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 雪が溶けだした季節、早朝に参加者が大広場にばらばらと集まった。厚い雲が空を覆っておりうす暗いが桜がきれいに咲いている。村長が木でできた台の上にあがり僕ら一人一人に目をやる。「勇敢な村の戦士となる者たちよ、今日はよく集まってくれた。今年は丁度30人の戦士がおりこの中の一人のみ『ももたろう』の称号を与えられ、鬼ヶ島に行く権利を得られる。鬼ヶ島には金銀財宝の山が眠っていると言われ、それを手に入れると一生どころか孫の世代まで生活に困ることはないだろうといわれている。これはとても光栄なことであり誉であることを自覚してほしい。」毎年同じ内容を聞いている。もう、うんざりだ。緊張と吐き気が治まらない。
 早速だが、ルールを説明する。その1「15m×15mの枠の中から体の一部でも外に出たら負け」その2「参加者は一人一本、木刀を持って戦う」その3「村の15歳になる男子のみ参加できる」その4「わざと枠の外に出ると強制的にももたろうの称号を与えられる」…
 以上でルール説明は終わりになる。それでは1時間後この広場にもう一度集合するように。村長はそう言うと台から降り、村の役員のおじさんと共に屋敷の中に消えていった。

 一時的にこの独特な雰囲気から解放される。親の元に駆け寄り怖い、嫌だと言いながら泣きついている者、友達同士で大丈夫うまくやれるさ、と励ましあっている者、体を動かせるようにとランニングやストレッチをしてウォーミングアップをしている者とさまざまである。
 僕は親も祖父母も他界し、頼れる大人は今まで育ててくれた村長しかいない。だがこの後の打ち合わせをするため話しに行くことができない。だけど僕にとって、今日の決闘会はそんなに難しい話ではない。なんせ同年代の中じゃ小柄で運動神経も大してよくない、こんな体で産んでくれた母に感謝する日が来るとは思いもよらなかった。大丈夫、僕は「ももたろう」にはなれない。おそらく、順当にいけば今日「ももたろう」になるのは大柄で力もあるリク、あるいは小柄だが30人の中で一番運動神経の良いソウ、またはこの中で一番身長が高く頭も切れるレン、この3人のうちの誰かだろう。

 一時間が経ち村長たちが戻ってきた。「集合!」と大きな声で役員のおじさんが号令をかけた。それと同時に木刀が配布され始めた。そして、相撲の土俵を模したものが用意されている。だれも土俵の中に入ろうとしない。みんなお互いの様子を探りあっている。当然だ、みんなこれから決まるであろう『ももたろう』になりたくない。そんな静寂を破ったのはリクだった。彼は静かに土俵の中心まで歩いていき目を瞑った。それにつられるようにぽつぽつと数名ずつ土俵の中に入っていった。全員が入ったのを確認してから、村長が台にあがった。心を落ち着かせたはずなのに、また焦りと不安がこみあげてくる。嫌だ、言わないでくれ。おそらくここにいる30人全員がそう思っただろう。周りを見渡すとみんな不安な顔をしている。「これより、『ももたろう』の称号をかけた決闘会を始める!」一呼吸置き大きく息を吸った。「はじめ!」無情にも村長は開始の合図を出した。

 極度の緊張状態、張りつめた空気感、僕たちはパニックにおちいった。一人が叫びながら木刀を振り回し始めた。だめだ、パニックが伝染する。足の震えが止まらない、僕自身も自我が保てず恐怖で叫びそうになる。辺り一面は地獄絵図と化した。混乱で訳が分からなくなり、目の前の有象無象の中に飛び込んだ。だんだんと端の方に寄っていき二人ほど外に押し出してしまった。くそ!早く外にでなきゃいけない。すでに10人ほど外に出ている。その中にソウとレンの姿が確認できた。嘘だろ、あいつら…。どんどん舞台上から人が消えていく。とうとう残り五人になってしまった。3対1でリクに襲いかかっている。チャンスは今しかない、どさくさに紛れてリクに倒されたふりをして外に出るんだ。そう思い木刀を両手で持ち、大きく振りかぶって叫びながら目標の大きな体に向かって突進をした。その瞬間リクが3人を蹴り飛ばし、僕はリクにぶつかった。リクはその勢いのまま場外へ倒れこんだ。「そこまで!」村長の声が静寂の中に響く、僕はまだ息があがったままだ。「今年の『ももたろう』はシン!みなの者、この勇者に拍手を!」盛大な拍手のベクトルがすべて僕に向いている。僕以外の村人の喜びが肌にしみこんでくる。最悪だ。まだ死にたくない、みんな『ももたろう』になりたくない理由なんて一つだ。かつて鬼ヶ島に向かった『ももたろう』は一人も村に帰ってきていないからだ。

