第四十二話 黒い獣
攻略組のベースキャンプは、61階層にも存在していた。
最前線は、一つ下の階層にキャンプを構築していた。階段付近は、キャンプに適していなかったようで、少しだけ離れた場所に構築を行っていた。
俺たちは、攻略組に気が付かれないように、迂回しながら下層に向かった。
63階層からは、索敵範囲を広げても、魔物以外はヒットしなくなった。
「アル。カルラ。エイダ。手加減は無用だ。最短で最下層を目指す」
64階層も同じ状況だ。
今までは、戦闘時に使うスキルを制限していた。
スキル発動時の音や魔物を撃退するときの波動で、同じ階層に居る者が、俺たちの行動に気が付く可能性が有ったからだ。
魔物の討伐にも時間は必要だが、これまでの階層では、人を避けていたために、時間が掛かってしまっていた。
しかし、65階層でも、誰も居ない事が判明したので、遠慮する必要がなくなった。
65階層には、階層主が居た為に、簡単に下層に向かう階段が発見できた。
階層主以外の魔物も、強くはなっているが、スキルを併用する戦い方に変更した事で、余裕ではないが、マージンを持った状態で下層に向かう事が出来ている。
66階層からも討伐の速度は落ちるが、問題なく突破ができる。
俺たちの短い快進撃は、66階層の階層主を倒して、下層に向かった所で途切れた。
「え?」
カルラの声だが、俺もアルバンも同じ思いだ。
草原エリアなのは、間違いはない。
だが、草原が”黒く”染まっている。
正確には、見渡す限り、”黒い獣”で埋め尽くされている。夏と冬のビックサイトのようだ。
今まで戦って討伐してきた”黒い獣”とは完全に違う。
動きを止めているが、種別が違う魔物が、整然と並んでいる。
数は、万は軽く越えている。
「兄ちゃん?」
アルバンが不安になるのも解る。
俺も、何が発生しているのか解らないが、このままにしておいていいとも思えない。
今までの”黒い獣”の特性を持っているのなら、階層を越える。
この種別を見ると、それほど強い魔物はいない。
今なら、俺たちなら倒せる。
見える範囲の魔物だけなら、何とかなる。
破滅思想があるわけではない。英雄でも、勇者でもない。俺は、復讐者だ。力を求めて、奴を殺す為に、力を求めてきた。
「カルラ!アル!力を貸してくれ」
「もちろん!」「御意」
「エイダ。俺を強化。そのあとは、アルをサポート!行くぞ!」
動かない木偶なら、簡単だ。動き始める前に、最大なスキルをぶつければいい。
各個撃破が無理なら、分断して、倒していけばいい。
簡単な事だ。
前に居る”黒い獣”を斬る。スキルをぶつける。簡単な作業だ。
『マスター!』
エイダの声が聞こえた。
何を焦っている。俺は大丈夫だ。まだ戦える。
『マスター!お休み下さい。既に、6時間。戦い続けています』
6時間?
まだ、戦い始めたばかりだ。
「エイダ!何を!」
『いえ、間違っていません。マスターは、6時間19分。戦っております』
エイダの冷静な声で、身体と頭の感覚が同期する。周りを見れば、夥しい魔物の死骸だけが残されている。
手や顔や身体は、”黒い獣”の体液で汚れている。
「エイダ!アルとカルラは!」
『ご無事です。2時間4分前に、アルバン様が、1時間47分前にカルラ様が倒れました』
「無事なのか?」
『はい。階段に退避しております。既に、意識を取り戻しておいでです。アルバン様が、マスターに駆け寄ろうとしましたが、カルラ様がお止めになりました』
そうか、俺は・・・。
「エイダ。”黒い獣”は?」
『不明です。マスターにご報告です。”黒い石”を発見し、解析を行いました』
「わかった」
6時間以上・・・。刃こぼれもなく、刀は鞘に納まる。
魔物たちの怨嗟は聞こえてこない。
”黒い獣”になってしまった時点で、自我が芽生える可能性はない。
エイダは、”黒い石”の解析と言ったか?
