第2章37話 vs安倍晴明 最後の切り札
悠の攻撃を受けた安倍晴明は遂に膝をつき、なぜか立ち上がれなかった。
晴明:
「なぜだ?余に何をした?」
悠:
「意外と早かったな。それだけお前も疲労とダメージが蓄積していたってことか。」
晴明:
「なんだと?」
悠:
「まず、さっきお前を切った技『土蜘蛛』は切った対象に数種類の病原菌と数十種類の毒を体に打ち込む。そして、次に切った技『八岐大蛇』は8連撃に加えて大量のアルコールを体内に注入する。大体1回切ったらウォッカをショットで10杯飲んだのと同じくらいのアルコールだな。8回受けたお前は80杯飲んだのと同じくらいのアルコールが体内に一気に入ったことになる。つまり、今のお前は病気と毒で体を蝕まれながらも酒を浴びるほど飲んだのと同じってことだ。体が動かないのも納得できる。」
悠:
「それに、今はとても気温が高い状態だ。そんなときに大量のお酒を飲めば脱水症状にもなる。お前の体はとても危険な状態だ。」
晴明:
「それを見越して気温を高くしたのか。」
悠:
「あぁ。お前の体の構成が普通の人間と大差ないことは戦いの最中にわかったからな。」
晴明:
「成程。だがな、余も魔界を支える三王の一角、毒を盛られた程度で小僧にやられていたんじゃ示しがつかんのでな。」
安倍晴明の体から湯気のようなものが上がり、上がらなくなると何事もなかったかのように立ち上がった。
悠:
「それは乾の『耐性』か。」
晴明:
「左様。【四門】の能力は余の力の一部であるから、奴らがやられた今、余が【四門】の能力が使えるのだ。」
悠:
「成程な。でも、巽の『再生』ではなく乾の『耐性』にしたのはなにか理由があるのだろう。『再生』にすれば切られた傷も治って毒も解毒できる。なのにしなかったのは、何か条件があるのだろう。例えばお前自身の体力とか。」
悠の読みは正しかった。巽の『再生』は安倍晴明の体力を大量に消費する。さらに、今の安倍晴明の体力で『再生』を使うと傷が治っても動けるかどうか怪しかった。自身の予想外の体力減少に安倍晴明は『耐性』を選ばざる得なかった。
晴明:
「確かに余の体力が予想以上に削られて『再生』が使えなかったのは事実だ。だが、毒やアルコールが消えたのもまだ事実。まだ、余の有利に変わりない。」
悠:
「確かにそうだ。だったらやることは一つだよな。」
晴明:
「?」
悠:
「『耐性』すら使えないくらいに体力を削ればいい。」
晴明:
「上等。」
互いに気づいていた。この永遠とも呼べる刹那の時間で何度も交えた刃が先程まで交えていた刃より確実に強くなっていることに。より洗礼されていっていることに。どれだけ自身の限界を超えようとも相手がそれをすぐさま超えてくることに。誇り・責任・みんな想いこれらを乗せた刃が相手の命に届かなかった現在、相手の命に届かせるのに必要なのは自身の意地を貫き通すことに。
だが、終わりの時は突然やってくる。切りあいの最中、悠は急に力が抜けたかのように倒れかけた。安倍晴明はこの機会を逃すまいとすぐさま止めを刺そうと刀を振り下ろした。
悠:
「ありがとう。乗ってくれて。」
悠は小声で呟いた。
悠:
『百鬼夜行 妖の舞 空亡(からなき)』
悠は倒れる直前に右足を踏み込みスタートダッシュのように前方に移動しながら安倍晴明の右脇腹から左鎖骨に向かって切り上げた。首に着けていた数珠はちぎれてバラバラになり、大量の血しぶきをあげながら安倍晴明は倒れていった。
晴明:
「まさか一人の人間にやられるとはな。最後の技余を誘ったな?」
悠:
「あぁ、『空亡』は戦闘の最後、そして相手が強者であればあるほど力を発揮する技だ。お前のような強者であれば俺が倒れようとも必ず止めを刺しに来る。だが、必ず決めるという意思が強いから攻撃は大降りになり、そこが大きな隙になる。戦闘終盤において最大のチャンスは最大の隙になる。そこを『空亡』の力を使ってつく技だ。まぁ言ってしまえば火事場のバカ力だよ。」
晴明:
「成程、余はその誘いにまんまと乗ったわけだ。その年でそこまで先のことを見立てているとは恐ろしい子だ。」
晴明:
「だがな、先程の言ったが余も三王の一角。ただでやられるわけにはいかんのでな。これは余からの土産だ。遊んでやってくれ。この『最恐の式神』とな。」
安倍晴明は不敵な笑みを浮かべた。
悠:
「何?」
晴明:
「こいつは召喚するときに余の体力と力をすべて持っていくのでな今までの式神たちとは比にならん凶暴なんだ。」
安倍晴明は1枚のお札を空に向かって投げ、
晴明:
「【四神】束し最恐の式神よ我の命を持って今ここに現れよ!『勾陳(こうちん)救急如律令』。」
安倍晴明が灰のようになり空へと消えていくと、先程まで雲一つなかった夜空に暗雲がたち混み、そこから体長数十mはあろう巨大な金色の龍が現れた。