夏休み最後の日の朝、いつもより早く目が覚めた。いつも通り服を着替え、二階から一階のリビングに降りる。顔を洗い、卵とベーコンを焼きパンに乗せる。そして苦めのコーヒーを淹れ、ブラックで飲む、いつものルーティンだ。
家のチャイムが鳴った。
「隼樹!早く出て来いよ!」元気な桜子の声が聞こえてきた。
「早くしろよ!時間がねぇだろ!」僕はバン!とドアを開けた。
「うるせぇよ!っていうかお前九時に来るって言ってただろうが!まだ六時だぞ!」
「隼樹が私と遊ぶのを楽しみで早起きしてるもんだと予想してのこの時間だ!家族も近所の人も皆いないから別にいいだろ!まだここにいる変人なんかお前くらいだぞ!」桜子はさらに大きな声でまくしたてた。
「変人には桜子自身も入ってるからな!」それしか言い返せず、ちょっと待ってろと言い、家の中へカバンを取りに行った。
セミの鳴き声が煩わしく思うほど、必死に鳴いている。
「いぇーい、やっほー隼樹今日も早いねぇ」こいつ今日が何の日か分かっているのかと怪しく思う。
桜子を自転車の後ろに乗せ、ちゃんと掴まってろよと言い自転車をこぎ出した。
「テンション低いじゃん、好きな子に振られでもしたんかー」桜子が小悪魔のような薄ら笑いを浮かべながら言ってる顔を想像した。
「お前こそ、なんでいつも通りなんだよ、今日が何の日か分かってんのか。」
「わかってるに決まってんじゃん、夏休みが今日で終わりでしょ。天才の桜子さんは宿題を一つもやってないのだ。」
「そっちじゃねぇよ」僕は思わず笑ってしまった。
「あーもう、終わっちゃうのか―隼樹はやり残したことあるの?」
「そりゃあ、いっぱいあるけど仕方ないよな。」
「例えば?」
「テニスでインターハイ優勝」
「もしかして昨日も練習してたりとか」
「あったりめぇだろ、ランニング、筋トレ、プロの選手の動画見て戦略立てたり…一日中やってた。」
「大好きだねぇ」
「最後なんだから好きなことやってもいいだろ、桜子はやり残したことあんのかよ」
「私は天才だからやりたいことほとんど終わらしたね」
「例えば?」
「山登ったりとか、海で泳いだりとか」
「おい、大丈夫かよ体弱いんだから無理すんなよ」
「えー心配してくれてるの、やっさしい」
「うるせー」
「まぁでも私はこういう機会がないとできなかったと思うし体動かすのが楽しいってわかっただけで思い残すことはないね」
そんな話をしていると目的地に到着した。
「着いたぞ、水族館」ありがと、桜子はそう言いながら自転車を降りた。
がらんどうとした館内と水槽を見渡す、端から一匹一匹どういう魚がいたか思い出しながら説明した。桜子は熱心に話を聞いてくれていた。自然と手をつないでいた。
「ここでアシカショーがやってて…」嫌な予感がした、ふとスマホの時間を確認した。もうすぐ十時半だ。時間がない。
「最後に海、見に行こ!」そう言われ、手を引かれる。
近くの砂浜まで走る、桜子が息を切らしながら走っている。
桜子の呼吸が整うまで待つ。一,二分経っただろうか、桜子がこっちに向き直った。
「私、伝えたいことがあるの、まだやり残したことがあるの」そう言い僕の目を見る。
非常な隕石が落ちてくる。タイムリミットが刻一刻と迫っている、自然と鼓動が速くなる。死が近づいてくるのを肌で感じる。
「ねぇ、もし隕石が降ってこなくても私と付き合えた?私、隼樹のことが好きだったから最後の日も一緒にいたかった。」桜子は涙ぐんでいるが最後まで目を見て言ってくれた。
「いつもどおりの日常が続いていたなら恋愛とか好きとか興味がなかったと思う。でも今は桜子のことが好きだ。」そう言い強く抱擁した。
世界が崩壊する音が聞こえる。桜子の体温とにおいを初めて感じた。強く強く体を抱きしめる、波に飲み込まれた…