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第十話 おっさん安堵する


 おっさんとカリンを載せた馬車は、中央通りを進んでいる。

「イーリス。どこに向かっている?」

 馬車は、どんどん、領都でもっとも栄えた場所から離れている。馬車の目的先はイーリスが指示を出していた。おっさんは、イーリスをまっすぐに見つめて、質問を行っている。

「・・・」

 イーリスは、感情を読み取られないように、バステトを見るように視線を外した。イーリスは、おっさんの追及を躱せた。と、考えたが、おっさんの追及は止まらない。
 イーリスの態度から、追及ではなく、確認になってしまった。

「イーリス。もしかして、自分だけ挨拶をしたり、歓待を受けたり、対応するのが嫌で、俺たちを巻き込もうとしていないか?」

 おっさんの確認に、驚いたのはイーリスだけではなく、カリンも”宿に入って休む”と思っていた。そして、時間を確認して余裕があるようなら、領都の散策に出かけようと思っていた。
 王都では、屋敷から出ることが滅多に無かったが、領都では、カリンは自由に行動ができる。王都よりも治安がいいことや、カリンが、攻撃性のスキルが使えることなど、複合した条件だが、おっさんもイーリスも問題はないだろうと考えている。

「え?まーさん。イーリス?本当?」

 イーリスは、カリンからの抗議に似た視線から、目を逸らした。

「イーリス。”やましい”気持ちがあるときは、視線を逸らさないほうがいいと思うぞ?」

 おっさんは、イーリスの態度から、適切とは言えない情報を二人に与える。

「え?」

 イーリスが逸らしていた目線をおっさんに向ける。
 二人の視線がぶつかるのを、カリンは少しだけ面白くない気持ちで見つめる。

「今、カリンから視線を逸らしただろう。カリンの問いかけを認めているような状況だぞ」

「・・・。しかし、私は、認めませんよ」

 イーリスは、自分が認めなければ、大丈夫と考えている。
 それも間違いではない。イーリスとおっさんでは見えている景色が違う。おっさんは、イーリスが認めようと、否定しようが関係がないと思っている。

「そうだな。イーリスは、認めないだろう。でもな。カリンが、イーリスの思惑を”考えた”内容を、否定していないよな?」

 詳細な説明を避けたが、現状をイーリスに解らせるために、簡単な説明を始める。

「はい」

「その場合、カリンは”自分の考え”を、”解”だと思ってしまうぞ?後になれば、なるほど、否定は難しくなる」

 イーリスは、”否定していない”この事実だけで、カリンが”肯定された”と考えるには十分な情報だ。
 人は、信じたい方向に、思考を誘導されると、信じてしまう。

「・・・。それは、わかります」

「イーリス。その時には、相手の目線を正面から受け止めて、”にっこり”笑うだけですればいい」

「え?」

 イーリスには、おっさんが何を言っているのか解らない。
 目線を逸らさないのは理解ができるが、”にっこり”笑うのに、なんの意味があるのだろう?自分の中で考えても結論が出ない。考えを巡らせていると、おっさんが”にやり”と笑って、カリンに目線を移す。

「そういえば、カリン。イーリスが楽しみにしていた果物を、バステトさんと分けていたけど、イーリスに言ったのか?」

「え?」「・・・」

 カリンは、おっさんの暴露から、怒られないまでも、何かを言われると思って、イーリスから視線を外そうとした。

「カリン。イーリスから目線を外さない!」

 おっさんは、カリンが目線を外そうとしているのを察知して、カリンに指摘する。
 実験であり、イーリスに解らせるためだという意味を言葉に込めた。

 カリンは、正確におっさんの意図を感じ取って、目線をイーリスに固定する。

「イーリス?」

 イーリスも、おっさんが急に暴露話をしたことに困惑を覚えたが、実践しようとしていると思って、頭をフラットな状態に戻して、カリンを見つめた。
 カリンは、イーリスと目線が交差してから、”にっこり”と笑った。首をまげても、視線を外さない状態で、”イーリス”といつもと同じ口調で名前を呼んだ。

「はぁ・・・。まー様。本当ですね。問い詰めようとした時に、目線を外さないだけで、こんなにも曖昧に思えてしまうのですね」

 イーリスは、大きく息を吐き出して、おっさんに視線を移す。
 果実を食べられてしまったのはショックだけど、元々カリンと一緒に食べようとしていた物で、おっさんも誘っていたが、おっさんは『”二人で”食べればいい』と断っていた。その果実を、カリンが黙って食べたのだ。

