うちの母ですか? 75↑(腐)ですよ……。
俺は事前に、今日のデートプランを考えていた。
クリスマス会での事件。彼女……いやミハイルは深く傷ついている。
だから、少しでも忘れて欲しくて。
インターネットを使い、色んなデートスポットを検索。
そりゃ、欲を言えば、夜景の見えるレストランで、ワイン片手に乾杯。
盛り上がったところで、予約していたホテルへと連れて行き……。
なんて、テンプレみたいなデートも考えてみたが。
俺たちはまだ未成年だ。
酒も飲めないし、お泊りっていう行為も許されないだろう。
あくまでも、健全な10代のデートで、一番最高な場所。
童貞の俺が考えに考え抜いた上で、たどり着いた目的地は……。
「きゃあああ! 寒いぃぃぃ!」
予想以上にクッソ寒い場所だった。
「ま、マジで寒すぎるな……」
以前、ゴールデンウィークの時に取材として、来たことがあるところだ。
博多駅からバスに乗って、数十分。
博多ドームの最寄りにある海水浴場。
|百道《ももち》浜だ。
普段なら、観光客がたくさんいるのだが、12月も終わりを迎えようとしているこの時期、誰もいない。
極寒だし風も強いので、正直吹き飛ばされそう。
「いやぁ! スカートがめくれちゃいそう」
「え?」
砂浜で一生懸命、スカートの裾を抑えているアンナをじっと眺める。
パンツが見えるなら、ここに連れてきて正解だったかも?
「タッくん。ここ、寒すぎるよぉ! どこにあるの? 景色がいい所って」
「すまん……海も見たいかなって思ってな。連れて来たが……この天気じゃな」
今度、強風の時。また、百道浜に連れてこよっと。
カメラを持って!
※
あまりの寒さと強風に、歩くことも難しかったため、俺たちはすぐに海水浴場を退散する。
そしてすぐ裏にある巨大な建物へと向かう。
近くにある博多ドームが横に広いとするならば、このタワーは縦に長い。
アンナの誕生日を祝うデートスポットとして、俺が選んだのは……。
「ここなの? タッくん☆」
「ああ。そうだ……」
2人で目の前にそびえ立つガラス張りの建物を眺める。
ただし、海からの潮風をバシバシと直撃している状態で。
アンナなんか、長く美しい金色の髪が乱れまくりだ。
顔が見えないほど、暴れまくっている。
メデューサみたい……。
「と、とりあえず、中に入ろう」
「うん☆ 寒いもんね……」
誕生日だってのに、なんだか可哀想だ。
※
入口の自動ドアが開く。
タワー内部は、暖房が効いていて、とても暖かく、また静かでもあった。
建物の作りとしては、至ってシンプル。
逆三角形の形をしている。
入って左側が入場券売り場。
右側がお土産などを販売しているアンテナショップ。
久しぶりに来たこともあってか、記憶が曖昧だ。
建物の中はこんなのだったか……?
もうかれこれ、10年以上来たことがない。
まだ幼かった俺は、母さんに手を引っ張られて、2人でタワーへと昇った。
別に母さんは博多タワーから観られる景色を、俺に見せたかったわけじゃない。
あくまでも、コミケの帰り。付近にある博多ドームのついで。
『さあ、タクくん。福岡で一番高い絶景の場所。博多タワーで今日狩った同人本を研究しますよぉ♪』
そう言って、福岡のてっぺんで薄い本をビニールシートの上に、広げていたっけ。
もちろん、他のご家族からは、汚物を見るかのような目つきで睨まれたが……。
まだ善悪の区別ができなかった俺は、母さんのいいなりだった。
『お母たん。こ、これ……“兜”て読むんでしょ?』
『そうよぉ、よく読めたわねぇ。タクくん、まだ3歳なのにねぇ。将来、有望なBL作家になれるわよぉ~』
優しく頭を撫でられて、俺は喜び……。
『か、兜は……合わせるんだよね?』
『天才よ、タクくん!』
今思えば、ただの虐待だった。
急に悪寒が走る。
いかんいかん……今日は、アンナの誕生日。
酷いフラッシュバックで台無しにするところだった。
頭を強く左右に振る。嫌な思い出を忘れるために。
異常に気がついたアンナが、俺の袖をくいっと引っ張る。
「タッくん? どうしたの? 風邪でも引いた」
「いや……つまらん過去だ。忘れていたと思ったのに、な」
「え? まさか、他の女の子とタワーに来たことがあるの?」
不安気に自身の唇を、白い手で抑える。
「正確には、女の子ではない。母さんという化け物だ……」
その答えを聞いたアンナの口元が緩む。
「なんだぁ~ タッくんのお母さんなら、悪い事なんてないじゃん☆」
いいえ。幼少期のトラウマなんですけど。
コミケの度、人様に迷惑をかけまくって、とても辛かったです……。
昔話はさておき、とりあえず、目的地であるタワー上部は、遥か彼方だ。
そして、有料だ。
俺はアンナにエレベーターの前で、待つように頼む。
今日は誕生日だから全部、俺が奢りたい。
彼女に黙って、入場券を2枚購入し、あたかも無料でもらったかのような振る舞いを見せる。
そうでもしないと、アンナは誕生日でもお金を気にするから……。
「待たせたな。実は新聞配達の店長から、2人分の無料チケットをもらっていてな」
しれっと嘘をつく。
大人で上司の店長なら、アンナも逆らえまい。
「そうなの? じゃあ、お返しにお土産を買っていかないとね☆」
「うぅ……」
どうあっても、格好つけさせてくれないのか?
仕方なく、彼女の言う通りにお土産を買って帰ることにした。
無関係の店長じゃなく、母さんと妹のかなでにだが……。