第七十七話
/*** カズト・ツクモ Side ***/
俺が、領主の館から帰って来て、すぐに執事が訪ねてきて、少し待って欲しいとだけ伝えられた。
執事にはメッセンジャーになってもらって悪かったのだが”俺には用事はない。明日には、
執事が帰ってすぐにヒュンメルが宿に訪ねてきた。
「ツクモ様。申し訳ありません」
「何を謝っているのですか?ヒュンメル殿に謝罪されるような事は無かったと思いますよ?」
「いや・・・私の後を継いだギルド長があの様な態度をとってしまった」
商隊や商人から突き上げを食らったのだろう。
それで、俺に謝れとか言われて余計にこじらせてしまったのだろうな
「それはおかしな話ですね。それならば、ヒュンメル殿は、彼・・・えぇーと、まぁいい・・彼を説得して連れてくるべきじゃないですか?」
「それはそうですが、プロイス・パウマンは自分は間違っていない言っていまして・・・」
正しいと思っている人間は、自分の置かれた状況を考えてからの判断ができなくなってしまう傾向がある。
「そうなのですね。それならばなおのこと、私も私が正しいと思われる行動を取るだけです」
「・・・な、何をすれば?」
何をすれば?
それこそ、俺が考える事ではない。
「え?必要ないですよ?だって、もうミュルダとは関係がなくなります。残念な事ですが、しょうがありませんよね?」
「・・・ミュルダのために・・・」
ミュルダのため?
そう思うのなら、彼を説得すればいい。”できる”のなら、俺と同じことをすればいい。お互い干渉しなければいいだけだ。
「はぁ・・・それこそ、私に何の関係があるのですか?私が我慢して付き合いたくもない人と付き合えと貴方は強要するのですか?」
「前領主は許されたのではないですか?」
意味がわからない。
ミュルダ老と今の話に何が関係するのか?
「え?それこそ、貴方や、先程の彼と何の関係がありますか?」
「いえ、あっそれではどうしたら・・・いいのですか?」
えぇ面倒な人だったの?
こんな事なら話を聞くとか考えなければよかった。
「どうしたらも何もないと思いますけど?貴方がやらなければならない事は、私の意見の変更を強要する事ですか?私から譲歩を引き出す事ですか?私に温情を求める事ですか?全部違いますよね?”ミュルダとしての方針”を決めて下さい」
ここまで言ってわからない人なら付き合う必要も無いだろう。
ショナル村の村長ミーハンのほうが話していて楽しい。目の前で、何やら言っている人物も、多分領主となる前なら組織人として人望も有ったのだろうし能力も申し分無かったのだろう。
高みに登った事で、知りたくもない事が露呈してしまったのだろう。領主ではなく、ギルド長としては優秀だったのだろうけど、領主としては平均以下の能力だったのかもしれない。
「ツクモ様。お考えは変わらないのですか?」
「あの・・・ですね。私の言った事わかりませんでしたか?私の意見云々ではないと言っているのです。もしかして、ヒュンメル殿は冒険者たちの言っている事が正しくて、私が間違っている。だから、間違っている私が意見を変えて、自分たちの意見に賛同すべきだ・・・とか、考えていますか?」
「いえ、そのような事は・・・」
「それでは、なぜ”私が考えを変える”必要があるのですか?まず、ミュルダとしての意見はどういった物なのでしょうか?私は、冒険者たちに課した出入り禁止を解除するつもりはありません」
ここで一息入れる。
ここまで言わないとダメなのだろうか?
