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第3話『正体』


「どうしたものかな……」

「モキュッ!」

 モグーは変わらず、元気付けてくれる。ほんと俺のことを気遣ってくれる相棒だ。
 あれからいろいろ考えても、いい手などまったく思い浮かぶわけもなく、ただ地下ギルドに向けて、ぼんやりと歩いているだけだった。

 当面の宿は何とかなったし、日銭も稼げている。
 逆に『ポショ』を、もう少し多めに卸してくれと地下ギルドのセバスから、度々リクエストが来るぐらいだ。

 その地下ギルドは、中央塔の一階に構えている。
 天井から地面まで伸びている塔は、変わらず壮大としかいいようがない。
 
 地上にある城の敷地の数倍以上はどありそうな柱の太さで、中を一部くり抜いた形になっている。もっともこれだけの太さなら、塔からすれば表面を少しばかり削ったに過ぎないだろう。
 魔法が主流の世界で、とんでもない構造物だと感心する。それに地下とはいえ、変わらず青空が広がる。地上の時間と連動しているあたり、よく考えて作られたような気がしてならない。

 今日は風がややあり、日によって変わる手の込みようだ。
 これだけの規模を作るのは、技術的な挑戦だけではないだろう。
 恐らく再現しなければならない事態がおきて、作ったとみている。それが地域紛争や戦争なのか、それともまったく異なる要因の何かなのか、元いた人も含めてどこにいったのか知らない。

 ぼんやりと考えながら、一番目立つ中央塔へ向けてあるくこと、一時間ぐらい。
 ようやく入り口が見えてきた。地下街の端から歩くとほんと地下街は異様に広い。
 
 地下というだけあって依頼ネタがヤバイ感じの物から、冒険者ギルドにあるような雑用や魔獣の討伐依頼などもあるし、採取の依頼も当然ながらある。

 線引きは無いのかというほどありとあらゆる物の依頼が揃っている。これは地下組織が、横のつながりの太さを象徴するかのようでもあり、ギルドマスターの方針も加味されているのかもしれない。

 一樹は、関係性などまるで気にも止め得ず地下ギルドへ、また何の気なしに訪れる。
 ふと訪れた先には、ギルマスといつもくっちゃべっている妙齢の黒髪ボブの女、たしか名前は確かセニアという。
 黒いマントを羽織り、体の線を強調するようなタイトな薄い革製の防具に身を包む。指につける指輪の多さとブレスレットのゴツさから、おそらくは魔法使いだろう。
 杖や本を使わない者たちは、指輪やブレスレットで代用している者がほとんどだという。
 威力より速度重視なタイプが好んで、指輪とブレスレットだけにしていることが多い。
 杖を使うタイプは威力重視派だ。
 
 ほぼ毎日顔を見るものの、コミュ障の俺では声すらかけれん。

 同じく魔法系統の使い手として、隣接する酒場でちびちび飲んでいるのが、背中までかかる金髪で碧眼の隠世の魔術師は、ローザという。先のセニアとは真逆のタイプで持つ得物は杖だ。
 おそらくは威力重視派で、魔法の一発がかなりでかいのだろう。
 
 俺と同い年ぐらいに見えるローザは、常に深い紫色のローブを見に纏っている。
 かなりの色白の美少女でおそらく誰もが一度は振り返るほどの美貌だ。ただ目つきは眠たそうにしていて、俺を見つけると常に何か観察されているような目線を感じさせる。
 異性に対する興味とは異なり、どこか植物とか昆虫とか何かの研究者の目だ。あの目に関わると碌なことがないと本能的に感じてしまう。俺は、過去に一体何があったんだろうか。

 俺はあの目線を感じると、そそくさと人影に隠れてしまう。

 今日もいるな……。

 その人影から見える目立つ女性がいた。依頼票を眺めては、周辺をうろうろしている。素人目で見てもタイミング的に声をかけやすい感じがする。
 ところが地下ギルドでのナンパは御法度だ。ギルマス直々に処刑までしてしまうぐらいの厳禁さだ。
 
 なので、よほどの新参者以外は声がけしたりなどしない。声をかけるときには決まりがあり、まずは自ら名乗る。それから、相手に許可を求めてから話を続けるのだ。
 相手が何者であろうとだ。ギルド職員に対しても同じで例外はない。ゆえに規律が厳しいせいか、酒場でも荒れる者は少なく地上にある冒険者ギルドより、ある意味皆、行儀がいい。
 
