第十話 神殿では
リンとミトナルが、王都に到着しようとしている時、神殿では、マヤが頭を抱えていた。
「え?何?」
マヤは、リンが作成した地下通路の中央部に来ている。
中央部には広場が作成されているのだが、広場から離れて奥まった場所に、ロルフの反対を押し切って、森林を設置して、森林の先に一軒家を作った。森林の広さは、マヤたちが住んでいた村と同じくらいの広さがあり、一本の道が伸びている状態だ。
家には、一つの寝室とキッチンと風呂場とトイレとリビングがあるだけのシンプルな作りになっている。リンとマヤが元々住んでいた家から、両親の部屋と自分の部屋を取り除いて、風呂場を設置した形だ。
マヤは、ここにリンとミトナルの3人で住む予定にしている。
森林には、アウレイアとアイルの眷属が警戒するように住んでいる。
家の裏には、簡易的な畑を設置して、その先には湖まで設置した。
ロルフが反対したのは、この湖と森林部だ。神殿の他の部分を拡張するための魔力が足りなくなってしまう。
『マヤ様。猫人族が、向かっています』
ロルフが、ブロッホから聞いた話を、もう一度マヤに伝える。
「それは、聞いたからわかっている。それで、何をしたらいいの?」
マヤは、同じタイミングでブロッホからの報告を聞いているので、ロルフから聞いても、意味がないと考えている。
『それは・・・』
「ロルフ!?」
ロルフが、マヤに何かを言いかけるが、マヤはロルフから目線を外して、後ろから近づいてきた者に視線を向ける。
「マヤ様。ロルフ様」
ジャッロが、ロルフの助け船になる話をマヤにする。
「なに?」
「マヤ様。まずは、猫人族の住む場所を確保されるのはどうでしょうか?」
「住む場所?」
「はい。我らも、他の眷属も、住む場所を、リン様に用意していただきました。猫人族の住む場所は必要になりましょう」
マヤも、もちろん、眷属から自分とミトナルが寝ている最中に、リンが行った内容は聞いている。
「うーん?」
報告は受けていたが、猫人族の情報がないことや、実際に何ができるのか解らない状況では、住む場所の用意ができないと”言い訳”を考えていた。
「どうされましたか?」
「え?あっうん。ジャッロの言っていることはわかるけど、猫人族が好む住処がわからないから、聞いてからのほうがいいよね?」
実際には、猫人族が望む場所を作るには、神殿の魔力が足りなくなってしまう可能性があった。
自分たちの家を作って、魔力が足りなくなったとは、眷属には言えない。
ヒューマたちが神殿のダンジョン区分で、意識がない者たちを狩っているから、しばらくしたら魔力は溜まるとは思うが、今の段階で魔力の消費は維持に必要な最低量に割り込んでしまう可能性があった。
ロルフは、マヤの言葉が裏の事情を知らなければ、いろいろ考えた上での発言に聞こえるのに戦慄を覚えた。
言い訳としては完璧な理由付けで、反論が難しいからだ。実際には、ロルフには”魔力が足りない”ことは筒抜けだ。それを、マヤがわかった上で、ロルフ以外には解らないように、悟らせないような言い訳を考えた。そして大事な上位者としての威厳を保てている。
「・・・。そうですね。それなら、ブロッホ殿に確認をします。個体数も多いようなので、到着まで数日は必要でしょう」
「え?あっ。そうね。ロルフ。ブロッホに確認をしてもらえる?猫人族が、どんな場所がいいのか?」
ロルフは、どこか醒めた表情で頷いてから、ブロッホに連絡をする。
ブロッホは、すぐに猫人族から話を聞いて、ロルフに連絡を返してきた。
『マヤ様』
「ん?もう、話が終わったの?」
マヤとしては、数日後でもよかったのだが、ブロッホとしては、マヤからの問い合わせなので、すぐに猫人族に確認をした。猫人族も、これから世話になる人物を待たせてはダメだと考えて、即座に群れの意見を統一させて、ブロッホに伝えたのだ。
