あの世もこの世も
ひとしきりガキンチョを振り回したことにより、俺の気分は少し晴れた。そのころにはエリーナもようやく落ち着いて、何とか泣き止んでた。
一応の落ち着きを取り戻した状態になり、俺達は居間の方に移動した。
俺の正面には神とか名乗るガキンチョ。その右隣りには、自称勇者のエリーナ。すでに雰囲気は刑事ドラマの取り調べのような状態になっていた。
「で、正直お前は誰だよ?」
机を挟んで正面に座っているガキンチョに、身を乗り出しながら訪ねる。さっき振り回した時に、何もできなかったところを見るとこいつは確実に弱い。なら様子を見ながら慎重になんて、もったいないことしてる場合じゃない。
行かにゃー攻めにゃーの精神で突撃だぜ!
俺の質問に、ガキンチョはつりあがったを更につりあげながら、勢いよく机を叩いて身を乗り出す。
「だから言っておろーが、神だと!」
「エイプリルフールはとうに過ぎてんぞ?」
「異国の文化なんぞ、儂は好かん!!」
「じゃあ、正直に言えよ」
「言っておるだろ!」
押し問答が続く。
思いのほかしぶといガキンチョは、ふてくされた様に視線を違う方に向けた。その先では、ゆで卵の親父が楽しそうにサバを乗り回し、女のゆで卵が牛の背中で笑っていた。
いや、もう、本当にカオスだなこの部屋……。
「あの~良いですか?」
「どうした?」
おずおずと小さく手を上げながら、エリーナが会話に割り込んでくる。泣きすぎた目は、ちょっと赤くなってた。
「こちらの方の言ってることは、おそらく本当です」
「なんでさ?」
「今回の、私の依頼主だからです」
「依頼主……」
「はい、直接派遣元に連絡くださって、私を指名してくれて……」
そう言えば、派遣会社から来たって言ってたな。というか、何気に大事なことをサラっと言わなかったか?
「確認だが、指名されたの?」
「はい」
「コイツに?」
「はい」
間髪入れずに答えてくれるって事は、恐らく本当なんだろう。だとすれば、新たな問題が浮上してくる。それは、目の前のガキンチョがなぜエリーナを指名したかだ。
ドラゴン討伐に失敗した時に、エリーナははっきりと『また失敗した』と言った。と言うことは今回が初めてではなく、過去になんども失敗しているということ。だとすれば、なぜそんなリスクのある選択を、このガキンチョがしたかということだ。
「おいガキンチョ」
「ガキンチョではない!」
「いいから、ちょっと来い!」
対面に座っているガキンチョを無造作につかみあげると、そのまま台所に移動する。そして、一瞬だけエリーナに視線を向けた後、ガキンチョと肩を組むように、腕で首をロックする。
「おい、なんでエリーナを指名したんだよ?」
「なんだ、あの娘に惚れたのか?」
「質問に答えねぇと、首絞めるぞ」
「無礼な奴め!」
「良いから、さっさと答えろ」
そう言って、首にかけている腕に力を込める。
首にかかる圧力が強まった瞬間、ガキンチョが慌てだしてなんとか振りほどこうと暴れるが、子供の力で簡単に振り払えるほど弱い力でロックしていないので、単なる無駄な努力でしかない。
大人げないと思うかもしれないが、俺の現状を見れば当然のことだ。
「どうしてもっと強い奴にしなかったんだよ!」
「し、仕方なかろう! 懐事情が厳しいんじゃから!」
「懐事情……」
その一言共に、俺は腕の力を弱める。
てか、あの世も金の力ってのが存在するのかよ……。
腕の力が弱まった隙に抜け出したがガキンチョが、俺から距離を取るとゆっくりと振り返った。手を伸ばせば捕まえられるが、敢えてそれをせずにガキンチョを見る。
「懐事情とエリーナ、どんな関係があるんだよ?」
「それはな……」
何やら俯きながら、重々しい影を背負って口を開くガキンチョ。
ガキンチョの説明によると、エリーナは未だに最下位の成績らしく、派遣料金も格安とのこと。そして、このガキンチョも神様の中では底辺らしく、懐に余裕がある方が珍しいそうだ。
てか、神様もサラリーマンかよ……。
「世知辛いな……」
「この世もあの世も変わらんのじゃよ……」
そう言いながら遠い目をした横顔は、急に大人びていたように感じた……。