ワクチンは、既に開発済みだ。解析の必要はない?はずだ。
「エイダ。”黒い石”は何か違ったのか?」
『いえ、見た目は同じでした』
「それなら、なぜ解析を行った?」
『はい。カルラ様が、”何か違う”とおっしゃったので、解析を行いました』
「結果は?同じ物だったのか?」
『マスターが解析した結果とは異なっていました。ワクチンは作用しました』
ワクチンが作用したのなら根本は同じで、動作が違うのか?
「何が違っていた?」
『”黒い獣”への命令が、組み込まれていました』
「命令?」
『正確には、トリガーです。マスターの解析結果との違いを検証した結果、動き出すためのトリガーが仕掛けられていました』
それで単純な防御と攻撃しかしてこなかったのだな。
木偶にしては動きがないと思っていたのだが、理由が解ってすっきりとした。
「そうなると、トリガーが存在しているのだな?トリガーは判明したのか?」
『不明です』
「石は?」
『確保してあります』
無効になっているのなら、調べても何も解らない可能性がある。
しかし、”黒い石”の存在が明らかになった。それも、以前の物と比べると、機能が追加されている。
「エイダ。トリガーで、”動き出す”のだったな?」
『はい。制限が解除されます』
「万を数える魔物が暴走?”黒い獣”として?」
『マスターが倒さなければ、トリガーが発せられたら、現実になっていました』
誰かが狙っているにしても、トリガーを発する奴は知っているのか?
「エイダ。トリガーが解らないと言っていたな?」
『はい』
頭を下げて謝罪の意を伝えて来るが、俺が気になるのはトリガーではない。トリガーを発するときに、万を越える魔物たちにスキルを当てなければならないのか?現実敵ではない。
そうか、スキルが伝播するようにすればいいのか?
でも、俺が知っているスキルは、どんなに頑張っても、数キロ程度だ。念話なら距離は伸びるが、その時にはアクティブ状態にしておかなければならない。”黒い獣”を整然と並べるようにするのは、組み込めば可能だろう。
しかし、待機の状態で念話を受けるのは難しい。
それとも、ブロードキャストか?それなら、少ない情報なら・・・。
スキルを発生させる方法や、”黒い獣”に伝える方法は、解らない。
しかし、伝えた奴は、”黒い獣”に襲われないような仕組みがあるのか?それとも、何か組み込まれているのか?
エイダの話では、俺が作ったワクチンが効いたのなら、除外設定は”同族”に絞られるはずだ。”黒い獣”同士なら襲われない”可能性がある”だけだ。優先順位が低いだけで、絶対ではない。
周りが、”黒い獣”だけになっているのなら、”黒い獣”の同族で無ければ、”襲われない”ことを前提にするのは難しい。
「兄ちゃん!」「ツクモ様!」
アルバンとカルラが駆け寄ってきた。
無事な様だ。
木偶を倒すだけの単純な作業だと思っていたら、動かないだけで反撃はしっかりとしてくる。
”黒い獣”は、種別を問わない。66階層に居るとは思えない魔物まで含まれている。
「アル。カルラ。悪かったな」
「いえ、大丈夫です。ツクモ様は?」
カルラが俺の前まで来て跪いて謝意を示しながら、質問をしてきた。
報告をしなければならないのだ。状況はしっかりと把握したいのだろう。
「大丈夫だ。硬い魔物も居たが、動きが鈍い上に連携がないから、余裕ではないが、かすってもいない」
カルラが、濡れた布を取り出して、俺に渡してきた。
身体に着いた体液を拭けという事だろう。
アルバンを見ると、悔しそうにしている。
この階層は、エイダやカルラが感じた所では、”黒い獣”以外には魔物はいないようだ。”殲滅する”ことに決めた。
俺は1人で、カルラとアルは一緒に行動する。エイダは、下の階層に向かう場所を探している。
2時間後に、エイダから連絡が入った。
下層に繋がる場所を見つけたらしい。
そこには、階層主は居なかった。
下層に向かう階段だけが存在していた。