ヒュンメル殿は、黙っている。
「はぁ・・・。ミュルダとして、一部の冒険者の出入り禁止が解かれないと、ペネム街に商隊を送る事ができないとおっしゃっていました。それならば送らなくて結構です。私たちの・・・ペネム街は自給自足ができます。商隊や街の人たちが、ペネム街に安心して来られるようにと思ってSA/PAを作りましたが、必要ないという事なので、撤退いたします。商売をしていた人たちには、私から”詫び”を入れますのでご安心下さい。コルッカ教も、ペネム街の近くに大きな教会を作っていただく事も考えなくてはならないでしょうが、それは私たちの問題なので、ミュルダには関係ないことです」
「そうそう、受け入れた移民を追い出すような事はしません。今後も移民は受け付けますのでご安心下さい。私も宿は3泊の予定でしたが、早急に対応したほうが良い案件ができましたので、明日の朝にはミュルダを出ようと思っています。それから、これは親切心からいう事ですが・・・外でこの宿を見張っている冒険者らしき連中にはお引取り願いたいですね。襲ってきても構わないのですが、その場合には私たちも自分たちにできる最低限の行動を取ります」
「最低限の行動?」
「えぇ自分たちの身を守るために、最大限の抵抗をいたします。カイとウミとライには全力を出させますし、エリンには不本意ながら竜形態になって抵抗したいと思います」
「ツクモ様は、私たちを脅すのですか?」
「脅す?脅しと取られるのですか?残念です。話しはそれだけですか?」
まだ帰る気配がない。
「カイ。ウミ。ライ。エリンを起こしてくれ、どうやら、ヒュンメル殿はこの宿がお気に入りのようだから、別の宿に移るか、街から出て野宿しよう」
やっと気がついたか?
「待って下さい」
「何を待つのですか?私も早く動かなければ、商売をしている人たちへの補填が膨らんでしまいます」
「え?あっ明日の夕方にお時間をいただけないでしょうか?」
「夕方?」
「あっいえ・・・昼に・・・それまでに・・・」
ダメかもしれないな。
「はぁ解りました、それなら、明日の昼前まではこの宿に居ます」
「ありがとうございます」
よろよろと立ち上がって部屋から出ていく。
『主様。よろしいのですか?』
『ん。いいよ。それに、ライの眷属が守っているだろう?』
『うん!ヌラの眷属が宿に潜んでいるし、ゼーロとヌルの眷属は街中に居るよ』
『了解。攻撃はしなくていい。俺たちが襲われたら一斉に攻撃するように伝えておいてくれ。あぁ関係ないものには危害を加えないようにな』
『わかった!』
「パパ?エリンは何時でも竜体になるよ?」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。今日は、一緒に寝ような!」
「うん!」
それほど広くないベッドだが、カイとウミとライとエリンと俺が寝るには十分な広さがある。
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翌朝、エリンに起こされた。
どうやら、朝から熱心な人たちが居るようだ。
「いいよ。エリン。気にしなくても・・・ライの眷属が見張っているよ」
「うん。でも、パパの悪口を言っている。エリンは許せない!」
「エリンが、俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、悪口くらいしか彼らは言えないのだから許してやろうな」
「??」
可愛く首をかしげられても困ってします。
「あぁーえぇーとな。俺の事は、エリンやカイらウミやライが守ってくれるよな?」
「うん!もちろん。パパの事を守るよ!」
「その悪口を言っている奴らなんて、エリンがでなくても、殺せちゃうだろう?」
「うん。簡単だよ。でも、パパがダメっていうからやってない」
「それが彼らにも解るのだろう。エリンには勝てないってね。だから、悪口をいうくらいは許してやろう。あまりにもひどければ、眷属が始末するだろうからね」
「・・・うん!わかった!」
エリンの頭をグリグリと撫で回す。
最近のエリンのお気に入りだ。
『主様。おはようございます。今日はどうされますか?』
「あぁカイ。おはよう。そうだな。新領主はどうでもいいけど、多分商人の代表と商隊の代表は、妥協点を見つけて訪ねてくると思うぞ?」
『そうなのですか?』
「そうだな。商売人としては、ミュルダ云々はさほどこだわらないだろうからな。その辺りが落とし所じゃないかな」
新領主は、枠組みにこだわりすぎている。冒険者ギルドを見捨てればよかったのだ。もっと正確に言えば、冒険者を見捨てればいい。見捨てられないのなら、なにか抜け道なり代替え案を提示すればよかったのだ。それができない時点で組織のトップとしては落第点だ。
「さて、そろそろ来る頃かな?」
待っている方がいいだろうな。
予想よりは遅かったが、ドアがノックされた。
「お客様。シュナイダー様がお話がしたいという事です」
「わかった」
シュナイダーか・・・たしか、商店を取りまとめている長老だったな。
大物のほうが来たという事か?商隊の長であるリヒャルトが来るのかと思っていた。
宿の店主自ら案内してくれるようだ。
1つ下の階の部屋に通された。
「シュナイダー様。お客様をお連れしました」
「入ってもらってくれ」
あぁリヒャルトも来ているのだろう。
気配からもうひとり居るようだが・・・?