そのために、マヤが想定していたよりも、短い時間での返答になった。
『はい。マヤ様。猫人族は、全部で32体。サイズは、ビアンコたちと同程度です。リン様からのご命令で、猫人族の全員に、マヤ様から”名”を与えて欲しいそうです。住処は、ビアンコたちと同じで大丈夫そうです』
「名前?32人の?リン・・・。考えてないの?」
『はい。マヤ様が考えるようにと・・・』
「わかった。ロルフに」『私は、猫人族の住処を用意いたします』
「えっ。あっ。そうね。ビアンコたちとは違う場所に作ってあげて」
『わかりました』
ロルフが、マヤの前から制御室に向かって移動を開始した。
実際には、制御室に行く必要はない。マヤが、ビアンコたちの住処を真似た場所を作ったほうが早いのだ。
そして、リンとマヤの家にも制御室と同じ仕組みが導入されている。
マヤが、妖精の姿のまま、近くにある切り株に腰を降ろす。
ジャッロは、ロルフとマヤの話を聞いていて、この場所に留まるのは得策ではないと判断して、ロルフが制御室に行くのと同時に、マヤの前から立ち去った。見事な連係だ。
一人になったマヤは、ぶつぶつ言いながら、32名分の名前を考えた。
リンから”託された”。それに、リンからのお願いだ。多少、面倒だと思っても、なんとか実行しなければならないと考えた。
ブロッホからは、二日後に猫人族が到着すると連絡が入った。
今のところ、入口がマガラ渓谷を越えた先にしかないことから、ブロッホが猫人族をヒューマたちが治める森に輸送してから、祠を通って神殿に向かうことに決まった。
マヤが別の場所に神殿の入口を設置しようとしたが、ロルフとブロッホから反対された。ロルフは、魔力の観点から足りなくなってしまう可能性を考えた。ブロッホは、魔力の残量ではなくセキュリティの面を考えた。リンが王都で話を決めて来るのだから、それまでは、新しい入口は設置しないほうがよいと考えた。
新しい問題は、神殿の問題ではない。神殿に一番近い場所を所領としているアゾレムの領都で発生していた。
ブロッホが黒竜の姿になり、猫人族を運んでいる所を、アゾレムに向かっていた商人に見られてしまったのだ。
竜種が近くに降り立ったと大騒ぎになって、アゾレムは討伐隊を組織しようとした。
王都を中心としてアゾレムが王家に対して、不遜な態度を取っている。そんな噂話が流れてしまって、アゾレムは領内で討伐を行う部隊を組織することができなくなってしまった。アゾレムの派閥の長である宰相から、討伐といえども兵を集めるのを控えるように言われてしまった。
この竜種がいるかもしれない森やポルタ村の村長が、アゾレム領の領都で死んだことを含めて、アゾレム領内では不穏な空気が流れ始めている。
マガラ渓谷の町は、影響を受け始めてしまう。
王都に向かうには、マガラ渓谷を越えなければならないために、アゾレム領の収入として考えれば、影響は軽微な状態だ。元々、他国からの窓口になっているのがアゾレムであり、物資の集積場の役割も担っている。
情報も早く集まる。竜種の情報も、商人に寄って各地に伝達されてしまったが、その後、アゾレム領や近隣の国や領が襲われた情報が入ってこないことから、誤報の可能性が高いと思われ始めた。
竜種が降り立ったと言われる森も簡単な調査が行われて、魔物が少なく、竜種のような大型な魔物も確認されなかったことから、アゾレムは、安全宣言を発出した。安全だったという情報も、商人たちが各所に伝えることで、アゾレムは平穏を取り戻した。
神殿が足元で育ち始めているのを知らないアゾレムは、現状がこれからも続くものだと考えている。
マガラ渓谷がアゾレム領に利益を齎し続けると疑っていない。