第九話 最終確認
カイルは緊張した面持ちで、立ち上がった。
イチカも、カイルと一緒に立ち上がったが、カイルよりは余裕が見える。
二人は、報告書で大丈夫というサンドラからの提案を、皆の前でしっかりと発表をしたいと言い切った。質問にも答えると言っている。
まだ早いという意見もあったのだが、二人は神殿に住む子供たちのリーダーの役割を持っている。実際に、子供の数は、成人している者から神殿にアタックしている者と西側に住む者たちを除けば、最大の人数になっている。大人たちがなんとなく、種族でまとまっているのに対して、子供たちは種族でまとまる事も、出身でまとまることもないので、二人が率いている子供たちが神殿では最大の派閥と言ってもいい。
「カイル!」
アフネスの言葉で、カイルが反りかえるくらいに背筋を伸ばす。
「カイル。緊張しなくていい。君とイチカが、子供たちが感じたことを教えて欲しい」
アデレードの言葉で、カイルは少しだけ落ち着いた。反対に、イチカが今度は緊張してしまっている。
カイルは、アデレードの神殿に来る前の身分は知っているが、優しい年上の女性だという認識しかない。イチカは、元の身分で、自分たちに声を掛けて来る事が信じられない状況に緊張をしてしまっている。
「うん」「はい!」
カイルが、イチカの方を見てから、前に出る。
一歩だけの前進だが・・・。カイルとしては、イチカを守るという意思もある。自分がしっかりと説明が出来なければ、イチカが皆の視線を浴びてしまう。自分がリーダーだと思わせる一歩だ。
カイルは、イチカから説明の為に作ってきた紙を受け取る。
二人は、今日の為に、子供たちの前で練習をしてきた。
「ふぅ・・・。俺たち「カイル!」あっ。僕たちが、メルリダさんとルカリダさんから聞いた話を発表します」
カイルたちは、自主的に(自分を含めて)、オリビアの従者として神殿に住むことになった、メルリダとルカリダを監視していた。監視だけではなく、接触をして、世間話(時には恨みつらみをぶつけることもあった)を行った。二人が何を思っているのか調べようと考えていた。
子供たちには、帝国を恨む土壌があるのは、メルリダとルカリダも理解していた。皇室が行ったわけではないが、配下の貴族の施策の結果。子供たちが、まともな生活が不可能な状況を作ってしまった。
二人は、子供たちのことは知らなかったが、神殿に来てからオリビアから聞かされた。オリビアも詳しいわけではないが、王国との国境近くの貴族たちが行ったクズのような所業は報告書を読んで知っていた。
オリビアが主導したわけではない。オリビアの兄たちが手柄欲しさに実行したのだ。
カイルの説明は、子供の発言をまとめた状況なので、時系列になっているわけではなかった。
それでも、メルリダとルカリダが、子供に対して真摯に向き合っているのが解る報告だ。
謝罪の言葉は、”自分たちでは軽くなってしまう”と前置きをしているが、謝罪をしている。子供の一人が、それでは納得ができないと言えば、”オリビアに話を通す”と答えている。後日、オリビアを含めた3人で謝罪を行っている。
3人とも謝って終わりだとは思っていない。
子供たちにしっかりと向き合っている。
「イチカ。何か、補足はあるか?」
アフネスの問いかけに、首を振ってから、しっかりとアフネスを見てから、”ない”と答える。
「わかった。アデレード。サンドラ。私は、オリビアの参加を認める」
アフネスの宣言から、アデレード。サンドラ。ドーリス。ラナ。他の参加している者も、オリビアの参加を”認める”と宣言する。
満場一致での参加が決定した。
「イチカ。オリビアを呼んできてくれるか?ドーリスは設定を頼む。メルリダとルカリダも一緒に来るのだろう?そういえば、サンドラ嬢。マリーカは?」
「呼んできましょうか?」
「頼めるか?メルリダとルカリダの二人にも教えておいた方がいいだろう?」
「わかりました」
指示は、アフネスが出しているが、この場の仕切りはリーゼが、行うのが本来の姿だ。