 おっさんが、話を持ち出さなくても、この後で解ってしまう事だ。
 それを、イーリスに実地で”視線”の動かし方を教える教材にしただけだ。イーリスは、よく言えば”お嬢さま”だ。悪く言えば、”箱入り娘”だ。おっさんがだまそうとしなくても、簡単に騙せてしまう。
 おっさんは、王都から領都に来る間に、イーリスにいろいろ教えている。
 もちろん、善意だけではない。今後、おっさんとカリンが領都から出る状況も考えられる。もしかしたら、帝国からの脱出を考えるかもしれない。その時に、イーリスが一番の脆弱になってしまう。辺境伯は、おっさんが話をしても、いい意味でも悪い意味でも、”貴族”だと感じだ。自分の利益を最大限にするために行動する。行動原理が解りやすかった。そして、利益を分配する相手としては、理想的な相手だ。
 しかし、イーリスは、”正義”に憧れを持っている。本人は、否定するだろうけど、イーリスの行動原理は、自分の中に芽生えている”正義”だ。おっさんが危惧するのは、”正義”は暴走しやすいという事だ。その時には、利益があろうと、自己の犠牲さえも正当化してしまう。そんな危険な行動原理を持つイーリスには、自分を騙す方法を覚えてもらいたかった。

「不思議だろう?」

「はい。それで、カリン様?」

「え?あっ。ゴメン。バステトさんと食べちゃった」

「はぁ・・・。まぁいいです」

「ゴメン。だから、この後の面会も付き合うよ?」

 おっさんは、カリンとイーリスの会話を聞きながら、イーリスの微妙な変化を嬉しく思っている。
 カリンに対して、気安い相手だという認識を持ち始めている。その関係が、友愛になり始めていると感じて嬉しく思っている。

「いえ、まー様には、来ていただきたいのですが・・・」

 チラッとカリンを見つめる。

「あぁそういう人なのか?」

 おっさんは、一つだけ思い当たることがあり、イーリスに確認をする。

「いえ・・・。根はいい人なのは・・・。間違いは無いのですが・・・」

「面倒なのか?」

「はい。特に、カリン様は・・・」

「え?何?私?」

「ふぅーん。カリンが好みなのか?」

 おっさんは、イーリスの言い方と、イーリスのカリンを見る目線で、自分の考えが確信に変わる。

「いえ、逆です。私やカリン様は、恋愛の対象外でして、その代わり、毛嫌いをする可能性が高く、私は立場が立場ですので、無礼な対応はしないと思いますが、カリン様には・・・」

「私?別に気にしないけど?」

「あぁ・・・。イーリス。代官だけど、イーリスやカリンに興味が無いのは解った」

 おっさんは、確信が間違っていたと認識した。
 そのうえで、聞きたくはないが、聞かない状況は危険だと感じていた。

「はい?」

「男色なのか?」

 ”どストレート”に、イーリスに確認する。

「え?あっ・・・。違います。違います。恋愛対象は、女性です。女性なのですが、筋肉があり、強い女性が好きな方で、私やカリン様の女性を見ると、筋肉を付けろ、筋肉は素晴らしい。と・・・。少し・・・。本当に、少しだけ面倒に・・・。はぁ・・・」

「わかった。それなら、俺が出た方が穏便に終わりそうだな」

「え?そうなの?」

 カリンが不思議そうな表情をするが、面倒な人物なのだ。カリンやイーリスでは手に負えない可能性がある。

「あぁカリンは、先に宿・・・。で、いいよな?居てくれ」

 宿にカリンを届ける予定になっていると、イーリスに確認をするために、話の途中でイーリスを見る。
 イーリスが頷いたのを見て、カリンにお願いをする。

 おっさんは、カリンを宿に残す事で、自然な流れで”バステト”の存在を隠したかった。現状で、バステトは、おっさんとカリンの生命線になりかねないからだ。辺境伯は解っているかもしれない。イーリスは、把握はしているが、バステトと近くに居たために、認識を上書きしてしまっている。

「うん。バステトさんと一緒に居ればいい?」

「イーリス。大丈夫だよな?」

 再度確認を求めて、おっさんはイーリスからバステトの認識を外させる。

「はい。手配は終わっています。それで、まー様。本当に、よろしいのですか?本当に、本当に、本当に、少しだけ・・・。面倒な人ですよ?」

「貞操の危機がなければ、面倒な人物は大好物だ。辺境伯が、代官に指名するくらいだ。問題は、その面倒な性癖だろう?」

「はい。能力は問題ではありません。能力は・・・」

 イーリスの大きな溜息が、おっさんの気分を暗くするが、”面倒な人”は日本でも何度も合っている。
 テーブルの反対側にいる面倒な人なら対処は解っている。だから、大丈夫だと思っている。

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