第10話『本物の敗北』
大して苦労や努力もしていないのに、一樹はなぜかうまくいってしまっている。
その様子を遠見の魔法鏡を使い死神の女は、一樹が神候補であるよう応援している。なぜなら、特別な理由を知ってしまっているからだ。
女が天使へなろうとした直前に、一樹がとある候補であることは、女がかつてみた予知夢の通りの内容で今の所、同じことをなぞっている。
ゆえに候補者であるなら、その先も見た通りのことが起きるのはわかる。このまま行くとあのことはもはや、避けられない。死神になってまでして、したかったことだ。
逆に予知夢で見たこととは、異なる方向に行かないように注視しているし、誘導もしている。そうしないと、目的を果たせないし自分では予測不能になってしまう。
あのことは、それでもいいと死神の女は思っている。むしろそのために、死神になったのだから本望でもある。
こうして密かに様子を伺ってみては、かつて見た通りの状態か逐次確認をしていた。
「心配ないわ……。だってあたしがついているもの。きっと……」
そう呟くと、またどこか闇に紛れて消えてしまった……。
一方冒険者ギルドでは……。
冒険者ギルドのギルマスは、一樹の偽物作りに憤慨しており、本物が汚されると信じている。その割に、やっていることはあくどいことばかりで、何が汚れるのやらというところだろう。
またポーションなどは、神聖な力があると考えられているので、穢れるとすら思っている。ただ本心で穢れると思っているかは、言動からするとなさそうなことが言えるだろう。
今でこそ一樹は賞金首ではあるものの、知り得た情報をより多く教皇へ情報を売り渡そうとしている。
今まで言わなかったのは、管理責任が問われるのを避けていたためで、今なら追放した後の出来事なので堂々と言える。
それがこのギルマスの持論だった。当然ながら、教会側も過去冒険者ギルドのギルマスが都合よく一樹を利用していたのは知っているし、それについてはとやかく言うつもりなど考えてもいない。
単に一個人の微々たる影響だと見ていたからでもある。ところが最近はそうでもなくなってきたのが実情だ。単に売れなくなったのが最もたる要因だ。
影響が大きくなりすぎて、どれだけ危険人物なのかが判明した状況だ。あとは教皇が判断すればさらにことは重くなる。思惑を重ねてほくそ笑むギルマスは、これから起きることを知らない。
――寝ている二人は、変わらず呑気な様子。
一樹たちは昼過ぎまでまったく起きずに寝たままだ。
気がつけないほどの緊張を強いられて、ダンジョンの遭遇戦では疲労を相当多く溜め込んでいたのだろう。
起きた時には、陽が高く昇っていたので本人たちもすっかり疲れが抜けたのか、かなりゆっくりねていた。
一樹は、昨日えた新たな作成スキルで起きて早々テンションアゲアゲ君の状態だ。その状態でセバスを訪ねると、地下ギルドにはさまざまな訳ありの者たちが変わらずたむろしていた。
――こいつら、いつも何しているんだろうな……。
一樹はぼんやり思っていると、モグーから言われる。
「一樹……。顔に出ているよ?」
「え? マジで? マジか?」
「うん。暇そうだなって、言いたそうな顔している」
「ポーカーフェイスって、俺苦手なんだよな」
「一樹のことだから大丈夫だと思うけど、気をつけたほうがいいかも?」
「おっ……。ありがとな」
地下ギルドのギルマスを見つけると、セバスから『本物の敗北』を告げられる。
唐突に何のことか分からず続きを聞くと、偽物の品質が本物を駆逐したと。一樹が偽物でなく別物を作り、本物を超えたと。
――なんだべた褒めじゃんと思いつつ、素直に礼を言った。
さすがにあの品質は教会ですらなかなか見ない物だから、同等の品でかつ近い値段でなければ、一樹製作の『ポショ』で当然駆逐されるだろう。欠損部位ですら再生するって、どんだけクレイジーな効き方だよと。作った一樹ですら思う品だ。
何度卸しても即完売に近いため、常に在庫不足だと嬉しい悲鳴をギルマスはあげている。なので、顔を合わすたびに一樹はセバスに追加納品をせっつかれてはいる。
毎回ギルドに寄るときは必ずまとめた本数を納品しているので、うまいこと捌いて欲しいと考えていた。
個人的に近づいてくる怪しい奴が出ないように、製作者不明でギルドは一括して買取と販売にしているのはセバスの優しさだろう。
そのおかげで妬みや僻みもなく、安心して作れている。ただし冒険者ギルドから出された賞金首なのは変わらず、毎日が戦々恐々としている。
