恋人たちの交差点
突然、俺の前に現れた少女……いや巨人。
一年前に天神で、募金活動をしていた女子中学生だった。
確か去年が中学2年生だったから、今は3年生か?
いきなり声を掛けられたから、動揺してしまい、アンナを無視して、話を続ける。
「君があの時の……この、キーホルダーをくれた子なのか?」
信じられんが、確かに顔はすごく幼い。
垢抜けない童顔。しかし、身体が俺よりも成熟している。
ムキッムキじゃん。
「はい! ドスケベ先生、お久しぶりです」
礼儀良く、頭を深々と下げる。
「おお……久しぶりだな」
俺たちが2人で勝手に話をしていたら、アンナが頬を膨らませて、間に入る。
「ねぇ、タッくん? 写真はどうするの? それにこの子、誰?」
めっちゃ低い声で喋るじゃん。
怖いよ……。
ここは早めに誤解を解いておかないとな。
咳払いして、名も知らない少女を紹介する。
「うほぉん! この子は一年前、俺が募金したら、手作りキーホルダーをくれた中学生だ」
「え、募金?」
「ああ、天神を歩いていたら、たまたまな」
「ふぅん……でも、手作りなんだ。それって」
そう言って、俺のリュックサックを指差す。
だが彼女の瞳は、輝きを失っている。
こ、この反応は!?
しまった。手作りってところが嫌だったのか。
墓穴を掘ってしまったな。
もう一度、起動修正を計ろう。
「アンナ。これはお守りとしての機能があるんだ!」
「え、お守りなの?」
「ああ、この子が願いを込めて、一生懸命作ってくれた……サンタさんキーホルダーなんだ!」
「お願い? どんな?」
あの時、確か彼女はこう言った。
『うまく言えないんですけど……きっと、あなたにもいつか……クリスマスを一緒に過ごせるひとが現れると思います』
これをそのまま引用させてもらおう。
「うむ。このサンタさんキーホルダーは、当時ぼっちだった俺が、『素敵なクリスマスを一緒に過ごせる人が来てくれますように……』という彼女の願いが込められている」
「えぇ!? そうなの?」
よし、食いついた。
「そうだ。おかげで俺は今年、アンナという素敵な女の子とイブを過ごせるようになったんだ! キーホルダーをを作ってくれたこの子は言わば、恋のキューピッド的な存在だ!」
「すご~い! アンナとタッくんをくっつけてくれた良い子さんなんだ☆」
まあ、偶然なんだけど。
間違ってはいないかもな……。
※
ムキムキJCの紹介も終わり、彼女に撮影を頼むことにした。
ツリーの前で、ツーショット写真を撮ってもらうように。
「はーい、じゃあ私が『メリー?』と言ったら、お二人は『クリスマス』と笑ってくださいねぇ」
身長が190センチ近くあるから、人ごみとか全然関係なく、上から俺たちを余裕で撮影できる。
「了解した」
「はーい☆」
スマホのカメラを向けられたと同時に、アンナが俺の腕を掴み、自身の胸に寄せる。
「お、おい……」
「いいじゃん☆ イブだし、恋人気分を味わって☆ 小説に書くんだし」
「まあ、アンナがそう言うなら」
と言いかけたところで、ボソボソと何かを呟くアンナ。
(まだマリアの汚い染みとか臭いが、とれてないかもだし……)
根に持ってるよ。
ムキムキちゃんは、相変わらず、優しくていい子だった。
色んな角度から写真を撮りまくって、スマホ画面を確認させてくれる神対応。
記念だからと、動画まで録画してくれた。
撮り終わってから、俺はリュックサックにつけていたキーホルダーを外す。
そして、ムキムキちゃんに差し出した。
「あのさ……君がくれたから、俺は今この隣りにいるアンナと出会えた……いや、仲良くなれたと思うんだ。だからこれは君に返そうと思って」
しかし、彼女は首を横に振る。
「それはドスケベ先生に差し上げたものです。受け取れません。第一、アンナさんと出会えるきっかけになったのなら、ずっと持っていて欲しいです。お二人は最高に、お似合いのカップルですから♪」
と、微笑むムキムキちゃん。
性格も良いし、顔も可愛いのに、身体がデカすぎるのが難か。
「そうだ! 今年もキーホルダーを作ってまして……えっとここに」
何かを思い出したようで、ショルダーバッグの中に手を入れて、ゴソゴソと探し始める。
「あ、ありました! 今年のはサンタさんじゃなくて、トナカイさんなんです。これ、良かったらアンナさんに♪」
そう言って、小さなフェルト生地のキーホルダーをアンナに差し出す。
「え? いいの?」
「はい♪ サンタさんにトナカイさんは、必要じゃないですか? ペアルックみたいな感じでつけてもらえたら、嬉しいです」
「あ、ありがとう……」
この神対応には、年上のアンナの方が、押され気味で。
顔を赤くして、キーホルダーを受け取る。
本当に良い子だな。
だが、1つ。不思議に思うことがある。
それは現在も、彼女が募金活動をしているということだ。
俺はその疑問を、彼女にぶつけてみた。
「なあ、君はなんで今年も募金活動をしているんだ? 受験生だろ。それに場所は天神じゃないのか?」
俺の問いに、彼女はニコッと笑う。
「場所はただ単に、人が多いから博多に変えただけですよ。あと、私だけじゃなく、去年の同級生も募金活動をしています!」
「そうなのか? でも受験勉強は?」
「やってますよ。去年、ドスケベ先生に『3年生になったらどうする? 当然、高校受験があるだろ。来年もやらないなら、立派な偽善行為だろが! つまりお前らが来年の今頃は、暖かい自宅で受験勉強に勤しむわけだ……』って言われたので、逆にやる気が出ました!」
「えぇ……」
ひょっとして、俺のせい?
「あれ以来、ずっとみんなで寒さに耐えるため、筋トレしまくって、勉強する時間も5倍に。募金活動の回数も増やしました!」
オーバーワークだよ!
「そこまでしなくても……」
「いいえ! 自分たちがしたくてしているんです! もう、先生もいないので」
「へ?」
彼女の話では、昨年の募金活動を引率していた女教師は、現在結婚して、育休中らしく。
赤ちゃんの夜泣きが激しく、慣れない育児疲れから、もう学校に戻ってくることは、難しいようだ。
ていうか、時期的にあのイブに出来たんだろう……聖夜のデキ婚か。
しんどっ!
「なるほど。苦労するな、君たちも」
「いえ、後輩にも色々と教えたいので。私は今からまた合流して、募金活動をしたいと思います!」
先生が抜けてもやるとか……泣ける。
「おーい! |育子《いくこ》! どこだぁ~!?」
どこからか、野太い男の叫び声が聞こえて来た。
そして、のしのしと音を立てて、近づいてくる。
「あ、|筋男《すじお》くんだ!」
目の前に巨人が、もう1人立ちふさがる。
デカッ! 2メートルはあるだろう、こいつ。
首が太ももより分厚い。
「探したぞ、育子。また迷子なんて、おっちょこちょいだな~」
「ごめん、筋男くん。でも、ドスケベ先生に会えたんだ! こんなに可愛い彼女さんが出来たんだって」
「ああ! ホントだ! ドスケベ先生だっ! お久しぶりです!」
「うん……久しぶりだね……」
これまた律儀に、頭を深く下げる筋男くん。
最近の子って、マジで発育良すぎだね……。
なんか俺の方が、敬語使わないと辛くなってきた。