第6話『事実と真実』1/3
それにしても、脳を分解する力は何なのか……。
脳から魔導書ができるなんて、今まで聞いたことも見たことすらもない。
ましてや俺にできてしまうなんて、事態が驚きを通り越して妙に冷静なるほどの物だ。
作った物といえば、今までポショとマジックバッグしか作成したことがない。
普通に考えたら、頭さえあって作るれるなら、処刑場に行けば時期にも寄るけどそれなりにある。
最近はいたって平和なので、頭が転がるほど多いなんてことはないけど、たまに悪さをしすぎた奴が首を落とされている。
――確か、今日は何かやっていたような……。
一樹は黒装束の姿のまま、地下ギルドへ向かう前に少し寄り道として、処刑場へ向かう。
深夜に処刑場で人の頭を探すなんてほんと側から見たら、イカれた野郎にしか見えないだろう。
幸いなことに人っ子ひとりもおらず、まさに闇夜が生み出す自由を満喫する。
一個だけ金髪の頭が地面に落ちているのが見える。体はどこだろうか、近くにはないところを見ると、頭だけ転がり落ちたのかもしれない。
地面より二メートルほど高い石切場の岩場のような場所で、頭を拾い上げマジックバッグに収納した。
手で掴んだ時、一瞬うめき声を聞いたような気がしたけど、気にせず解体する場所を探す。
初めてやった時は、紫色の魔法陣がやたらと派手に回っていたので、暗闇だと目立ってしまう。見つからないように、なんとかしたいわけだ。
石切場付近に掘削した横穴が空いており、奥まで続く。
深い場所なら、外に光が漏れないような場所を見つけさえすれば何とかできるだろう。
俺は手元に魔導ランプを用意して、横穴に進む。
人が五人ほど並んで歩けるぐらいの幅で、高さは三メートルぐらいだろうか。
真っすぐかと思いきやさらに横穴が空いており、直角に近いまがりかたをするので、光がもれずらい。よい場所を見つけたかもしれないと、期待をして向かう。すると少し行った先はちょうど良さそうな場所があり、壁に背を当てて腰を下ろした。
あぐらをかいて袋から頭を取り出すと、頭だけなのに目がしょぼしょぼしているかのように、まばたきをしはじめる。
――瞬きなんてするのか?
怖いよりもヤバイ気がして、さっさと脳分解を始めた。今回も同じく、目の前にある頭も|こ《・》|れ《・》|だ《・》という奇妙な確信がある。
俺が何かをしようとしているのがわかったのか、口を開けて男は何かをしゃべろうとする。そんなことはお構いなしに、魔法陣に包まれて頭が高速に回転をはじめた。
回転まで始まると、前回同様俺は何も意識せずとも魔法陣が勝手に働いてくれる。
かなりの高速で回転しており、頭自体がどのような状態なのか脳だけになるまでわからない。
いく分かすると再び脳だけの状態になり、またさらに回転をはじめ形が書物の状態に変化していくと回転が緩やかになり、止まる。
「さて、今回は何が出るかだな……」
「モキュッ!」
モグーもどこか期待している気がする。
今度は、前回より重厚そうな黒い魔導書一冊ができ上がった。表紙の角と背表紙に黒い金属が付けられて補強されている。いかにも何か大事な物だとわかる書物だ。
重そうな表紙を開くと、再び以前も見た文字が書かれている。
『経験の書』までは同じで次が肝心だ。
【スキル】
・紅彩術
これだけ読んでもよくわからない。
わかったのは、今回は一個だけだ。
このまま次のページをめくろうとすると、ページの一枚一枚が紫色の粒子化をして、一樹の額目指して突き進んでくる。
頭の中に入ってくる感覚は、痛くはなく痒みすらない。触れられている感じですらない。
手元の魔導書は、表裏のハードカバーも粒子化して取り込まれると、体の中が少し熱くなってくる。
「なんだ? 何が起きるんだ?」
「モキュッ?」
得体のしれないものが体中を這い、血管の中をまるでお湯が流れているような熱さを感じる。内側から熱湯を全身にくまなく流すような感覚が襲ってくる。
