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第17話『焦り』


 地下ギルドでは、セニアとエルザも悩む。
 宿の中で魔法のテント内にいる一樹とモグーも当然考える。

 頭を抱える一樹に、モグーは愉快そうにいう。よほどおかしな動作をしていたのだろう。今にも笑いそうだ。

「どうするの?」

「セバスを見つけたとしよう」

「うん?」

「即、魔法のテントに入ってもらう」

「それで?」

「周りに人がいなければ、俺たちは飛び出して教会を脱出する」

「すごくシンプルだね」

「ああ。めちゃくちゃシンプルだ」

 本当にこのような方法でいいのかと思い頭を抱えていたのだ。ただ魔法のテントは一樹が許可した者以外は認知できず、当然触れることすらもできない。これはかなり大きく有利に働く。

 問題は、入った場所から動けないことだ。

「前に一樹と一緒に逃げたとき、一つ目の巨人いたでしょ?」
 
「ああ、大変だったよな」

「あんなのがたくさんいなければ、今の一樹なら大丈夫そうな気がする」

「セニアからの情報だと、中に入ったら出くわすのは人とは限らないと言っていたんだよな」

「一樹は今まで魔獣と戦ってきたから大丈夫じゃないの?」

「大丈夫と言えば嘘ではなんだけどな……」

「人を切れない?」

「逆だよ」

「ん? 人を食べたくなる?」

「近い。吸いたくなるんだ」

「あっ。紅目の時でしょ?」

「そうそう」

「でも意識はあるでしょ?」

「ああ。あるけど、何か別の意識へ引っ張られそうになるんだよな」

 一樹は紅目になる前提で考えていた。なぜなら圧倒的に強く、暗殺術のスキルと格闘術のスキルとも相性がいい。
 それに体は強靭になり、腕には稲妻のような紋様が浮き出る以外に、自身の見た目の変化はあまりわからない。

 どうにも初めての敵地侵入と救出という、一樹にとって難易度はウルトラハードに近い。ゆえにあれこれと考えてしまい一向に先へ進まないでいた。こうしている間にも時間は流れるように過ぎ去っており、焦りは募る。

「一樹! ヤバイよ! ヤバイよ!」

「え? 急にどうしたんだ?」

 驚く一樹の周りをぐるぐるとモグーは回り出す。まるでリスの時のようにだ。

「ん? 焦るかなって」

「ひでえー。モグーまじかー。あっ……」

 この時、一樹は少しでも気が抜けたようで、意識が切り替わり何か気持ちが少しだけ落ち着いていた。ほんの少しでも意識を別のことに傾けるだけで、大分変わるんとあらためて実感していた。
 
「ね。少しは落ち着いた?」

「すまない……。俺妙に焦っていたな」
 
「うん。すごく焦っていたよ?」

「なんだかんだと考えてもできることは限られているもんな」

「うんうん。だからもう少し出来ることだけで考えよ?」

「そうだな」

 モグーに助けられた。さすが長年の付き合いだ。とはいえ、今の状況だとどうやっても素人感丸出しで、抜け漏れが多そうな計画しか思いつかない。かと言って計画を誰かに話したらどこで漏れるかわからない。

 正直なところ、一樹は八方塞がりだなと思ってしまう。かといって、今から向かうとなれば行き当たりばったりだ。そこで少し思考を変えて、回復薬であるポショと蘇生薬を量産しはじめた。

 一樹がいつもの容器を取り出した所から、モグーは興味深そうにして覗き込む。
 
「あれ? 薬作るの?」

「ああ。今は、足りない物をまずは用意しておきたい」

「うん。そういえばあの人には相談しないの?」

 首をかしげるモグーは不思議そうにいう。
 この時指す人は、ギャンブルマスターであるのはすぐにわかった。

「相談するだけしてみるか……」

「うん。そうした方がいいよ。あの人は一樹のことよく見ているよ?」

「そうか? まあたしかに、コンパネを教えてくれたぐらいだからな」

「うん。きっと力になってくれるよ?」

 今更ながら、一樹は大事なことを失念していた。それは自身が賞金首なことだ。彼らは待つ訳もなく自らの考えで迫ってくる。
 
 セバスのことに気をとらわれ過ぎていると、自身の身が危うくなるのは間違いなかった。ゆっくりと死が近づく足音に、今はまだ気がつけずにいた。

 一樹は少し考えを巡らせると、不意に出かけるという。

「図書館にいってくる」

「調べもの?」

「ああ。相手を知らなすぎると思ってさ」

「教会の人?」

「教皇とかもな」

「そう、なら私はここにいるね」

「テント回収するから、しばらく出られないけど大丈夫か?」

「うん。寝るだー」
 
 一樹は部屋内を見て誰もいないことを確認すると、外にでてテントを回収し、図書館へ向かった。
 考えてみたら、教会に関連することはほぼ何も知らないに等しい。それなのに乗り込もうとするのは無謀だと一樹は考えていた。敵を知り、己を知るのは、非常に重要なことだ。

 図書館に入ると意外と熱心に調べている人が多いのもこの町の特徴だ。食う物に困らないからか、学べる知識を得ようとする勤勉家は多い気がしていた。

 建物内はかなり広く、数百人入ろうとも余裕がある。構造的にも三階まであり書物は豊富だ。さっそく二階に上がると、教会関連の書物があるのでまずは歴史から手に取った。

 ――その時である。

 館内には各階ごとに机と椅子がいくつか置かれており、座ってゆっくり調べようと戻っている最中にことは起きた。背後から急速に音もなく何かが迫ってくる。

 ――来たか!
 
