第八話 【王国】
王国には、大きく二つの派閥が存在している。
一つは、今の国王の下にまとまって王国を大陸で一番大きな国に発展させるという思想を持っている派閥だ。
もう一つは、その国王の主義に”否”を突き付けた。前国王の兄である公爵家の当主を中心にまとまっている派閥だ。公爵は、継承権を放棄しているの。しかし、公爵の派閥には、公爵の考えを”是”と考えた継承権第三位の第三王子が身を寄せている。
国王と公爵の派閥争いは、第一・第二王子対第三王子の後継者争いにも発展している。
国王は、王太子を宣言していない。順調なら第一王子が王太子になり、次期国王になる。
第一王子は、多くの貴族からの支持を取り付けている。第二王子は、貴族からの支持よりも、軍関係の将校からの支持が多い。貴族の第二や第三子息が第二王子の取り巻きをしている。第二王子は、国王になるつもりはないが、取り巻きの為に国王を目指しているフリをしている。第一王子は、弟である第二王子の状況を把握している。自分が国王になった時に、第二王子に与している人間たちも優遇する事で話が付いている。
第二王子は、自分を支持する者たちを集めて、会議を行っていた。
神聖国からの申し出を受けたのは国王だ。
国王は、魔王ルブランが領有した森を欲していた。
王国は、国にいくつかのダンジョンを有しているが、ドロップする物は、食料に偏っている。
そして、王国で欲しているのは、木材だ。もっと言えば、薪になる木だ。
燃料の問題は、今の国王が即位するころには問題になり始めていた。王国の山は既に丸裸になっている。どこかの山を掘れば、石炭が見つかる可能性はあるのだが、石炭を知らないので、国王が採掘を指示することはない。
王国は、ダンジョンと協力するようなことはしていない。王国がダンジョンを発見した時に、獣人族がダンジョンを”神の居る場所”だと祀っていたことが影響している。ダンジョンは、獣人族の神だと思い込んでいる者が多い状況なのだ。その為に、王国ではダンジョンを資源としてしか考えていない。連合国のエルプレの様に、ダンジョンマスターと交渉は考えていない。
ダンジョンとは敵対している国家の一つだ。
第二王子の会議は、紛糾していた。
現状が解らないのが大きな理由だ。モミジとミアが仕掛けた情報戦に見事に嵌ってしまっている。
事情が複雑になっているために、第一王子が派閥に属する貴族たちを引き連れて会議に参加している。
「どういう事だ!」
第一王子は、用意された飲み物にも手を付けないで、目の前に並んでいる者たちに向かって、説明を求めた。
しかし、誰も第一王子が納得できる説明ができる者が居ない。
そもそも、説明するための情報が錯綜しているのだ。
「王太子様。わが軍は、健在です。現在、情報を・・・」「解っている!獣人やダンジョンの魔王ごときに負けてみろ!」
第一王子は、正確には王太子ではない。しかし、派閥の貴族は第一王子を”王太子”と呼ぶ。本来なら、第一王子が注意しなければならないのだが・・・。
会議は紛糾するが建設的な話し合いが行われない。
現場からの報告にはタイムラグが発生する上に、第一王子も第二王子も、うまく行っている報告以外は、偽情報だと断罪する。
ドアがノックされた
「入れ」
第二王子が許可を出す。第一王子が居るのだが、会議は第二王子が仕切っていることになっている。
ドアが開けられて、一人の伝令兵が駆け込んできた。
そして、第二王子の下で跪いて報告書になっている書簡を渡す。
渡された書簡を呼んだ第二王子は、最初は顔色を赤くして、そして、事態の深刻度合いに気が付いて青くした。
「どうした!何があった!」
「お兄様。これを・・・」
第二王子は、読み終わった書簡を隣に座っている第一王子に手渡した。
「これは・・・」
書簡を読み終わった第一王子の顔色も変わる。
「おい」
「はい」
第一王子は、伝令を呼びつける。
下級兵士が、第一王子に寄るのは忌避すべき行為だが、呼ばれたので、近づいてから跪いた
