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そんなっ! 明日は仕事なのに……。(男同士)


 宗像先生から逃げるため、俺たちはフードコートへ移動することにした。
 一ヶ月限定の特設会場。
 普段なら、色んな人々が行き交う広場なのだが。
 
 今は煌びやかクリスマスツリーが飾られており、その周りにステージまで設けられている。
 司会の女性がマイクを持って、アーティストの名前と曲名を紹介していた。
 どうやら、プロのバイオリニストとソプラノ歌手がコンビで、クリスマスソングを披露するらしい。

 俺は普段、こういうのを聞かないから、良く分からないが……。
 確かに、会場の雰囲気と合っている。
 クリスマスらしい。

 アンナがホットチョコレートをすすりながら、「そろそろお腹がすいたな☆」と言うので。
 フードコートにある他の屋台を色々と物色し、気になったものを注文。

 渦巻きに巻かれたぐるぐるソーセージ、パエリア、チキン。
 これで終わりかと思ったら大間違いで、アンナの腹は満たされない。
 大きなピザに、チーズボール。パスタにステーキ。グラタンまで……。

 フードコートにあるテーブルで、食事をとれるのだが。
 俺たちは2人だけなのに、購入したメニューが多すぎて。
 スタッフのお姉さんが、わざわざ6人がけのファミリータイプへ案内してくれた。

 そんな大きなテーブルでも、隅までギチギチ。
 ちょっと、皿を動かしたら今にも、地面に落ちそう。

「うわぁ~☆ クリスマスっぽい! おしゃれだし、みんな美味しそう☆」
「そ、そだね……」

 確かに全部、美味そうなんだけど、量が多すぎる。
 こんなに食えない。

 ~30分後~

「はぁ~☆ 美味しかったぁ☆」
「……」

 全部、残さず食いやがった……。
 俺はチキンだけで、お腹いっぱいになったのに。
 相変わらず、怖いな。アンナさんの胃袋。

「じゃあ、そろそろフードコートを出るか? 他にもお客さんが待っているみたいだし」
「うん☆ あ、でもその前にいいかな?」
「え?」
「デザートに、アップルパイを食べたいの☆」
「了解した……」

 スイーツは別腹ってか?
 この人の胃袋、どうなってんの。

  ※

 アンナは、クリスマスマーケットの屋台で販売している、食事やデザートは、ほぼ全て食い尽くした。
 満足した彼女は、「イルミネーションが見たい」と言うので、俺もついていく。

 ツリーから少し離れたところに、光りで包まれた公園があった。
 ハートの形のイルミネーションやかぼちゃの馬車。
 若いカップルでごった返しており、みんな撮影に拘っている。
 きっと、SNSに投稿することも意識しているのだろう。

「キレイだねぇ……」
 エメラルドグリーンの瞳を輝かせて、イルミネーションを眺めるアンナ。
 俺には、こんな人工的に作られたものより、こいつの瞳の方が何倍も、綺麗だと感じる。
 イルミネーションを楽しんでいることを良いことに、今も俺は彼女の横顔を、じっと見つめている。

「ねぇ、タッくん」
 急にこちらへ視線を向けられたので、ビクっとしてしまう。
「お、おお。なんだ?」
「ちょっと、そこのベンチに座らない?」
「ん? あそこか?」

 アンナが指差したのは、何の飾りつけもない古いベンチだ。
 多分、このクリスマスマーケットのために置かれたものじゃなくて、普段からあるものだ。
 そんな所だから、人気が少ない。

「構わんが」
「じゃあ、ちょっと二人で座ろうよ。人が多くて、二人きりの時間が少ないもん」
 と唇を尖がらせる。
「了解した」

 彼女に言われた通り、ベンチに腰を下ろして見せる。
 するとアンナは、満足そうに隣りへ座った。
 寒いからと俺の腕をぎゅっと掴んで、胸へと押しつける。

「お、おい……」
「いいじゃん。イブなんだから☆ タッくんとの初めてを、たくさん味わいたいの☆」
 そう言って、可愛く上目遣いをされると固まってしまう。
 今日のアンナは、本当に積極的だな。
 ひょっとして、マリアへの対抗心がそうさせるのか?


「ねぇ、タッくん☆」
「ん? なんだ?」
「あのね……」
 俺の耳もとに手を当てて、そっと囁く。
 思わず、ドキッとしてしまう。
 何を言い出すのか、彼女の言葉に緊張する。

「目をつぶってくれる?」
「なっ!?」

 ま、まさか……この前の続きを、したいってことか!?
 聖夜にこんな人がたくさんいる場所で、キッスだと。

「ごくり……」

 生唾を飲まずにはいられなかった。
 昨晩、ミハイルの時には出来なかったが、女装して積極的なアンナなら、唇を重ねられるということでは?

 マジか、俺。ついにイブで、ファーストキスを経験できるんだ。
 覚悟を決めて、瞼をぎゅっと閉じる。

「つ、つぶったぞ?」
「じゃあ、アンナが良いって言うまで、ずっとつぶったままでいてね☆」
「は、はい!」
 なぜか敬語になり、カチコチに固まってしまう。

 瞼を閉じているから、何が起きているが分からない。
 どうやら、アンナは両手を俺の首に回し、抱きしめているようだ。
 彼女の吐息が、俺の頬に伝わる。

 これはマジだ。
 心臓がバクバクして、爆発しそう。
 いつになったら、彼女の唇が俺の唇に……。


「ちゅっ」

 可愛らしい音だった。
 アンナの唇は、とても小さい。
 だから、食事をする際も、あまり大きく唇を開けることができない。
 それもまた彼女の愛らしいところでもあるのだが。

「ちゅっ……ちゅっ、ちゅっ!」

 激しいキッスだった。
 なんていうか、キツツキきたいな接吻。

「ちゅ~、ちゅっ! ちゅっ! あれ? なんでかな?」

 自分からやっておいて、時折疑問を抱いているようだ。
 それもそのはず、この激しいキッスは唇ではなく、頬にされているからだ。
 左側の。

 ゲームのコントローラーを連打する子供のように、激しくキッスを重ねるアンナ。

「なあ、アンナ? 一体なにをやっているんだ?」
 瞼は閉じたまま、質問してみる。
「あ、タッくん! 目はつぶってよね! 恥ずかしいから!」
「おお……閉じているよ。なんで、こんなに頬へ……その唇を当てているんだ?」
「だって、マリアちゃんがこの前学校で、頬にキスしたって、ミーシャちゃんが言うから……汚れを落とすの!」
「えぇ、それで……」
 なんだ、あのことをまだ根に持っていたのか。

「そうか……しかし、こんなに何回も、しなくていいんじゃないのか?」
「ダメ! キスマークをつくるの!」
 ファッ!?
 この人は一体何を言っているんだ。
 今やっている控えめなキスでは、マークをつけることは、無理だろうに。

「おかしいな。今読んでいるBLマンガでは、こうしたら、すぐについたんだけどなぁ」
 そりゃ、マンガだからだろ。
「アンナ。もう良くないか?」
「イヤっ! 絶対タッくんに“しるし”をつけるの! ちょっと黙ってて!」
 怒られちゃったよ……。
「はい……」


「ちゅ、ちゅ、ちゅっ! う~ん。息を吐きながら、チューすればいいのかな?」

 逆だ、逆!
 吸うんだよ!

「すぅ~ しゅば~!」

 うん、暖かいね。それだけだよ。
 結局このあと、アンナが満足するのに、1時間も付き合わされた。
 これが、恋人らしいクリスマス・イブなの?
 僕には分かりません……。

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