 その場で素早く180度回転すると、短剣で突き刺すように突進してくる者がいた。もう目の前まできており、一樹は咄嗟に分厚い図鑑のような重厚感ある書物を構える。

 左手に持ち替えた本は、迫る者の右手に持つ短剣の迎撃に向けた。
 同じぐらいの背丈で顔は、布で覆われて顔は見えない。本で短剣を内側から弾くと、上がった腕の下に潜りこみ、右の肘で鳩尾あたりを打ち付ける。
 すると一瞬動きが止まった隙に、本を縦に持ち替えてそのまま顎に向けて強打させる。すかさず自前の短剣を取り出し、のけぞった状態の一瞬を狙い心臓に短剣を深々と突き刺す。右手でつかを握りしめ、左手を添えて可能な限り奥まで押し込んだ。

 ――仕留めたか。

 安堵も束の間、すぐに宙を舞い回転する斧が正面から飛んできた。すぐに倒した敵の背中を盾がわりにして凌ぐ。見事なほど刃が突き刺さる。

 まだ追手が来てもまだどこにいるのかわからない。正面に気を取られているといつの間にか背後にやってきて手斧が頭上から迫る。すかさず遺体を強引に引き寄せてもわずかながら、刃にふれ傷ができる。瞬間何か電気のような痺れる何かが体内を駆け巡った。

 ――毒刃か!

 急激に眩暈と痺れが訪れ、動きが鈍くなっていく。さらに吹き出す汗は冷たく判断を鈍らせていく。苦痛で弱る姿を見て、下卑た笑いでゆっくりと、襲撃者は迫る。獲物の息の根を止めようと鷹揚な動きで迫ってきた時、脳裏に何かが閃く。
 
 ――なんだ、今の感覚は。

 視界が瞬間的に切り替わった。
 気がつくと襲撃者の背後にたち、後ろから首筋を噛みつくと何かを思いっきり吸い込んだ。
 吸い込み続けるたびに全身が爽快感に包まれる。同時に、活力が腹の底から湧き溢れ、喉奥では微炭酸が弾けるような感覚を味わう。
 さらに脳が痺れるほどにうまいと感じて叫んでいるような錯覚が起きた。一気に吸い込んだこともあり、一瞬にして骨と皮だけになってしまう襲撃者。あまりの美味さに堪えきれず叫んでしまう。

「脳が……。うめえー!」

 叫び声を上げたことで何かが完全に切り替わった。
 首筋から口を離した後は、骨と皮だけになった遺体が床に落ちる。まだ二階に潜んでいた者を匂いで感じ、瞬間移動に近い早さで逆に追手へ迫る。
 
「ば、化け物め!」

 襲撃者の方があまりにも異質な状態へ変化した一樹に恐れ慄く。短剣を振りかざそうとしてもすでに腕に食らいつき、またしても吸い込んでしまう。
 変わらず、骨と皮だけになり絶命すると、あまりの美味さに声を漏らす。

「うまい! うますぎる」

 一樹はもはや襲撃者のことはどうでもよく、ただただ吸い込みたい気持ちの一心で動き始めた。まるで飢えた野獣の如く、自身の食欲に近い何かを満たすため、本能のまま行動を始めた。
 様子を伺うようにしていた賞金稼ぎたちは、恐れ慄く。もう戦いなどではなく蹂躙に近い。

「ヤメロー! ゴブァッ」

 紅目の一樹は、襲撃者の背後から手刀で背中を貫くと、背骨の一部を引き出して、口を当て一気に吸い込んだ。吸い込めば吸い込むほど膂力は増していく。もうどちらが襲撃者なのかわからなくなってくる。

 今言えるのは、一樹は獰猛なハンターとなり残りの襲撃者を強襲する。

 闇ギルドと思われる黒装束の者は両腕を肩口から引きちぎられ、膝は崩れ落ち頭を捕まれると力なく言葉をかける。

 「貴様……。人間か?」
 
 言葉などお構いなしに、正面から喉仏に食らいつき一気に吸い込んでいく。みるみるうちに骨と皮だけになりまた一人絶命した。
 
 ところが一人だけ取り逃した者がいた。
 腕に食らいつき吸い込もうとした瞬間、自ら腕を切り落とし、水晶のような物を床に叩きつけると瞬時に煙のように消えてしまった。

 敵対者がいなくなると手持ち無沙汰になったのか、紅目のまま一樹はぼんやりとしている。
 
 二階にはどういうわけか、襲撃者以外に人はおらず満足したのか元の一樹に戻っていく。先の襲撃で受けた毒はいつの間にか浄化されており、何の後遺症もなくむしろ変化前よりすこぶる体調が良くなり全快した。ただしひとつだけ心配ごとがふえて、懸念はましていく。

「今回も抑え切れなかったか……」

 敵には勝てたといえても、自身の欲望には勝てなかった。
 周りがすべて敵なら大いに力を発揮はできるにせよ、味方がいた場合果たして襲わずにいられるか今はまだ自信がない。

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