伝令が頭を下げる所を見てから、第一王子は剣を抜いて伝令を切り捨ててしまった。
「お兄様!何を!」
「ふざけるな!我が国の精鋭が負けて敗退だぞ!それだけではないのだぞ!お前に預けていた、拠点が次々と襲われて・・・。奪われているだと!砦と集積場が既に陥落!そんな報告は欺瞞情報だ!こんな伝令を持ってきた者を罰して何が悪い!」
第二王子に与している者たちは、第一王子の行いに眉を顰めるが、言葉には出さない。誰も非難することはない。
伝令の遺体は、第二王子の従者が片づける。第一王子の従者たちは、上級貴族の子弟だ。従者に従者が従う歪な状況なのに誰もそれを不思議に思わない環境だ。
会議室の状況が、現状の王国の縮図だ。
上層部は、領地の確保にしか興味がない。その為に、獣人族を使いつぶしても構わないと考えて、実行している。
モミジとミアが連れてきた者たちが、軍の拠点や砦を襲って、陥落させている。
そこで、奴隷として酷使されていた獣人たちを解放して、戦う意思がある者を、新たに編成して、次の施設を強襲する。
酷使されている獣人たちは、戦闘に耐えられない者も多いが、それでも、一緒に戦うと言った者たちも多い。
何者かが、王国の施設を強襲して、陥落させている情報は、貴族にも伝わり始めているが、誰が報告を王都に持っていくのかでもめている間に、事態は悪化の一途だ。
獣人たちの派手な動きに目を奪われているが、魔王ルブランを神聖国と挟み撃ちにして、森の一部を奪い取る作戦もうまく行っていない。
それどころか、遠征軍は壊滅状態になっている。3割の損耗ではなく、生存者は10%を切っている状況だ。帰還できた者で、無傷な者は居ない。この状態でも、国境を守っていた者たちは王都に正確な情報を上げていない。
”情報の収集中”と”作戦は順調”を上げるだけだ。
そして、帰還した者たちの情報をあつめても、”わが軍が有利に展開”と報告を上げている。
何度か、正確な情報を上げた伝令が、第一王子や第一王子の従者に殺されてしまったことから、伝令になる者が途中で伝令の内容を改竄してしまう事まで発生していた。
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王都から少しだけ離れた場所にある小さな領が、公爵領だ。
そして、第三王子の支持母体の貴族が集まっている。
「公爵!」
「お待ちしておりました」
「現状は?」
「・・・」
「公爵!」
「はい。神聖国に向かった者たちは、全滅です」
「全滅?」
「はい。王都まで、帰りついた者は皆無です。そして、辺境の砦や施設が襲われています」
「本当か?」
「はい。所属が不明ですが、多くが獣人族だと思われますので、反乱の可能性もあります」
「民は、近くの村や町は!」
「そちらには、攻撃はしておりません。もちろん、攻撃をしたら、反撃はされますが、遅滞戦闘で逃げる時間を稼ぐような戦闘です」
「・・・。獣人の狙いは、軍か?」
「おそらく・・・」
「そうか、民に被害は出ていないのだな?」
「ゼロとは言いませんが、深刻な戦闘行為には至っていません。それよりも・・・」
「なんだ。しっかりと教えてくれ」
「はい。獣人によって陥落した軍の施設や砦に居た兵が・・・」
「・・・。続けてくれ」
「はい。兵が、野盗になり、近隣の村や町を襲っています」
第三王子は、出されたグラスを持ち上げて、床に叩きつける。
「なんだと!恥ずべき奴らだ。俺が・・・。私が、殺してやる」
「お待ちください。既に、討伐部隊を組織して向かわせました」
「いいのか?獣人たちとの戦闘は避けねばならない」
「言い含めております。我が領に居た獣人族に、頭を取らせております。また、公爵の印を押した書類を持たせております」
「書類?」
「はい。襲撃を繰り返している獣人族とのコンタクトが成功したら、渡すように言ってあります」
「それは?」
「こちらの派閥に組み込むが無理でも、交渉が出来れば・・・」
「わかった。公爵に任せる。もし、獣人族のトップが出てきたら、私が交渉の場に立ち会おう」