第三話 【連合国】【ギルド】
”帝国は、新しく産まれた魔王と密約を結んだ”
こんな噂が、各国の首脳部に流れたが、帝国は噂だと取り合わなかった。
事実、帝国は魔王と密約を結んでいない。全面降伏だ。”攻めてこないで欲しい”・”魔王城に手を出す輩がいたら、遠慮しないで殲滅しても問題にはしない”。これらが、帝国から魔王に伝えられたことだ。
噂を信じている者たちが居る。正確には、”真実でないと困る”と思っているのだ。
「ギルドは、どういうつもりだ?」
「え?」
ギルド本部がある連合国の首都にある。連合国に属する国の大使館は、朝から新たに産まれた魔王に関しての会議を行っていた。連合国が採用できるのは、”敵対”しかないのだ。
「ギルドは、既に・・・。いや、言葉にする必要はない」
奥に座る男が、周りを威圧するように発した言葉は、皆の共通認識として語る必要がない事実だ。
「はい。しかし、ギルドは”新しい魔王”・・・。カプレカの魔王に敵対しないと宣言を出しました」
これは、正確ではない。
宣言を出したのは、新しい魔王の近くに存在していたギルドだけで、本部は未だに沈黙を守っている。
「やつらも、一枚岩ではないということだな」
「議長。しかし、それでは・・・」
「わかっている。だから、こうして集まってもらっている」
広い部屋には、20名ほどの人族が集まっている。
皆が深刻な表情で見ているのが、帝国からの宣言と、ギルドが出した宣言だ。
両者は微妙な違いはあるのだが、概ね同じような内容だ。
”カプレカ島は、魔王領として認定し、敵対行動はしない”
魔王城で無いのは、魔王ルブランからの指示なのだが、これを受け取った側が書面通りに受け取らないのは当然の成り行きだ。
「どうする?」
「どうするも・・・」
魔王を討伐するのは、魔王が持っている技術や財宝が狙いなのだが、それだけではない。魔王の領有する場所は、討伐を行った者が領有できることになっている。同じ場所に、魔王が産まれることが知られているが、産まれたばかりの魔王が領有する土地は狭い。そのために、大きく育った魔王を倒すのはリスクが伴うが、リターンも多くなる。次の魔王を討伐する権利を主張することが出来るのも、メリットだと考えられている。
連合国が問題にしているのは、今回の魔王が巨大な魔王城を作り上げたことではない。
帝国とギルド(の一部)が領有を認めてしまった”カプレカ島”が問題になっているのだ。
連合国では、人族以外は”奴隷”として”商品”になっている。帝国とギルドが認めた魔王の所領で、人族以外が奴隷ではなく生活している。ギルドの探索者相手に商売を行っている。人族以外を認めていない連合国は、カプレカ島での活動が制限される。もし、連合国の者が”カプレカ島”で魔王の庇護を受ける者に、自国と同じ対応を行ったら、魔王からの報復が考えられる。
実際に、帝国は”違法奴隷”を手放している。奴隷を使って、戦闘を行っていた---連合国や神聖国の傀儡になっていた---ヨストは惨たらしい姿を晒している。帝国は、ヨストの処遇に関して、魔王を非難しなかった。それだけではなく、5番隊と15番隊の解体を宣言した。犯罪奴隷以外の奴隷を解放した。
連合国は、情報統制が出来ているが、商人たちから、カプレカ島の話が漏れ出すのは時間の問題だ。
商人が、新しい魔王に興味を持つのは、商売を考えれば当然の行為だ。
「こちらに組み込んでいる者は動かせないのか?」
「話は通した。本部の者が動く」
「そうか・・・。それなら・・・」
「少しは安心できるが、情報部が、魔王カプレカ側についた」
「情報部だけか?」
「いや、1/3が情報部と歩調を合わせている」
「そうか・・・」
場の空気は、安堵の雰囲気になる。
「それなら、なんとかなる。暗部に情報部を狙わせるか?」
「暗部を使うと、連中がいい顔をしない」
「それもあったか・・・。面倒な事態になった」
「そもそも、連中は動くのか?」
「動く。既に打診があった。出方を見るとは思うが、主神に対する魔王の扱いに激怒している」
