65 それぞれの道
王都に戻った私たちは、まず王城に向かいました。
ドイル伯爵家の皆さんとは王城で会うことになっています。
私たちの到着より三日も早く到着していたカーティス皇太子が、走ってきてエヴァンの手を握りました。
「苦労を掛けた」
「ホントだよ」
「まあそう言うな。終わり良ければ全て良しだ。近々に仕事復帰してくれるのだろう?」
「う~ん。愛しい妻がなんと言うかなぁ」
「妻?いつの間に結婚したんだ」
「結婚式はまだだけどこれは決定事項だから良いんだよ」
「婚約しなおすのが先だろう?」
「いや、婚約は白紙に戻る可能性があるからね。婚約無しの即入籍だ。結婚休暇はくれるんだろう?できれば一か月は欲しいなぁ。それと…」
「まだあるのか?まあ何でも言ってくれ。復帰すると約束するなら善処するから」
二人は本当に楽しそうに笑っています。
ドイル伯爵夫妻も涙を流して無事を喜んで下さいました。
ララも婚約者と一緒に来てくれましたし、ジョアンはエスメラルダと手を繋いでいます。
船の中でエヴァンが言った構想も、いよいよ現実味を帯びて来たようです。
それから半年後、私たちは結婚式を挙げました。
入籍は帰った翌日に済ませていたのですが、リリアナお義母様がどうしても私にウェディングドレスを着せたいと言って式を挙げることにしたのです。
半年の間にエヴァンはリハビリを頑張って、走ることはできませんがゆっくりなら杖なしでも歩けるほどに回復していました。
バージンロードでエスコートしてくださったのはハイド伯爵です。
これは私がお願いしました。
純白の長い長いドレーンを引いて歩く私の横で、ハイド伯爵がしゃくりあげて泣いていました。
一度は返した指輪が、私の薬指に光っています。
エヴァンは縁起が悪いからといって新しく誂えようとしましたが、私はこれがいいと言いました。
この指輪を見るたびに、この先何があってもあれより辛いことは無いと思える気がするのです。
アランとマリアは、まだハイド伯爵籍への復帰は許されておらず、平民という身分のために、式場への入場は遠慮しましたが、挙式を終えた私たちに一番最初にライスシャワーを浴びせてくれました。
それからすぐに、ノース国は各国への賠償や災害復旧など、膨大な借金を抱えて国として倒産しました。
国民の生活を脅かすほどに疲弊したノース国を救うためという建前で、イーリス国とワイドル国が政治に介入することになり、王制度は廃止されて元首国家となりました。
決定直前までジョン殿下は孤軍奮闘したようですが、あまりにも性急で強引なやり方に、民心が離れたことや、イーリス国とワイドル国が支援を拒否したのですからどうしようも無かったのでしょう。
イーリス国とワイドル国はノース国民が飢えないように物資は送りましたが、支援ではなく立て替えという形をとりました。
国民は大きな借財を抱えることになりますが、そのために税率を上げることは許さないよいう条件を聞いて、感謝こそすれ恨むことは無かったそうです。
何度もジョン殿下から国王陛下経由で私との婚約を打診してこられたそうですが、私の耳に届くこともなく握りつぶされていたようです。
国王陛下は、その返事の代わりにエヴァンへの仕打ちや、私に対する前皇太子の所業を理由にかなりの慰謝料を請求書を送ったと聞いています。
その話をしてくれたエヴァンが私に言いました。
「私の件は有利な材料として使わせてもらうけど、ローゼリアに対する鬼畜の所業は絶対に許さない。サミュエル殿下には死ぬまで仕事をさせろって言ってあるんだ。いっそ過労死狙ってくれってね」
初代元首は予定通りサミュエル殿下となり、ジョン殿下は元首補佐として仕えるという形に落ち着きました。
すべての出来事を把握しているサミュエル殿下は、情容赦なくこき使ってやると張り切っておられますし、ジョン殿下の所業を知らない国民にとって、彼のネームバリューは利用価値があると判断した結果だそうです。
最後に大活躍してくださったテレサ前王妃殿下は、サミュエル元首と交代するように、温泉のある街に隠居なさいました。
サリバン博士のお母様が同行されたそうですので、退屈されることは無いでしょう。
何度かジョン殿下から謝罪に行きたいと打診がありましたが、エヴァンが断固拒否の市井を崩しませんでした。
もちろん私も断固拒否です。
「もう一度でもそんなふざけた事を言って来たら国を潰すって返事したよ。まあ私より国王陛下や皇太子殿下がめちゃくちゃ怒っているからね。入国さえもできないだろう。まあ私の可愛いローゼリアに一目ぼれした気持ちはわからなくも無いが、許せることではないさ」
にこにこ笑いながらそう言うエヴァンはきっと本気です。
それを聞いた皇太子殿下が笑いながら言いました。
「エヴァンの脚って凄いよな。お前の骨折の慰謝料があの軍艦だぜ?しかも最新型だ。まさに鋼鉄の脚だな。いや、黄金の脚か?それにノースが予定より早く属国になったのは、奴がローゼリアに惚れて、無茶な作戦変更したのが原因だろ?最強だな、君たち夫婦は」
それを聞いたみんなで笑いましたが、エヴァンも私も生きているから言える冗談です。
あの時は本当に怖かったのです。
そんな事もあったねなんて言える日が来るのでしょうか…。
「どうしたの?ローゼリア」
「ううん。何でもないわ」
年明けには国王陛下が退位され、皇太子殿下が即位されます。
その後すぐにワンド伯爵家とドイル伯爵家の領地交換が実施される予定です。
エヴァン様は皇太子殿下が即位されるのと合わせて宰相補佐として登城することになり、一年間の引継ぎ後に宰相に任命される事も決まっています。
さすがに一国の宰相の妻が研究所勤務というのは拙いかも?と考えていた私にエヴァンは言いました。
「いやいや、ローゼリアにこそ任せたい仕事だよ。だって彼らの能力は使い方によってはリーサルウェポンといっても過言でないほどの物凄い力だ」
その言葉に後押ししてもらった私は、全ての子供が人として尊ばれ、社会を形成する一員として重んぜられる環境を目指して頑張る決意を固めました。
サリバン博士も賛成してくださって、より良い環境が整いつつあります。
子供たちと一緒に研究所の庭にいた私を、仕事を終えたエヴァンが迎えに来ました。
「愛しいローゼリア!一緒に帰ろう。迎えに来たよ。ああ、ダメだよ走っては。君は妊婦だという自覚がまだまだ足りないみたいだな」
ニコニコする子供たちに見送られ、エヴァンに抱き寄せられる私は世界で一番幸せそうな顔をしているに違いありません。
私は二度も婚約を白紙にされるという稀有な経験をしましたが、今はとても幸せです。
そういえば、私の経験を聞いた何人かの貴族令嬢が、婚約を白紙にされたと泣きながら相談に来ました。
そのたびに私は自信をもって彼女たちに言うのです。
「婚約白紙?上等です!女は男が思っているほど弱くはありませんよ!見返してやりましょう!」と。
おしまい