転がる人生
事態は加速していく。もう、悪い方向にどんどんと。
初めにドラゴンが現れて、そこからほぼ一か月後には何やら神々しい鳥が現れ、我が家の住人は四匹となった。
火を吐く手のひらサイズのドラゴン、両手両足の生えたサバ、猫くらいの大きさの牛、神々しい鳥。もう、俺の部屋は立派な魔窟と言っても過言ではないはず。
威張る事じゃないけど……。
ちなみにペットは禁止の物件。元猫で現在牛は、俺が里親が見つかるまで預かることになっていたんだが、こうなった以上大家さんに知られるわけにはいかないので、里親が見つかったとだけ連絡しておいた。
「困った……本当に困った……」
奇怪な生物に囲まれる生活にも困っているのだが、今の俺はそれ以上に困ったことになっている。
この部屋は、俺が料理をしようとすると変な生物が現れる。そのおかげでこの一か月の間、俺は自炊ができずに冷凍食品とインスタント食品で過ごしてきた。こうなると、当然食費がかさむわけだ。
「俺の貯金がぁぁぁぁ!!」
なけなしの貯金は、少しずつ切り崩されていく。
もともと就活浪人の俺は、バイトで食いつないでいる身分なので稼ぎは思いのほか少ない。それなのに、切り詰めるべき食費は増していく一方……もう、これは本格的にヤバイ。
「仕方ない、あれを作るか……」
ため息とともに立ち上がり、冷蔵庫の扉を開ける。
冷気と共に庫内の電気が点灯し、相変わらず何もない現状を嫌になるほどハッキリと見せつけてくる。その光景にため息をつきながら、一つの食材を手に取る。
「やっぱ、こういう時はこれだよな」
俺が手にしたのは、透明なパックに包まれた白い楕円形の食材。そう、生卵だ。ちなみにMサイズ十二個で九九円だった。
武士は食わねど高楊枝なんて言葉もあるが、俺は武士じゃない。むしろ、この奇怪な生き物たちと同じ空間にいるだけで、余計にエネルギーを吸われる気がするんだから、喰わないわけにはいかない。そう、腹が減っては戦はできないのだ!!
あんまり戦いたくはないんだけどね……。
まな板の上で寝るドラゴンを起こさないように、鍋に水を入れコンロの上に置く。そして、残された希望である生卵のパックを解放する。
「生のままで、ほっとくからだめなんだよな」
そう言って、俺は卵を水に沈める。
今までの経緯から言って、食材を放置していた後に異変が起きた。ドラゴンの時も、サバの時も、鳥の時も。
牛は寝てたらそうなっただけだから、奴らとは別なはず。
話しを戻して、放置したら異変が起きるのなら、異変が起きる前に調理をしてしまえばいい。なので、今回はゆで卵を作ることにした。
この料理なら水の状態から卵を放り込み、そこから火にかけると言うロスタイムなしで調理に入れる。後はそのまま適度に混ぜて、ひたすらゆで続けて完成すると言うお手軽さ。
これなら、奇怪な生物になる時間はないはず。我ながら、急場しのぎだとは思うけど……。
「何だ鳥、お前にはやらんぞ」
突然俺の肩にとまった鳥は、じっと鍋の中を覗いた後、俺を睨んできた。そのまま目を合わせていると、急に滝のような涙を流しそのままどこかに飛び去っていった。
「ピーーーーーーー!!」
なにやら大声で鳴いてるけど、卵が料理されてるのが気に障ったのかな……?
なんにせよ、部屋主の俺が死んだらこいつらは野に放たれることになる。下手な猛獣より大騒ぎになって世間様に迷惑をかけないためにも、こんな所で俺は死ぬわけにはいかない。
せめて、勇者が現れるまでは……。
「さてそろそろ……」
ごぼごぼ音をたてる熱湯、その中で踊るように転げまわる卵。一か月ぶりの料理がゆで卵と言うのも複雑な気分だが、こんな状態では文句なんて言ってられない。
熱湯を捨てながら、ざるに卵を転がす。立ち上る湯気と熱気、そしてステンレスの流し台が突如あげる音。
ボゴンッ!
その音にドラゴンが慌てて目を覚まし、左右を確認するように首を振り、再び眠りについた。どんだけ眠いんだコイツ……。
気を取り直して蛇口を捻り、ゆであがった卵に水を勢いよくかける。
「つめてぇ!!」
ん? なんだ今の声?
「熱湯風呂の後に滝行たぁ~どういう了見でぇ!?」
おいおい、まさか……この声って……。
俺は恐る恐る目線を下ろしていく。そこには、水道水を被りながら、男らしく仁王立ちする卵の姿が……。
「てやんでぇ、いつまで水浴びさせる気だバ~ロ~め!」
逆ハの字の眉毛に、つりあがった目。そしてなぜかへの字に曲がった口。なんだろう……漫画とかに出てくる、江戸っ子頑固親父みたいな風貌の卵がそこに立っていた。
「まさか……加熱調理もだめだとは……」
「あたぼうよ! あの程度、温くてたまんねぇやい、バーロゥめ!」
温くてって、お前さっき熱湯風呂とか言ってたじゃねぇか。というか、なんだこのやかましいゆで卵は。
「なんで卵まで……」
「それはでありんすね……」
「ありんす……?」
何とも艶っぽい声色が響く。よく見るとオヤジ卵の後ろに、何やらもう一つの動く卵の姿が……。
「卵に目鼻、という言葉があるからでありんす」
そういった艶っぽい卵は、口元を着物の袖で隠すように覆いながら小さく笑った。いや、もちろん着物なんかないけど。
「でも、お前たち鼻ないじゃん……」
「こまけぇこと気にすんな、べらぼうめ!」
「ほんに野暮なお方でありんすねぇ」
賑やかになったが、俺の行く末はどこに転がるんだろうか……。