ただ、リーゼには仕切りができないために、アフネスが代わりにやっている。そして、何時しか、リーゼが参加しなくなった。リーゼが参加するのは、ヤスが参加する時だ。
イチカとサンドラが部屋から出ていくと、ラナが人数分の飲み物を新しくする為に、席を外す。
「ラナ!飲み物は必要ない。マリーカとメルリダとルカリダに任せよう」
「はい。解りました」
ラナは、ドアの近くまで来ていたが、アフネスの呼びかけで、席に戻る。
カイルは、緊張の糸が切れたのか、自分の椅子に戻って、浅く腰掛けて、力が抜けた状態になっている。
「カイル!」
「はい!」
カイルは、アフネスの呼びかけで、背筋を伸ばす。
「前に、イチカが言っていたことはいいのか?」
「・・・。あっ。大丈夫です。実際に、オリビア姉ちゃんやメルリダ姉ちゃんやルカリダ姉ちゃんを恨んでいる者は居ません。それに、俺たちは、ヤス兄ちゃんに・・・」
「それならいい」
「うん。帝国とか王国とか言われても、あまり解らない。謝ってくれる人たちは、いい人だって、リーゼ姉ちゃんが言っていた」
「ははは。リーゼも成長しているのだな」
最初に戻ってきたのは、サンドラだ。
マリーカは、部屋の外で待機して、メルリダとルカリダが来るのを待っていることになった。
部屋のアラームがなって、ドーリスが確認に出た。
「来たようだな」
アラームの内容が、3人の到着を告げている。
ギルドの奥にある部屋は、許可された者しか入場ができない。設定で、3人を追加する必要がある。
最初は、ゲスト登録だ。正式に、許可を持っている者と一緒でなければ、部屋に入れない。給湯室も使う事ができない。マリーカが待機している理由は、メルリダとリカルダに使い方を教える意味もあるが、マリーカが一緒で無ければ使えないからだ。
ドーリスを先頭にして、イチカとオリビアが部屋に入ってきた。座る場所は決まっていないが、サンドラの隣から、ずれて、オリビアを座らせた。
オリビアの正面はアフネスになるので、皆が座りたがらないから丁度いいのだろう。特に、ドーリスは、わざと席を開けたという疑惑さえある。
イチカは、アフネスの隣に座っているラナの隣に座る。カイルが、少しだけ嬉しそうにするが、イチカには意味は伝わっていない。
この席順も、今回の話し合いに合わせての席順だと、オリビアには説明が入る。
説明しているのは、ドーリスだ。議題で、メンバーが変わることや、席順も変わることが説明される。
「質問。よろしいでしょうか?」
「構わない。もう、オリビアも神殿の住民で、この会議に出る権利を得た」
「ありがとうございます。質問なのですが、アフネス様の左隣が空いているのは?あと、テーブルの端・・・。あの場所にある椅子は?」
オリビアが、少しだけ立派な席を見て質問をした。
「私の横で空いている席は、リーゼが座る席だ。リーゼは常に、同じ場所だ。そして、あの椅子はヤスが座る席だ」
オリビアは、何か納得した表情で頷いた。
丁度、マリーカに連れられて、メルリダとルカリダも部屋に入ってきた。人数分の飲み物と軽く摘まめる物を持ってきた。皆の前に、飲み物をセットした。全員が同じではない。マリーカが、二人に説明をしながら飲み物をおいていく.、注文がない時は、出すものが決まっている。
「オリビア。作戦は、動き出している。今は、国王と辺境伯の返事を待っている状況だ。この段階だが、最終確認をしたい。本当にいいのか?オリビアが今、降りると言っても、誰も咎めない」
「作戦の実行を指示します。許可が出なくても、作戦は実行するのですか?」
「ヤス。神殿の主次第だ」
「解りました。全てを、委ねます。しかし、ユーラットは?」
「大丈夫だ。危険は、解っている。それに、危険度で言えば、オリビアの方が上だぞ。最悪は・・・」
「覚悟はしています。しかし、そうならないように、動いてくださっているのが・・・。申し訳なく・・・」
「神殿のことだ。考えるのも、動くのも当然だ。私たちの危険も織り込み済みだ。ヤスからの指示だ。”神殿の仲間は守る”これが、絶対のルールだ」
アフネスの宣言に、皆が頷いている。