 決闘会から数日後、鬼ヶ島へ向けての出航日になった。村人のほとんどが集まっている。だれも僕と目を合わせない。村長が近づいてきて僕にしか聞こえない声で言った。「……」
ん?よく意味が分からない。そんな支離滅裂なことを言われても理解できるわけがない。

 中型の船に揺られ、雉の入った籠とサルの入った籠を両脇に抱えながら足の間に犬を座らせる。操船室でリクのお父さんが運転し、船首にはソウのお父さんが見張りをしている。僕は船尾の狭いスペースで寝ころび、空を見上げる。今から地獄に行くというのに皮肉かと思うくらいに澄み渡っている。
 自然と不安はない。もう死ぬ覚悟はできている。仕方がなかったんだ、誰かが犠牲にならなくちゃ、誰かがこの思いをしなくちゃいけなかったんだ。そう考えると誰からも愛されていない僕が適任だったんじゃないか、親もいないし友達もいない、別にやりたいこともなかった。村で生きていても何も生み出すことはなかっただろう。あ、村長くらいは悲しんでくれそうな気がする。いや、それは僕の願いか。
 村長は昔、一人娘を亡くしたらしい。娘と山に山菜をとりに登っていると突然天気が変わり、嵐のような天気になり目の前で娘が足を滑らせ崖から落ちてしまった…まだ10歳だったらしい。この事件から何年か経ち、身寄りのない子供がいたら自分が引き取るようにして村の為に活動をしているみたいだ。もちろん僕もお世話になったうちの一人だ。本当に尊敬できる大人だ。今でもたまに山の中にある娘の墓に花を持って通っているらしい。

 リクとソウのお父さんは自分の子供が『ももたろう』にならなくて心底安心しているんだろうな。そりゃあ当然か、でも悔しいな。「お前は何の役に立ってくれるんだ?」そう言いながら起き上がり、雉の入った籠をのぞき込む。こっちを見ようともしない。「お前は?」次はサルの入った籠をのぞき込む。サルが手を伸ばしてきた。軽く指を握ってみる。「まあ、役には立たねーよな、俺もお前らも。」犬がこちらを振り向き僕の鼻を舐める。「お前はかわいいなぁ、それだけで十分だよ。」

 犬と遊んでいると、鬼ヶ島が見えてきた。かなり大きな島のように思う。遠くに見える停泊所に赤黒い肌をした大きな人みたいなものが立ってこちらを見ている。それも5,6人ほど。近づくにつれてその異形さがわかってくる。本当に鬼なんていたのか、今からあれを倒さなければいけないのか。武器なんて少し長い包丁のようなものしか与えられてない。毎年一人、島送りにしている理由なんて特段考えたことがなかった。うちの村は野菜や山菜はいつも豊作で食べ物に困ったことなんてなかった。だから口減らしとかじゃなくて、そういう風習なのだろうと考えていた。
 停泊所に到着し、リクのお父さんが震えながら涙目でこちらを見ながら言った。「頼む、シン、降りてくれ」目の前の鬼は何やら大きな麻袋と赤い液体の入ったガラス製の容器を持っている。この意味の分からない風習と『ももたろう』が帰ってこない理由を察した。僕は籠2つと犬を抱え、島へ足を踏み入れた。すると案の定、逃げないように2体の鬼が僕を取り囲み、麻袋と容器をソウのお父さんに渡した。すると逃げるように船は踵を返し慌てて帰ってしまった。僕の持っていた籠と犬を取り上げられてしまった。一人の鬼が僕を担ぎ上げ島の奥地へ進んでいく。

