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 僕には小さいころから親友がいる。そいつは大きさが五十センチほどで背中から赤い羽根が生えている。
でも僕以外には見えていないみたいだ、いつもそいつは僕の周りを飛んでいるのに、パパもママもクラスのみんなも誰もいないかのように扱ってくる。
寂しいときはいつもそいつとおしゃべりしたりかけっこしたりしている。友達にいじめられて悲しいとき、そいつに相談すると落ち着いて寝てしまう。
僕にはかけがえのない友達だ。

 高校生になった。そいつはまだ僕の周りを飛んでいる。でも、僕はおかしいんだと気づいているから、もういじめられたくないからそいつが話しかけてきても無視している。
「ねーねー」
あー早く消えてくれないかな、もう必要ないよ。
「友達は?」
分かってる、君は存在しないし僕が創りだした幻想にすぎない。
「いつも一人じゃん」
いつもいつも僕の近くにいて目障りだ。

 高校に入学してから一か月が経った。
クラスに仲のいい友達はおろか、いまだに挨拶の一つもしていない。部活動にも入らず放課後はすぐに帰宅する、そんな毎日を繰り返している。そいつの存在を否定したからといって自覚したからといって、僕がいじめられていた過去は変わらない。自分に自信が持てずにいつも下を向いてしまう。すべてあいつが邪魔だからだ。



 今日は課外活動の一環でレクリエーションも兼ねた山登りをする日だ。憂鬱だ。はぁ、これならいつもの眠たい授業を受けた方が幾分かマシだ。
僕の高校はAからDまでのクラス分けがされており、この順で山頂まで登り、そこで昼食を摂り、この順で下る。僕の属しているD組は登りも下りも最後尾だ。

 標高は九一五mで四時間半ほどあれば帰ってこれると先生が言っていた。しかし、いざ登り始めるとろくに運動をしていない自分にとってはかなりしんどい。途中で小休憩をはさみながらやっと頂上に到着した。僕らが到着するころにはA組は下山中でありB組もそろそろ下山の準備をしていた。
千m近くもある山はさすがに見晴らしが良い、僕も壮観な景色を眺めながら昼食を摂りたかったがC組とクラスメイトが占領していて行けそうもない。あの場に友達がいればまた別だが…。僕は一人で手前の木の下で母が作ってくれた昼食を食べることにした。
弁当包みの中に手紙が入っていた。
「〇〇へ、高校では友達はできましたか?中学の頃は友達と喧嘩しても意地悪されてもいつもすぐに立ち直っていたのに、中学を卒業するくらいからなんだか元気がなくなっているように感じます。何か困っていることや不安なことがあるのなら、お父さんやお母さんは必ず協力するので話してみてください。お父さんとお母さんは〇〇が悲しむのが一番いやだから。直接言えなくてごめんね。 母より」
 思わず泣きそうになった。いや、泣いてしまっていた。声が漏れないように静かにゆっくり弁当を食べた。
「やっぱり、良いお母さんじゃん。お前が俺のことで悩んでるのは分かっているけど、これはお前自身の問題だからなー、周りは何も悪くないもんなー、相談しづらいよな。分かるぜその気持ち。」
うるさい
「そうやって俺を無視し続けていても何も状況は好転しないぜ。」
黙れ
思わず反応しそうになるが必死に押さえつける。落ち着け、こいつは存在しないんだ。だからこいつの言葉なんて存在する訳がないんだ。

 気づいたらD組が下山の準備をしていた。僕も慌てて準備をし、最後尾についていく。さっきまで気づかなかったが、厚く黒い雨雲が空一面に広がっている。
「雨が降りそうだからちょっと急ぐよ!」列の先頭にいる先生が大きな声で僕らに言った。
するとポツポツと雨が降り始め、次第に風も強くなり豪雨となった。休む場所もない山道でうろたえながらもゆっくりと下っていく。地面も気を張っていても滑ってしまいそうなくらいぐじゅぐじゅしている。
「ひゃー、すごい雨降ってきたなー、こりゃ大変だ。土砂崩れとかも心配だなー。右の土壁もこわいけど左の崖には落ちんなよー。」
あーもう喋らないでくれ。耳障りだ。そう思い顔と体の周りを手で払う。

