第五十八話
/*** カズト・ツクモ Side ***/
あの騒動から、3週間。俺は、まだミュルダの街で過ごしている。
カイとウミは、街での生活が気に入っているが、オリヴィエとエリンは、窮屈に感じていたのか、2週間程度滞在して、ログハウスに戻りたいといい出したので、許可した。リーリアは、俺の身の回りの世話係として残っている。
今日の午後は、カイとウミを連れて、街中を散策する予定だったのだが・・・。
俺は今イサークから謝罪を受けている。
「ツクモ殿。申し訳ない。あんなに良くしてもらったのに、ナーシャが原因で迷惑をかけた」
「ん?あぁぁ!!いや、気にしていません。それよりも、ナーシャさんは襲われたりしなかったのですか?」
イサークが、なぜ謝罪に来たのかを改めて説明してくれた。
一連の騒動の発端を知らなかったイサークに、ナーシャが簡単に説明したらしいのだ。
その説明を聞いた、イサークが、俺に謝罪してきたという流れだ。
イサークとしては、ナーシャが、エンリコとつながっているメイドの前で何度もポーチから物を取り出す行為をしたのが、今回の騒動に繋がっていると考えたようだ。
たしかに一端はあるとは思うが、リーリアも使っていたから、ナーシャが使っていなくても、騒動には鳴っていただろうな。
俺としては、どうせ暴発するのなら、手駒が揃っている状態でしてくれて良かったと思っている。
「ナーシャなら大丈夫だったが・・・。ツクモ殿。本当に申し訳ない。リーリア殿が巻き込まれたようだったし、なんと言って詫びればいいのか・・・。」
「いえ、いえ、大丈夫です。それに、ミュルダの新領主ではいろいろと動いていただいたようで、こちらとしても申し訳ない思いですよ」
エンリコを俺が連れて行く事が決定してからの、領主の動きは早かった。
すぐに、街の有力者を集めて、エンリコのしでかした事の説明と謝罪を行った。俺からの情報や、独自に集めていた情報から、アンクラムの情報も合わせて提示された。有力者たちも、独自ルートで情報を仕入れていて、すり合わせが行われて、侵攻は”ほぼ”ないだろうという結論にはなったが、アトフィア教の異端認定は覆らない。
今、ミュルダで発生している問題は、3つに絞られる事になる。
1つは、アンクラムからの難民問題。これは、俺からの提案である。ビックスロープへの移住させる事で、問題は解決しそうだ。移動手段の確保や移動中の食料などの問題は残るが、ビックスロープ・・・実質的には、居住区から、送らせる事で対応できそうだ。
もう1つは、アトフィア教からの異端認定だが、これに関しては、議論してもしょうがないという結論に至った。
もう1つが、エンリコの事を理由に、領主を辞めることに鳴ったのだが、辞める事に関しての反対意見が少なかった。すんなりと辞任できる事になった。
アンクラムからの難民を、ビックスロープに送るのは、反発が少なく、承認されたのだが、獣人族の街との交易には反対意見が多かった。
まずは、新領主を選出してから、その新領主の命令で、獣人族の街へ交流隊を派遣する事が決まった。
新領主の選出も揉めることになったが、イサークたちが、現在の冒険者ギルドを仕切っている。シュイス・ヒュンメルを担ぎ出した。それに、街領隊も追随した。最終的には、商業を仕切っていた長老も味方する事になり、新領主が決定した。
俺は、イサークから頼まれた、ヌラの作った真っ白な布を3枚用意しただけだ。この布が何に使われたのかは聞いていない。今後も聞くつもりもない。
そして、新領主の命令で、獣人族の街へ交流隊の派遣された。
それが2週間前のことだ。
「それよりも、皆さんはこれからどうされるのですか?」
「俺たちは、領主様・・・前領主と一緒に、ビックスロープに移住する事にしましたよ」
「ビックスロープにですか?」
「交流隊がまだ帰ってきていませんが、帰ってきたら、交流・・・いや、商売が始まるでしょう。中心は、ミュルダだとは思いますが、ビックスロープのほうが、俺たちのような者には過ごしやすいですよ」
「そうですか、わかりました。イサークさん達が使った”あの場所”もだいぶ整備しましたので、いつでも来てくださいね」
