムの存在を知れば、力を求める奴は暴走しかねない。
「いい。それよりも、港までの足は手配していないらしいけど、どうする?」
「乗り捨て可能なレンタカーにしよう。三島からだと、意外と距離がある」
「そうだな」
上村の提案で、レンタカーで移動を行う。
運転は、上村が担当する。俺は、デスクワークが多かったために、一通りの免許を持っているが、上村のように有効利用はしていない。
「そうだ、孔明」
「なんだ?」
「俺に、何か隠しているよな?」
「隠していない。話していないだけだ」
「同じことだ」
動いている車の中なら、盗聴の心配は少ない。完全に防げるわけではないが、新幹線や部屋の中よりは安全だ。
「多分、円香から話がある」
「そうか・・・」
「魔物に関してか?」
「いや、よくわからない奴の話だ」
「奴?魔物ではないのか?」
「わからん。だが、円香は、スキルホルダーだと言っている」
「スキルホルダー?それなら、ギルドに登録があるのではないのか?」
「ない。いや、わからない。それに、いや・・・。やめておこう。円香から説明されたほうがいいだろう」
ハンドルを握る上村の雰囲気は変わらない。
情報としては、これ以上は出せない。俺が上村に言っていいような内容ではない。
「そうだ。孔明」
これ以上、突っ込んでも俺が話さないのは解っているのだろう。
「なんだ。俺は、”こうめい”ではない」
「そうか、そうか、
「そうだ。いや、違うな。本当のところはわからないが、円香の態度から、円香の部署で止まっている。俺を、”こうめい”と呼ぶのは、お前と円香だけだ」
「そうか、それじゃあの件とは無縁か?」
「わからん。わからんから、お前と一緒に円香に会おうと考えた。向こうも、俺たちの話と意見を聞きたい。らしい」
「あの円香が?」
「そうだ」
上村の驚きの表情は理解が出来る。俺も同じで驚いた。しかし、円香が俺と上村と話をしたいと言いだしている。実際に、それほどの事が発生しているのは間違いない。
あれから、時間が経過していないが、新しい情報があるのか?
それとも、俺たちに下った命令に関連することなのか?
上村も黙り込んで、運転をしながら、考え込んでいる。速度は出ていないが、コーナーを曲がる時の速度が絶妙だ。制限速度内で、飛ばすという意味が理解できる運転の方法だ。
「ここだな」
上村が車を停めたのは、円香から指示された船乗り場だ。
クルーザーをチャーターしている。受付に行くと、すぐに案内された。船も、上村が操舵できる。
乗り込んで、円香が指定してきたポイントを目指す。
空は、晴れ渡っている。波も静かだ。
船もヘリも見える範囲には居ない。
「孔明。釣りにはいい日だな」
「そうだな。釣り竿もあるから、トローリングでもするか?」
「いいな。海に居る魔物が釣れるかもしれないな」
30分ほど走らせると、停泊している船を見つけた。
鏡で合図を送ると、返事が帰ってきた。
帰る時に俺たちは、どんな表情をしているのだろうか?