「そうか、それなら、我らも|仕《・》|入《・》|れ《・》を考える必要に迫られそうだな」
連合国に属している者たちは、ギルドの実動部隊と、カプレカ島での振る舞いを良く思っていない国が動くことで、自分たちが抱えている既得権益が侵されないと考えた。
連合国に激震が走るのは、数年後だが、その瞬間まで、皆は自分たちが持つ物が、永遠に自分の手の中に有るものだと信じて疑わなかった。
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「それで?」
「ルブラン様は、”魔王様”と呼ばれるのを好みません。”ルブラン様”と呼んで欲しいそうです」
「お前、俺をからかっているのか?」
「”魔王について知っていることを教えろ”と言われましても、私たちが把握している情報は、少なく、貴殿たちが望むような情報の提供はできません」
「貴様たちの一人が、魔王城から抜け出していているのは解っている。内部がどうなっているのか、教えろと命令している!」
「命令ですか?貴方は、この場所がどこなのかご理解しているのですか?」
怒鳴っていた貴族のような風体の男は、周りを確認してから、文句を怒鳴って立ち去った。
ギルドの一室だ。
対応していたのは、窓口を預かっている女性だ。帝国の貴族証を持ち出したので、個室に案内した。
「クズの相手。お疲れ様です」
「本当ですよ。この街で、魔王様を討伐するための情報を求めるなんて、生きて帰られる幸福を喜んで欲しいですね」
「本当ですね。ウアやキアに聞かれたら、絶望コースですか?」
「そうですね。でも、メアに聞かれたら、それで終わらない可能性がありますよ。ウアやキアなら、殺すだけで終わりですよ?」
「そうね。メアに聞かれたら・・・」
後から入ってきた女性と、窓口の女性は、可愛いキツネ耳を持つ、可憐な女の子を思い浮かべる。
ルブランから、スキルを学んで、カンウとバチョウから剣を習って、モミジから暗殺術を学んでいる。子供と呼ばれる年齢だが、間違いなく先程のような貴族なら簡単に殺してしまう。
二人は、大きなため息の後に、お互いを見て笑い出す。
部屋を片付けてから、次の業務に戻る。
この場所は、カプレカ島が浮かぶ湖にかかる橋に繋がる道を進んだ場所にある村だ。既に、住人は1,000名を越えているので、村ではなく、街と言ってもいい規模になっている。この街は、カプレカ島にあるダンジョンにアタックするために作られた場所だ。
街は、帝国領であり、直轄領だ。領主は、前7番隊の隊長であるティモンが就任している。
最初に村が作られた時には、ここまで急速に発展するとは考えていなかった。カプレカ島からの技術や資材の提供が有ったことが大きな理由だ。城壁に守られた村。村の周りにも、魔物や獣避けの柵と堀が作られた。物資に対してだけは、対価を払っている。
窓口に戻ってきた二人は、並んでしまった登録希望者を捌いていく、昼過ぎには列は落ち着いた。
この登録者の半分が、カプレカ島のダンジョンに挑戦する。そして、その半分が、この街に住み着く。こうして、村から街へ短期間で発展した。
「”これ”には、本当に・・・」
受付に座っている女性が指差している魔道具は、ルブランから提供されている物で、”名前の呪”の解呪を行う物だ。ギルドのメンバーも最初は疑っていたが、情報部が”呪”の存在を認めたことや、帝国から情報提供が行われたことで、真実味が増した。
「えぇそうね」
解呪を行っても生活には変化がない。
領主であるティモンからの告知だ。ギルドの情報部からも同じ告知がされている。
『名前を使った”奴隷契約”に補正がかかり、命令などの受け入れが、自然になるだけで、奴隷でなければ、大きな違いは無い』
帝国とギルドが広めた話だ。
実際には、神聖国が崇める”神”に逆らえないようにする為の”呪”が込められている。表向きは、違う理由が必要になるだろうと、魔王ルブランと帝国とギルドの情報部が考え出した妥協の説明だ。