「それは嬉しい。前領主に聞いたが、ビックスロープから居住区・・・そうだ!ツクモ殿。名称決めてくださいよ・・・」
「名称ですか?居住区でいいと思いますけどね。イサークさん達が使った場所は、宿とでもしておきますよ」
「ツクモ殿がいいのなら、いいのですが・・・誤解されますよ?」
「いいですよ。どうせ、公にするつもりはあまりないですからね。獣人族としても、ビックスロープが獣人族の街だと思われる方が都合がいいですからね」
「まぁたしかに・・・。そうだ!お聞きしたい事があったのですよ。居住区や宿への移動は、許可された者しかできないとお聞きしましたが本当ですか?」
正確には、許可された印を持っていないと、魔蟲たちに襲われてしまうのだ。
ブルーフォレスト内は、俺が許可していない者の移動を制限する。制限する事で、森のめぐみ。公表しないが、ダンジョンの恵みを、獣人族と俺で独占することになる。それを、ビックスロープで販売することにした。
宣言はしなくて大丈夫という事なのでしていないが、アンクラムやサラトガでも、ブルーフォレストの恩恵を受けている。それが、いきなり、魔蟲に襲われるようになるのだ。宣言はしなくて良いと言われたが、スーンに連絡して、両方の街の近くに、立て看板を立てるように指示を出しておいた。
「許可されていない者が、ブルーフォレストに入り込んで、森の恵みを得ようとしたら、魔蟲が襲いかかります」
「魔蟲?」
「そうですね。正式な種族名は忘れましたが、進化したビーナとアントとスパイダーです」
「・・・そうですか?もちろん、単体って事は無いですよね?」
「えぇそうですね。最低でも、1人に3体で当たるように指示していますよ?」
「それは・・・対処が無理だろう・・・」
「少ないですか?」
「いや、逆だ。あっ失礼。逆です。それでなくても、魔蟲の相手は難しいのに・・・数匹同時だと、ほぼ逃げるしか選択肢が無いからな」
「そうですか、それなら大丈夫でしょう。でも、本当にいいのでしょうか?サラトガのダンジョンまでも使えなくなりますよ?」
「俺としては、問題ないと思いますけどね。ビックスロープから魔物の素材や、魔核が流れ始めれば、自然とダンジョンの存在を疑われます。その時に、サラトガのダンジョンが魔蟲に占拠されたとなれば、ビックスロープの素材が、サラトガのダンジョンから出ていると考えるでしょう。そうなれば、居住区や宿がある程度隠せるでしょう」
実際そう考えるのかな?
サラトガのダンジョンと、居住区から行けるダンジョンでは、素材が違うという話だからな。
「そんな雑な考えでいいのですか?」
「うーん。大丈夫だと思いますよ」
うーん。
考えればいろいろ無駄な事や抜け道がありそうだけど、新領主からの条件を考えればしょうがないのだろうな。
「あっそれと、ツクモ殿。本当にいいのか?ビックスロープに、ミュルダの冒険者ギルドが出張所を作っても?」
「問題ないですよ。イサークさんが、ギルド長をするのなら、ビックスロープ独自でギルドを作りますが、そうじゃなければ興味ないですよ」
「それなんですけど・・・。なんで俺なのですか?」
「ナーシャさんを責任者に推すほど無謀じゃないですよ?それに、カスパル=アラリコ・ミュルダ・メーリヒ殿の推薦でもあるのですよ?」
「それは言われました。でも、俺はギルド長なんて柄じゃないですよ」
ビックスロープの1代目の領主というか、管理人に、前ミュルダ領主が務める事になる。
正式な発表の予定はないが、エンリコたちの行為は、新領主の正当性を持たせるために、公表する事になった。その上で、前領主は、ミュルダの領主を引退して、ビックスロープに移住する事を発表する。
前領主が、白狼族である事は有名なはなしなので、獣人族のまとめ役には丁度いいだろうという判断だ。その上、アンクラムの難民をひいてもらうので、新天地が、それほど悪い場所じゃないという事を宣伝する意味もある。
ここまでの状況を揃えたが、俺たちが今ミュルダに留まっているのは、交流隊が帰ってくるのを待っているからだ。