 少し脱線した、先の女性の話に戻ろう。
 見かけは俺より少し背が高くスラットしている割には、胸が非常に大きい。
 髪型は、頭の高い位置でタイトな銀髪のポニーテール姿をしており、褐色の肌に非常にあう。全体的にかなりセクシーな部類の美人だ。
 衣類はこの世界だと珍しく、伸縮素材で作られた物を着用していた。黒色で薄手のウエットスーツのような物を身に纏って肌の露出を避けている。
 
 とはいえ、ほぼ全裸に近く体の線が出ており、目の保養となるものの下半身には毒でしかない。ある意味、ボディペイントしているだけとまで言えるほどの状態だからだ。
 刺激の強い姿格好だけどもおそらく、かなり高価な魔法防具だろう。
 身体能力の強化と防御を兼ね添えた一品であるに違いない。
 
 少し俺も気になって見聞きしているうちに、名前が知れた。
 エルザという名前のダークエルフらしい。年齢は俺より2つ上ぐらいのようだ。
 ただ見かけによらず、地下ギルドでは浮足だっているのか妙に目立つ。
 どこか場違いな場所に来てしまったかのような感じだ。

 所在なげに、いつも目を泳がせている謎の人物だ。
 この手合いも、表面上はそのように見せているだけで、内情はまるで違うことの方が多い。だから気をつけておかなければならない人物でもある。