 もう、下山し始めてから何分経っただろうか。体感では一時間くらいは経っているが、おそらくまだ四十分ほどだろうな。そんなことを考えていると突如、雷が落ちた。すぐ近くだ。
いきなりまばゆい光と雷鳴が迸ったことで皆一様にパニックになった。すると自分のすぐ前を歩いていた生徒が足を滑らし谷底に落ちそうになった。僕は慌てて後ろから腕をつかむ。間一髪のところで間に合ったが、僕も谷底に放り出されそうになった。両手で生徒の腕を引っ張り、安定しない地面に足をもっていかれないように必死に引き上げた。
「大丈夫?え、えっと、」名前が分からない。背の低い男子ということしかわからない。そりゃそうだ、今までクラスメイトの誰ともコミュニケーションをとってこなかったツケが回ってきた。
「ありがとう、助かったよ。」その男子生徒はニコっと笑った。
あ、よかった。心の底からそう思った。

 それからは雨も風も弱まったが、休憩する間もなく一気に下山した。足を捻った者、身体を擦りむいた者、等は多数いたが特に目立ったけがをした者はいなかった。そのあとはバスですぐ学校に戻り、学校側が親に連絡し迎えに来てもらった。雨に濡れて体が冷えているので家に着いたら温まるように、それだけ言いすぐ解散となった。

 次の日、欠席者もかなりいたが通常通り授業があった。放課後、昨日助けた背の低い男子生徒に遊びに誘われた。その生徒はナカヤマカイトと名乗った。二人でゲーセン、カラオケ、夜はラーメンを食べた。人生で初めて他人と遊んだかもしれない。ぎこちない態度をとってしまったが僕にとっては新鮮でとても楽しかった。
気づいたら夜八時を回っていた。
「うわ、もうこんな時間かよ、しゃーない帰るか。」
僕は相槌を打った
「それじゃまた明日な、○○」
「うん、また明日。ナカヤマくん。」
「もーカイトでいいって。」彼は、まあいいや、と言って手を振りながら帰り道についた。
僕も手を振り返す。
あ、そうだ、もうこんな時間だけどあの場所に行ってみよう。中学の頃、あいつと二人で遊んだ公園がある。家とは少し方向が違うが、あいつと話さなくてはならないと思った。
公園に向かって自転車をこぐ。

 だれもいない閑散とした公園に到着し、入口に自転車を止める。
公園の奥にあるよく遊んだブランコの前まで行き、後ろを振り返る。
そこにはあいつがいた。空中を飛んでいるのがはっきり見えている。
「どうしたんだ?やっと俺と会話する気になったか?」
一呼吸おいて話し始める。
「お前は存在しない、それは確かだ。でもお前は僕が創りだしてしまったのも事実だ。」
「俺もそんなことわかってるよ、何が言いたい。お前自身がいくらそれを自覚しようが何も変わらない、今日だって楽しそうにしていたが俺の存在を忘れた時間なんてあったか?なかったろう。」僕の目の前を飛んでいるやつは淡々と告げた。そうだ、その通りだ。別の事に集中していてもお前が頭の隅に必ずいる。
「僕は一人が嫌だったんだ、寂しかった。僕は弱かった、一人が怖かった。でも、もう高校生だ、すぐに大人になってしまう。だからってそれを克服するつもりもない。だってその感情も脆弱な心も自尊心も優越感も劣等感もすべて僕のものだ。僕は僕が感じたものすべててを受け入れる。」
また、一呼吸おく。まっすぐそいつを見る。
「今まで僕のそばにいてくれてありがとう、見守ってくれてありがとう。僕の気持ちを一緒に負担してくれてありがとう。そんな弱い僕を受け入れてくれてありがとう。君は存在しないけど君と過ごした時間は本物なんだ。」
「あーそうかよ。まぁこれからは後悔しないように自分の選択で自分の足で歩くことだな。二度とお前の人生を狂わした俺と会わないように祈っとけよ。じゃあな、タイガ」最後にそう言い、淡い光となって消えていった。


 玄関の扉を勢いよく開ける。
「お母さん!お父さん!聞いてよ!今日友達とね…」


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