――別の街に行くのもありだけど、ここが便利すぎるんだよな。
ダンジョンはこの街だけで二十個はあり、信頼できるギルマスがいて安全な宿も手配してくれる。さらに肉の実がなる木もあるから、食うのに困らない。
それに、安全に商売できるのは大事なことだ。
今日も無事にポショを地下ギルドへ納品して、宿に戻る。
もしかすると将来的に、宿すら不要になるかもしれない一大事なわけで、今一樹は非常にワクワク感が止まらない。
「魔法のテントか……」
「あれ? また一樹ハマっちゃった?」
モグーが最近やたらと突っ込んでくる。
彼女なりのコミュニケーションの取り方なんだろうか。
そのことより今は、魔法のテントの仕様をいち早く把握したい。
一樹はぼんやりとコンパネに浮かぶ仕様を眺めていると、あまりにも秀逸な機能で驚くもそれは一瞬で、あとは笑みしか浮かばない。
――なぬなぬ、これは……。
コンパネに表示される説明を見て思わず二度見した。いや、六度見ぐらいはした。
【魔法テント】レベル1
・二十畳ほどの固有空間。(レベルで拡張)
・半永久保持。
・出入り口のみ設置。
・所持者と許可された者以外は、認識も接触も不可。
・外部監視機能。(大型テレビモニター)
・生活機能付き。(風呂・シャワートイレ・冷蔵庫・台所・洗濯機)
・その他機能はレベルで拡張。
なんという豪華仕様だろうかと思わずにはいられない。さらに品質レベルが上がれば広さも何かしらの機能も拡張されるようだ。
俺は喜びを天井へ向けて、顔と両手の拳を掲げて、力いっぱいに声を出した。
「ヤッター!」
それを見たモグーはいつもの当たり前になりつつも、嬉しそうにいう。
「あれ? 一樹、今日二度目もハマっちゃったね」
ただ今回、この破格なテントはすぐには作れないわけがあった。
必要な物があり、それは魔石だ。一樹はまだ集めていない。
魔石を一定の規定値になるまでテント作成時に、文字通り『口』に放り込むことになっている。コンパネから『口』受け入れを触ると、何もない空中に円形の真っ黒な空間が現れる。
そこに放り込めと言いたいのだろう。
そういえばあの赤目の体に魔石があるのではと考えて、魔法袋から取り出すと、骨と皮だけになっているものの胸の中央あたりにまるでボールが詰まっているかのような膨らみを見つける。
おもむろに短剣で取り出して見ると、青紫色の魔石と思わしき物を目にする。艶やかな表面で真珠のようでいて、ゆで卵のように弾力のあるやわらかさだ。
「これはでかいな。赤ん坊の握り拳ぐらいはあるぞ」
モグーも近くで見ていると、何かを感じる様子だ。
「なんか魔力がじわりと染み込むように感じるね」
「俺はそうだな……。冷水から温水へ浸かった時に、血管がじんわり広がる感じかな」
人によって感覚が違うのかもしれない。
一樹はそのままコンパネを操作して、真っ黒な闇が開くと放り投げてみた。
すると、コンパネにインジケーターのような横長の物が現れて、半分ぐらいにまで届く。つまりは目盛りの最大値に到達すると作成できる意味なんだろう。
あとの残り半分を納めれば解決だ。嬉しさ半分やる気が半分な感じだ。またゾンビアタックをすればいいとも考えていた。
もう一つの考えとして、魔石買取もたしかに合理的だけども、最初の「部屋作り」は俺自身で集めたものにしてみたいと思っていた。なんというか、記念的な感覚に近いかもしれない。
――本当にそれで大丈夫なのか?
悠長にダンジョンに篭っていいのかというと、今の現状から鑑みるとそうともいえない。
今、なんとなくうまくいっている状態なだけで『賞金首』なことには変わりないし、地下ギルドが比較的安全なだけだ。顔がまだ割れていない内に、なんとしてでも魔法のテントだけは完成させておきたいと一樹は考えていた。
そうすれば、安全に安心して眠りにつけるし、テントさえ盗まれなければ防犯的にもいいのは当然だろう。
そういえば、肝心なことがもう一つあった。
なぜかテントは、『偽』と表記がつかない。
コンパネ上では、『魔法テント』だけしか名称が表記されていないからだ。果たしてどういうことなのだろうか。
いよいよニンベン師は卒業か? などと思うこと自体が意味ない。
なぜなら、一樹自身の種族が『ニンベン師』だからだ。
今となっては、感謝の言葉しかない。ニンベン師になったおかげで金は稼げるし、レベルも上げられる。
――うまくイキスギ君だな。
一樹はほくそ笑む。