交流隊の報告を、新領主が聞いて、交流が開始される。最初の商隊に混じって帰るためだ。俺たちの存在は、できるだけ秘匿して欲しいというのも、新領主からの要望の範囲だ。ビックスロープの実質的なオーナーが俺である事は、イサークたちは別にして、知っているのは、新領主と、前領主と孫娘だけだ。長老衆には説明していない。
スーンが密かに計画していた、ビックスロープに、俺の像を飾ろうとしていたのは阻止した。阻止したのだが、像が作られていた事が、獣人族にバレて、居住区に飾る事になってしまった。表ではなく、ダンジョンの入り口部分に飾る事になったので許可を出した。
「それで、ツクモ殿、クリスの事はどうするのですか?」
「え?あっ連れていきますよ。前領主にもお願いされましたし、現領主にも人質としてお連れくださいと言われてしまいましたからね」
「そうなのですね」
「それに、クリスからも、”俺たちに着いていく”と言っていますからね」
クリスは、ひとまず預かる事になった。
リーリア達が言っている、”嫁”という事は、却下した。まずは、喘息を治す事に集中させる事になった。
レベル7回復を固定化してから、咳が出たり、体調不良になったりは無いので、うまく機能しているようだ。
実際の所、俺たちについてくると言っているが、ビックスロープで祖父であるメーリヒ殿の所で弟のアーモス殿と生活する事になりそうだ。ミュルダの街で雇っていた、メイドや執事もほぼそのままついていく事が決定している。
スーンからの報告でも、獣人族も協力的で、自分たちが採取したダンジョン産の素材を、ビックスロープに納入し始めている。
前領主も、街領隊と協力して、エンリコの協力者や支援者のあぶり出しを行っている。
3週間経過時点で、かなりの人間が捕縛されている。総て、アトフィア教の信者だ。
アトフィア教の信者全員がこの行為に加担していたわけでは無いし、信者全員が強行な手段に出る者ばかりでは無いのは解っている。わかっているが、アトフィア教を危険視してしまうのは避けられない。
/*** ??? Side ***/
そこは教会にある、枢機卿に与えられた部屋だ。
男性と女性が、薄汚れた法衣を身に着けた男の話を聞いていた。
「そちの言うことが正しければ、ミュルダとかいう街は、アトフィア教の教会だとわかった上で、アンクラムにある教会を襲ったのだな?」
女性が、跪いて報告をしている男に問いかけている。
「はい。間違いありません」
「おかしいではないか?なぜ他の街の連中が、別の街の教会を襲う?」
男性が疑問を投げかける。
「枢機卿、あの街は獣人族が領主をやっています」
枢機卿と呼ばれた二人は、獣人族という言葉を聞いて、眉を顰める。
「それでお主はどうやってここまで来た」
ボロボロの法衣を着た男は、教会を襲うような街を放置してよいのかという訴えをするために、街々の教会から援助を受けつつ、移動してきたを告白した。
「そうか、それはご苦労だった」
「いえ、それで枢機卿。ミュルダ街の救済と、アンクラム街への対応は?」
「確かに、教会との連絡は、1ヶ月前を最後に途絶えておる」
「ならばやはり!」
女性が口を開く
「まぁまて、今聖騎士たちを動かすわけには行かない。ミュルダとかいう獣人族の街は、救済しなければならないのは間違いないのじゃ」
「わかりました」
「お主も遠距離移動で、疲れただろう。湯浴みの準備をさせておる。ゆっくりと休んくれ」
「ありがたき幸せ」
ボロボロの法衣を着た男に、メイド風の女が近づいてきた。
湯浴みの相手をするのだろう。
部屋から男が出ていったのを確認した。二人は
「どう思う?」
「そうだな。嘘では無いだろうが、本当の事でも無いだろう」
「儂もそう思う。それでどうする?」
「どうするとは?」
「お主の聖騎士は動かせんのだろう?」
「あぁ動かん。街の1つの教会が潰れたくらいで動いていたら、それこそ、何人居ても足りない」
「そうだな。暗部だけで始末させるか?」
「その程度が良かろう。あの男は?」
「そうじゃな。たしか、現法皇に繋がる者じゃろ?」
「そうだな」
「病死辺りが良いじゃろうな」
「わかった、そう手配しよう。相手の女と一緒でいいだろう?」
「問題ない」
「わかった」
鈴を二回振った。音がしなかったが、これで全部が終わっている。