 その証拠に腰の左右に下げている片手剣が2本ある。
 どう考えてもかなりのやり手だ。

 ――触らぬ神に祟りなしだ。

 そこで珍しく、ギャンブルマスターの白い燕尾服姿で白い仮面をつけた女に出会う。あの一つ目巨人に、追われていた時以来だ。
 
 しばらくセニアと共に地下ギルドのセバスと会話したのち、一区切りついたのか見知った一樹を見つけると近くにやってきた。

「あら? あのときぶりぐらい? 声をかけるのは?」

「ああ、そうかもな」

 なんてことのない声掛けから始まった。

「今よろしくて?」
 
「かまわないさ、何か用か?」

 すると仮面のスリット越しにわずかに見える目は、何か含み笑いをするような、妖艶な目つきをしているように思えた。
 
 顔がより近くにくると、耳元で囁くようにいう。
 
「ねえ……。一樹がなぜ本物を超えられないのか、私にはわかっているわ。それに、なぜ種族がニンベン師なのかもね」
 
「何? ――お前看破師だったのか?」

「違う……わ」

「何が言いいたい?」

 俺は疑いの眼差しを、この女に向けていた。
 
 想定外な人物に、予想外なことを言われて少しばかり挙動不審になっていたと思う。

 俺のことはお構いなしに、自分の言いたいことをいうだけのためかのように、白い燕尾服を着たギャンブルマスターの女はいう。

「まだ、使いこなせていないわ。というより誰も教えていないからなんだけどね」

「どういうことだ? 教えていない?」

「そうね……。少し予想外だわ」

 ギャンブルマスターの女は、顎を抱えて悩んでいる様子を見せていた。
 俺は続けて聞いてみる。

「何がだ?」

「あなたまだ未経験でしょ?」

 俺は思わず吹き出しそうになる。いきなりな質問で驚くぞこの女は。
 事実未経験なことは確かだけど……。



「随分と大胆な質問だな?」

「一回は経験してからでないとね……。できないのよね」

 なんだなんだ? 経験したらやらせてでもくれるのか?
 俺は頭の中にある脳ミソが、なんだかスパークしそうになる。思わず重ねて聞いてしまう。

「未経験だとダメなのか?」

 ギャンブルマスターの女は、仮面をしていなければ恐らくかなり困ったような表情をしていると予測する。
 
「経験すると一皮むける感じなのよね……。私はできないのよね困ったわ」

 一皮ムケルし、そのお相手はできないときたか……。
 おいおい俺って、どうなっちゃうわけだ。

「ちょっ、待ってくれ。念の為確認したいのは、仮に経験したら何がどうなるんだ?」

「うふふふ……。秘密。経験したら教えてあげる」

 マジか……。このお姉さん素敵すぎやしないか。
 
「経験相手は誰もいいのか?」

 それならば相手は誰でもよく、一度でも経験さえしちゃえばできるのだろうか。
 
「経験さえすればね。そのレベルならどれを倒してもレベル上がるでしょ?」

 この時、俺は完全にそんでもって盛大に誤解をしていたことに気が付く。
 
「え?」

 ギャンブルマスターは、さも当たり前のように言ってのけた。
 よくよく言葉を思いこしてみると、「経験」の言葉を「レベルアップ」と入れ替えれば、話の辻褄があう……。
 
「ええ、おそらくすぐよ?」

 なんだか誤解しまくった俺はアホ丸出しだけど、相手は気がついていないようなら、よしとするか……。俺は思わず無言で返事をしてしまう。
 
「……」

「レベルアップしたらまた声をかけて。その時に教えるわ。すべてが変わるわ。あなたの世界ですらね」

 そういうと別れの挨拶か、手のひらを上げてひらひらとさせながら去っていく。

 さっきまでのドキドキは何だったのか……。俺の早とちりで大恥を晒すところでもあった。危ない……。
 
 それにしても世界が変わるとはどういうことなのか、まるで検討がつかないしなぜ、そのようなことを知っていて俺を指名なのか……。
 話っぷりからすると金を取るわけでもなさそうだし、何よりそこまで変わるのならレベルを上げてから、もう一度話てみるのもいいだろう。

「モキュッ?」

「悪りぃ。心配かけた」

「モキュッ!」

 あれ? 待てよ……。レベルをあげるって、一体どこまでなんだ?
 肝心なところを聞き漏らしたものの、どちらにせよ俺自身もあげないといけないと考えていた所なので丁度いい。
 
「やっぱ、普通の武器でやるしかないか……」

「モキュッ! モキュッ!」

 モグーはやる気に満ていた。
 
 ぼんやりしていると急に背後から声がかかってきた。

「一樹さん。どうかしたのですか?」

 この渋く低い声の持ち主は、地下ギルドのギルドマスターのセバスだ。
 この人は誰に対しても同じ態度で対応をする。
 
 一見すると、初老に差し掛かる感じの見た目でいくらか白髪が目立ち、オールバックになでつけた髪は、キッチリとまとまっている。

 いつも微笑みを携えているものの、開いた眼光は鋭い。
 このような見た目でも、かなりの強さを誇る。
 なんと言っても誰も手出しができないほどだからだ。
 
 この人以外にサブギルドマスターもいるらしいけど、めったに姿を見せないせいか、ほとんどの者は見かけたことがないらしい。
 


 さらに五人ほど陰で支える者がいるらしく、その強さはかなりヤバイとの噂だ。そのような者たちが地下ギルドを運営している話を聞く。

「いや、さっきギャンブルマスターと話ていたら妙な話をされてさ」

「妙な話ですか? 差し支えなければ、私にも聞かせてもらえませんか?」

「大した話じゃないんだけど、俺がレベルを上げたら世界が変わるほどのことを教えてくれるらしいんだよね」

「世界が変わる? ですか?」

「ああ、そうなんだよね。まだ使いこなせていないとか、誰も教えていないとかつぶやいていたな……」

「おやおや、随分と見込まれたのですね」

「変な薬とかだと困るけどな。まあギャンブルマスターに限ってそれはないと願いたい」

「そうですね。彼女なら恐らくは大丈夫でしょう。それにしても世界が変わるほどの物とは、一体なんでしょうかね」
 
「さっぱりわからないよ。ひとまず、レベルを上げるしかないのはわかったけどね」

「そうですね。気をつけてください。少し気をつけた方がいい話を小耳にししましてね……」

「何かあったんですか?」

「巷では、冒険者ギルドの周りは、やや騒々しい感じがしますのでお気をつけください」

「また冒険者ギルドかあ……」

「一樹さんは、我々地下ギルドを懇意にしていただいているゆえ、お伝えしました。ほんの少しの情報で申し訳ない」

「いやいや大いに助かるよ。セバス、いつもありがと」

「いえいえ。一樹さんには、いつも特別なポーションを卸してもらっていますからね。供給源が絶たれると、私も困ってしまうものですから」
 
「また今夜にでも作って納品するよ。その時は、買取頼みます」

「はい。ぜひお越しください。お待ちしております」

「わかった」

 俺は、世間話はここまでにしてギルドを引き上げた。
 さっそく、ポショでも作るかな。

 俺はセバスに紹介された宿屋へ歩いて帰った。

しおり