部屋の中には、シュナイダーとリヒャルトとドワーフが座っていた。
/*** シュナイダー Side ***/
一晩中、新領主の話しにつきあわされた。
脅されただとかなんとか言っていたようだが、儂の見立てでは、ツクモ殿は無駄を嫌う様に見える。
「リヒャルト。それで、ツクモ殿の宿は解ったのか?」
「えぇ大丈夫です。新領主をつけさせて案内してもらいました」
「そうか、その宿は?」
「えぇ一部屋シュナイダー様の名前で昨晩から抑えてあります」
「そうか、ゲラルトはどうする?」
部屋の奥で腕組みをしていた男に声をかける
「儂か?もちろん、行くぞ?主らの話しとは別に、ツクモ殿にお聞きしたい事があるでな」
「わかった。さて、二人とも、儂らは今”竜の卵”をくだらない理由で取りこぼす事になりそうだ。この際、ミュルダはどうでもよくて、儂らが”竜の卵”を得られる方法を考える事にする。異論はないな?」
ミュルダの新領主はダメだ。
あれでは、冒険者優遇と言われてしまう。サラトガの様に、ダンジョンが有るのなら優遇措置をとってもいいだろう。そうではない。獣人族の街・・・ペネムの街と呼ぶことになったそうだが・・・ペネムの街は公式には、ダンジョンが有るとは認めていない。
公式に認めていない物は、”ない”として扱わなければならない。
たとえ、ダンジョン由来の物が大量に出回っていてもだ。冒険者はそれが解っていない。
儂らも勘違いしていたが、ペネムの街の代表がミュルダ前領主が努めているので、ミュルダとの関係は深い物だと思っていた、先程のやり取りの半分以上はツクモ殿の本心だろう。そう考えると、ペネムの街はミュルダがなくても困らないという事になる。
「リヒャルト。お主はどう見る?」
「ツクモ殿か?それとも・・・」
「両方だ」
儂は、昨晩の領主での食事会で、ツクモ殿が怖かった。でも、それ以上に連れていた、フォレストキャットが、妹だと言っていたがハーフの娘が、バッグの中に隠れていたがスライムが・・・恐ろしかった。前領主からの手紙で忠告されていたが、自分の目で見るまでこれほどの者だと考えなかった。
ツクモ殿が一言二言声をかけておとなしくしていた。
儂の鑑定では、隷属しているとなっているが、ミュルダ老の手紙には”眷属”と書かれている。ツクモ殿も、”眷属”と言っている。そうなると、レベル8偽装を”弱く見せる”ために使っている事になる。
商人の間では、”スライムを育てる”という言葉がある。
手間ひまかけて、下のものを育てると最初は苦労するけど苦労を越えた先のリターンが大きくなるという意味で使われる。そして、スライムはうまく育てないとすぐに殺されてしまう。しかし、スライムが育てば”収納”スキルを身につける事は商人の中では有名な話だ。そして、そのさきには”次元収納”スキルが有る。そこまでスライムを育てるのには、金と能力と愛情が必要なのだ。
ツクモ殿のスライムは”収納”スキルは持っているのだろう。
「ツクモ殿は敵に回してはダメだ。冒険者ギルドは切り捨てるべきでしょう」
「そうだな。儂らやお主らはいいが、冒険者の護衛が必要になる小規模の商隊は困らないか?」
儂が懸念しているのは、小規模の商隊の事だ。
「大丈夫だと思います。シュナイダー様も一度行ってみればおわかりになると思いますが、ツクモ殿は天才です!」
「お主がそこまで興奮するとは珍しい」
「えぇそうです。”えすえー”と”ぴーえー”と呼ばれている場所ですが、”あれ”はすごい」
「ほぉ・・・噂には聞いていたがそれほどなのか?」
「ミュルダから1番近いのが、馬車で2時間ほど行った場所にある、”えすえー”ですがペネム街から数えて7番目ですので、”えす7”と呼ばれている場所なのですがね・・・そこでさえ、かなり安く物が買えます。フォレストラビットの肉なんかがレベル3のカードが5枚程度で売っていますからね」
