タクワンに託す思い
ピカソ・もるもっとは気づくと旅芸人の一座に所属していた。役回りは勇者だ。
「おーい。ピカソ・もるもっと!しっかりしろ。出番だぞ。お客さんが待っているぞ!」
道化が呼びに来た、
「ああ、もうそんな時間か。わかった、わかったよ。今行くよ」
ピカソ・もるもっとはメイクアップを済ませると鎧を整えた。
バスタードソードを重そうに抱えてステージに出る。
「おっとっと」
危なっかしい仕草は失笑を誘った。
「そこはかとなく受けてるぜ」
こっそり道化が耳打ちした。
「そうか。ならば苦悩を大袈裟に演じてみよう」
ピカソ・もるもっとは悲劇のヒロインめいた抑揚で嘆いた。
わたしは一体何者なのか?
自分が何者なのか、私自身がいちばんよく知っているはずだ。なのに、どうしても答えが出せない。
「わーっはっは! よくわからないが面白いぞ!」
どっと客席が沸いた。
スタンディングオベーションが起きた。
「いーひっひ。思い出しただけで窒息する」
「腹がいてぇ」
幕が降りても客は笑い転げていた。
そして女戦士が楽屋に苦情を言いに来た。
「バスタードソードを見ただけで笑けてしまうわ。どうしてくれるの。アハハ!」
ピカソ・もるもっとはとっさのギャグで切り返した。「俺はどうすればいい?!」
真顔で凄むと女戦士は捧腹絶倒した。そのまま小屋の外へ担ぎ出された、
「よくやった。お前は一座のヒーローだ」
座長が大入り袋を持ってきたが心は晴れない。
私が何者なのか、
私自身が誰よりも知っているはずなのに、どうしても答えが出せないので、楽屋に置いてあったタクワンをやけ食いした。
冷静な人間ならここで気づくはずだ。どうして異世界に漬物があるのか。そういう世界線も中にはあるだろうが中世ヨーロッパに準拠した食文化にタクワンは含まれない。
しかしながらタクワンを認識できたのはピカソ・もるもっとに日本の記憶が残っているからだ。
楽屋に霧が立ち込めた。その狭間から「先生、先生」と呼びかける人々がいる。
「何だこれは。悪魔の仕業か」
ピカソ・もるもっとはバスタードソードを構えた。
その時、彼の分身がいった。「おい、大丈夫か?」
彼は答えた。「大丈夫だよ」と。
彼は続けた。「ところで、きみは誰だね?」
ピカソ・もるもっとは訊いた。「俺は俺だ」と彼は答えた。
「そうか」とピカソ・もるもっとは納得し、彼とうなずき合った。
その後、しばらく黙って歩いていたが、気がつくと彼はいない。
「あれっ?あいつ、どこいった?」
ピカソ・もるもっとは叫んだ。
すると彼の声だけが聞こえた。「俺はここだよ」。
「先生、しっかりしてください。先生」
ベッドサイドに見知った顔があった。
担当編集者の石崎だ。
「わ、私はいったいどうなってしまったのだ」
ピカソ・もるもっとは無数の管につながれていた。
「タクワン本舗の倉庫で倒れていたんです。言ってくれればストックしておいたのに」
担当は自分を責めた。タクワンが先生の燃料だとどうして早く気付かなかったのか、と。
発見された時、彼はタクワン倉庫脇のフェンスにしがみつくように気絶していた。
「誰がタクワン好きだよ。俺はそれよりタワマンが好きなんだ。いつか印税で買うんだ」
ピカソ・もるもっとは憮然とした。
すると再び視界が歪んだ。
「お前はタクワンになるのだ」
まのびした声が彼を呼び戻した。
気づくとピカソ・もるもっとは楽屋に一人で座っていた。
姿見の前にタクワンを積み重ねて作った人形が飾ってあった。
ぴかそという名札をぶら下げている。
「お前は私なのか?」
問いかけた途端に視界が暗転した。
私は一体何者なのか?なぜ私という存在はタクワンでできているのか、タワーマンションのタクワン置き場で考えたが、答えは出なかった。
高層階のバルコニー。遠くにスカイツリーが見えている。
「それはそうと、きみは何物だね?」と道化が言った。
「さあ、何だろうねえ。私も知らないんだよ」とぴかそは答えた。
「そうだろうとも」と道化は言った。
「そうなんだよ」と私は言った。
道化は黙って皿を置いた。山盛りのタクワンが載っている。わらわらギャラリーが集まってきた。
「でも、まあ、そのうちわかるさ」と私たちはタクワン大食い勝負を始めた。