 担がれたまま森の中を進んでいくと石造りの神殿にたどり着いた。ぎぎぎっと音を立て扉が開く。等間隔にろうそくが立てられおり、うす暗い。その中を進みまた一つ大きな扉があった。その前で「#$%&#%$&#%#」大きな声で聞き取れない言葉を喋り、扉を押し開けた。さっきよりは明るくなり部屋の奥にある玉座には僕と同い年くらいの少年が座っている。まさしく「王」の風格と底知れぬ負の感情が伝わってくる。部屋の中央まで行くとそっと降ろされた。いつのまにか犬とサルと雉は別のところに連れていかれたみたいだ。少年が立ち上がりこちらへ向かって歩いてくる。
 「お前が今年のももたろうか。可哀そうにな。まだ若いのにもう、死んじゃうなんて。」僕を憐れむように言い放った。「何か質問はあるか、なんでもいいぞ。」急にそんなことを言われても頭が回らない。聞きたいことはたくさんある。でも一番気になっているのは「あなたは誰ですか、港にいた鬼みたいな人たちを従えているみたいですけど」下から少年を見上げていう。「まぁそうだよな、気になるよな。俺はな『初代ももたろう』だ。」
は?初代?意味が分からない、僕が困惑した顔をしているのをみて少年は続けた。「俺がこの島に連れてこられたとき、島にいた鬼の王を殺してそのほかの鬼を半分まで減らした。そして2代目以降の『ももたろう』は全員殺した。だからまだ村の連中は鬼が住んでいると勘違いし続けているのだろう。でも村長と村の役員は俺がこの島を統治していることは知っているぞ、それとこの島には世界中から色々なものが届く。例えば、そうだな、東からは熊といわれる生物の肉、南からは撒けばきれいな花や野菜が育つ灰、北からは飲めば不老不死の体を手に入れることができる人魚の血、そして西からは犬とサルと雉と人間、それがあっての取引だからな。」僕を見下ろしながら淡々とこの島の存在理由を告げた。
「なんで人間を『ももたろう』を殺しているんだ、人間同士、しかも同じ村の者同士なのだから取引の中に人間を入れる必要はないだろう?」少年は小さくふっと笑った。「俺は暇なんだ、だから人間を連れてきて殺す、唯一の娯楽だよ。勘違いしてほしくないのは一方的になぶり殺しにするんじゃなくて一対一の平等な決闘をすることだ。ほら、時間はいくらでもあるけど好きなものは先に食べる主義でね、もう始めようか。」そう言うと刀を僕の目の前に置いた。「あ、そうそうなんで『ももたろう』って呼ばれているか知っているかい?」僕は慌てて刀を拾い少年に向き直る。「まだ何の意味もないももたろうという言葉に意味を持たせるために村長が作った造語だろ」死ぬ覚悟はできていたのにどくどくと動悸がしてきた。少年ははぁと溜息をつきこちらを見た。「まだそんな適当な戯言を信じているのか。お前、この島に着いたとき鬼と村の大人が何かを交換していたのを見ただろ。あの袋の中に桃という果実があるんだよ、お前のとこの村長はそれが大好物らしくてな。交換の時に桃も一緒に入れてくれって頼まれたんだよ。だからお前らは村長の大好きな桃を運んできてくれるから桃太郎って名前になっただけ、そんだけ。」少年は腰に差していた刀を抜いた。驚くことに刀身が絹のようにきれいだ。「あ、気づいたかい?これは僕のお気に入りでね、月の姫から略奪してきた『天の羽衣』を加工して作ったものさ。まぁ切れ味や重さは全く一緒でただ見栄えが良いだけだから気にしないでよ。」少年の目が生き生きし、自慢げに言い放った。僕は立ち上がり、剣を強く握った。「いいよ、先に俺の体を切りつけても、今まで多くの理不尽なことに巻き込まれただろう、これはサービスだよ。」
もう、どうなってもいいや。少年が言い終わるのと同時くらいに思いっきり切りかかった。右肩から腰まで、刀を振り切った。血が飛び散る、視界が赤く染まった。しかし、たった今切り裂いた皮膚が元通りに治っていく。傷跡も全くない。「ははははっ!驚いただろう!俺は不老不死なんだ!」少年は高笑いをし、心底楽しそうにはしゃいでいる。僕はもう一度少年に向かって走り出し首を一文字に切り裂いた。そして床に押し倒して頭と胸を押さえつけ、切り裂いたばかりの首にかぶりついた。不味い、気持ち悪い、啜った血をひたすら飲み続ける。少年が刀を離し、僕を引き離そうとしてくる。すかさず絹のような刀を拾い上げ馬乗りになり少年の首に切っ先を突き立てた。ごふっと血を吐き顔がひどくゆがんだ、おそらく絶命したのだろう。絹のような刀には一滴の血をついていない。僕は立ち上がり少年を見下ろした。これからのやることは決めた。少年の首を持ちあげてみる胴体がつながっていたはずの場所から赤い血が滴っている。来た道を戻り神殿の外へ出る。扉の前で門番をしていた鬼がこちらに気付き襲い掛かってきた。思わず反射的に腹を切り裂いてしまい鬼が内臓をぶちまけ倒れた。さらに一層体が赤く染まってしまった。外にはいつの間にか雨が降っていたようだ。体についた血が洗い流されていく。