「なに?フォレストラビットの肉だと、ミュルダだとレベル4が1枚だぞ!!半額か?」
「えぇここから、さらに”えすえー”や”ぴーえー”をさかのぼっていけば安くなります。しかし、商隊間だけではなく、一般客との競争ですね」
「そうなるな。7番目と言っていたな。そうなると、ミュルダから等間隔に、その”えすえー”と”ぴーえー”が並んでいるのか?」
「そうです。それも、”えすえー”では宿泊施設があり、水が張られた”堀”と塀で覆われている街みたいになっています」
「そうか・・・”ぴーえー”もか?」
「えぇ”ぴーえー”は宿泊施設がなく、簡単に休める場所ですね。逗留するための敷地もありますから、安全に野宿ができます」
「そのような状況になっているのだな」
「あぁあと笑っちゃいましたが、水が”ただ”でした」
「は?ただ?水がか?」
「えぇ好きなだけ飲めますし、持っていけます」
「サイレントヒルで、水がただ?」
「そうですね。俺もびっくりしましたが、”ただ”だと言われましたよ。あと、ペネムの街の行政区に許可を貰えれば、”えすえー”や”ぴーえー”に店を持てます」
「ほぉ・・・出店するための条件は?」
「・・・・」
「なんだ聞かなかったのか?お主らしくもない」
「いえ、聞いたのですが、信じられなくてね」
「どういう事だ?」
「アトフィア教の信者じゃないこと、獣人族に偏見が無いこと、客によって値段を変えないこと」
「ほぉ・・・それは、ペネム関連の施設で商売をするのなら当然だな。出店料は?」
「ないです。それどころか、言えば建物もブルーフォレストの管理者であるエルダーエントの眷属が建ててくれます。店を辞める時には綺麗に掃除する事が条件に入っていましたが・・・それだけです」
「はぁ?エルダーエント?店を建ててくれる?」
「そう説明されました。俺が、商隊の長だと話したら、エルダーエントを紹介されましたよ。スーンという名前だという事です。ちなみに、ツクモ殿の事を、”大主様”と呼んでいましたよ」
ダメだ。
理解が追いつかない。ツクモ殿のメリットはどこにある。
水は、何かしらの方法が有るのだろう。ダンジョンに潜っているという情報もあるから、スキルが付いた道具を大量に得たのかもしれない。
建物だけではない。堀や塀を作るのにも大量のスキルカードが必要になる。リヒャルトの話しから、”えすえー”が七ヶ所で”ぴーえー”六ケ所有るのだとして、それらをつないだ”道”まで用意されていると聞いている。どれだけのスキルカードが必要になる?
考えただけでめまいがしてくる。それだけの事をしておきながら、簡単に撤退を決められる人物なのか?
「すみません。話しがそれてしまいましたね。小規模の商隊でも、休憩所が馬車で2時間程度、徒歩でも4時間くらい行けばあります。俺たちの商隊も、すでに3往復程度していますが、その間魔物に襲われた事はありません。こそ泥は居るようですが、誰かがなにかを盗まれたら、すぐに警備している者に申し出れば、どんな些細な物でも、出入り口を封鎖してチェックしていました。俺たちも何度か盗まれて警備に申し出たらすぐに対応してくれましたよ。”ぴーえー”や”えすえー”に入られればかなり安全ではありますね」
「街道に、野盗がいるのではないか?」
「それも大丈夫でしたよ。基本的に、夜は”ぴーえー”か”えすえー”で休めばいいのですし、昼間は警備隊が道を巡回していましたからね。それに、”ぴーえー”と”えすえー”には、ワイバーンが常時いますし、ペネムの街には竜族も待機していましたよ。紹介された時に、俺漏らすかと思いましたよ」
本音で話す必要がありそうだな。
ツクモ殿は、本気で、ミュルダと交易を考えてくれている。それを、数名の愚か者のせいでなくしてはならない。