のぼせるのとはまた違ったもので息苦しさもあった。
内側から熱される苦しさで思わず膝から崩れ落ち、両手両膝を地面につき四つん這いになって苦しさが増す。
「グア……ああ……」
「モキュッ!」
モグーはびっくりして、俺の周りをぐるぐる回り出した。
俺は地面に伏してもがきくるしむ。
洞窟の地面の冷たさに多少は救われつつも、どの程度寝そべっていたのかわからない。
ただ少なくともまだ夜は明けていない様子だ。
すべてが頭に入ってきた時に、どことなく何かをわかったつもりでいる。
とはいえ、実際にやってみないことには、本で読んだ知識程度の感覚でしかない。
不意に目が覚めるようにして、一気に見開く。自分自身の手のひらを見つめ開いたり閉じたりして感覚を確かめた。
「大丈夫か……」
するとモグーは心配そうに俺の顔を覗き込む。
「モキュッ? モキュッ? モキュッ?」
「ああ、すまない。大丈夫そうだ。心配かけたな」
本当に? とモグの疑いの気持ちが伝わってきた。
「モキュッ?」
「本当のほんとに大丈夫だ」
「モキュッ」
モグーにはかなりの心配をかけたようだ。
先ほど苦しんだ後の状況なのに、一樹は思わず好奇心が先走る。今ここに誰もいないのをいいことに、さっそく新たに得たスキルを試してみたくなった。
「さ〜てやってみるか! 紅彩術!」
「モギュッ!」
――なんだ? 切り替わった?
まるでスイッチのオンとオフのように一瞬にして何かの変化を感じた。
――妙に頭がスッキリするな……。
先の覚えた時の知識だと、紅目化により魔力と肉体の強化と高濃度化があり、さらに全身に薄膜化がされるはずだ。
紅目は鏡がないとわからなかった。
魔力の強化は体感でわかるほど変化しているのがわかることを一樹は感じとっていた。あとは全身に薄い皮膜で覆われたような感じが見た目でわかる。うっすら覆われた膜によって、防御力が高まるという。
――これで防げるのか?
試しに軽く拳を握り、正拳づきの姿勢で目の前にある岩肌へ押しつけると、最も簡単に拳一個分は余裕で、陥没してしまう。
――もう少し力を入れてみるか……。
「それっ!」
モグーも真似て、手をツッパリのように突き出していた。
「モキュッ!」
軽いジャブのような感覚で岩肌を殴ると、手はまったく傷まずに壁へめり込んでしまう。感触は恐ろしいことに、素手で豆腐を殴りつけたようなやわらかさだった。
――力加減とか、普段大丈夫だろうか……。
現実は目の前で貫通した穴がふたつ開く。拳は見たままの強度だと、白兵戦になればかなり強そうだ。とはいえ驚くべき膂力なので殴られた相手はひとたまりもないと、自分の力のことなのに思わず身震いしてしまう。
あとは今の状態でどれぐらいの時間が保てるかだな……。俺はあぐらを組み、しばらく座り込んで空らが明けるのを待ってみた。
――数時間後。
真っ黒な景色を切り裂くように、白い色が差し込みはじめたのは、外側からの日差しだろうか。
恐らくだいぶ時間は経過したのだろう。変わらず俺は「紅彩術」が施された状態にいるのがわかる。
体表には、薄膜がうっすらと全身を覆っているように見えた。
第三者が見たら見えるかわからないけど、俺には見える状態だ。
解除しない限り、状態は保ったまま続きそうな感じがする。いつのもの『ポショ』を作る方が魔力を消耗する感覚が強い。低燃費なスキルでありがたさが身にしみる。『ポショ』を作りながらもできそうだし、工夫次第では安全に作れそうだ。
このまま外に出て宿に戻ってから少し寝ようとした所は、新たに借りる宿だ。当然ながら今までいたところはやばすぎる。
誰もいない朝の清々しい空気があっても、目の前は処刑場だ。さっさと退散するに限る。
「モグー帰ろうぜ」
「モキュッ!」
モグーはささっといつもの定位置につき、一樹は肩にモグーを乗せて、素早く今いる場所を後にした。