 屋敷の中で2人の男がひそひそと話している。「今年も桃が手に入ったな、この果実は本当に舌触りもよくて甘くて食べやすい」男は静かに喜びをかみしめながら言った。「しかし村長も食べればいいのに、こんなにおいしいのにもったいねー」「村長はもう一つの土産物のほうにご乱心だよ」「あの赤い液体が人魚の血だっけ?あんなものどうすんだよ」「お前知らないのか人魚の血を飲めば不老不死になって傷もすぐにふさがっちまうって噂があんだよ」男は眉をひそめて言った。「え、村長はそんなたいそうなものを独り占めにしているのか?それにしては歳は取っているような気がするが…」「あー多分村長はあれを一口も飲んでねぇよ、毎年毎年あれを持って山に登っているんだから。」「何のためにそんなことしてんだよ」「俺もそこまで知らねぇよ」「まぁなんにせよ村の子供と犬、サル、雉を差し出すだけで俺たちはこんなにおいしいものを食べられるんだ、安いもんだろ」

 男は山の中腹にある墓の前で祈りをささげていた。「今年こそこの血で生き返ってくれ」そう言いながら骨が埋まっているはずのあたりに赤い液体をゆっくり流し込む。しばらく待つが何の反応もない、ただ雑草と地面がそれを吸い赤黒く変色しただけだ。「不老不死になれるんだろ、傷はすぐに跡も残さずきれいに治るんだろ」男は涙を浮かべながら地面に頭を垂れる、男は小刻みに震えながら分かっている分かっていると繰り返しつぶやいている。わしは今まで何人の子どもを自分の為に見殺しにしてきた、一人目の桃太郎が幸運なことにすべて解決してくれたのにそれを利用した。こんな悪しき風習、消え去った方がいいと分かっている。死んだ者が生き返るはずもないと分かっているのに希望を捨てきれない。ああ、わしはまた人魚の血にすがり同じ過ちを繰り返してしまう。

 遠い海の向こうに中型の船が見えてきた。あの時の村長の言葉がフラッシュバックしてきた。「天の刀はこの世の生物を輪廻に戻す、もしかしたら役に立つかも知れぬ。それと…わしの為に死んでくれ」

 今はもうこんな体になってしまったがあの時はそうするしかなかった。もとはといえば村長と村の都合だ。だから娘に呪われ捕らわれた村長は殺すしかない。もうだれの言葉も聞き入れないだろう。だんだん船が近づいてきた、腰に差した刀に触れる。早く楽にしてあげないと…

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