太陽のストーカー④
それから数日経って土曜日。私は美優羽さんのストーキングをしています。なぜ、土曜日にストーキングができるのかというと、簡単な話です。
美優羽さんは家の炊事をされているらしく、よく買い物に出掛けております。その時間さえ把握してしまえば、ストーキングは可能なのです。
家へのルートは確認済みで、必ず通らなければならない道も私は知っています。
時間帯もルートも抑えているので、あとは特定の場所で待ちぼうけしていれば、自ずとストーキングができるわけです。
そんなことを考えていると、ターゲットの美優羽さんがやって来ました。今日も今日とてとても綺麗です。こんな美しい方のストーキングをするとなると、中々興奮してきます。
いつもやっている事ですが、今日はいつもより興奮しているかもしれません。平日に予定外の事で出来なかったからでしょうか。
そんな事は置いておきましょう。今はストーキングをすることに専念しましょう。
スタスタスタスタ……。
いつ振り返られてもいいように、遮蔽物を確認しながら進みます。
今日は私、ストーカーの存在を際立たせる為に、足音をいつもより目立たせましょう。そうすればいつもより気になってしまうはずです。
私は普段よりも大きな足音を立てて歩きます。
美優羽さんは何度か立ち止まります。作戦は上手く行ったようです。完全にストーカーのことを意識しています。
この意識されてるという感覚が最高に堪りません。まるで、私だけのことを意識してもらえてるような感覚に陥ります。まあ、美優羽さんは私だと気づいていないわけですが。
あと、好きな人を独り占めできているような感覚にもなれます。この空間には私と美優羽さんしかいないわけですし。学校でこんなになれることなんて、ありませんからね。大事にしたいです。
おっと、美優羽さんは早歩きを始めました。かなり早いペースです。私の足は遅いです。ですが、このペースならついていけます。本当はもっと早く歩く、または走りたいはず。
ですが、それは無理でしょう。そんなことをすれば、バッグの中身はぐちゃぐちゃになってしまうからです。
私はいいタイミングでストーキングができたようです。そのまま私は、美優羽さんが家に辿り着くまでつけ回しました。
今日もストーキング成功です。非常にいい時間でした。さて、これからどうしてくるでしょうかね。明日も同じ時間帯に同じ場所で待機するとして、美優羽さんも流石に何か対策を練ってくるでしょうか。
まあ、どんな対策を打ってこようと、私はそれを上回ってみせるのみです。
私はそう心に誓いました。
迎えた日曜日の夕方。いつもの時間、いつもの場所。ここに来れば何があろうと必ずここを通るはずです。とはいえ、もう30分以上待ち伏せしています。
いくら3月になったとは言え、まだまだ時期的には夕方は寒いです。早く来ないかなあなんて思いながら、美優羽さんを待ちます。
すると、美優羽さんが現れました。私は息を潜めて、通り過ぎていくを待ちます。なるほど。今日は奏さんと、えっと、美優羽さんがよく話している琴姉さんですかね? 3人一緒にいるみたいです。
なるほど。一人だと危ないかもしれないから、三人で一緒に居ようと言う事ですか。警戒されていますね。まあこれだけ長期間ストーキングしていれば、警戒されるのもやむなしですが。
今日の美優羽さんは、クリーム色のセーターに赤いスカートを着こなしています。何を着ても綺麗でよく似合っています。今日もとてもかわいいです。
奏さんも似たような服装ですね。白いカッターシャツに、小豆色のスカートを着ています。認めたくはありませんが、かなり似合ってらっしゃいます。
琴姉さんは、ピンクのジャージ姿ですね。ちょっとダボダボなのが気になります。顔は見た感じ美人そうなだけに、なんか惜しいですね。
対する私は、黒を基調とした長袖のシャツに黒のチノパンという感じです。地味な感じですが、ストーキングするのに、着飾る必要はないですし、目立っちゃダメですからね。
さて、服装の事はこれくらいにして、だいぶ距離が空いたので美優羽さん達を追いかけましょう。今日は足音を消して追いかけましょう。
私はまるで忍者のように、隠密に行動します。バレないように、そっと、そおっと。
ストーキングしながら、美優羽さんを観察します。
いつものことではありますが、美優羽さんは奏さんと一緒に居るのが心の底から楽しいようです。
表情が普段よりもずっと柔らかいですし、ここから聞こえてくる声も、普段より明るい声色をしています。
わかってはいるのです。美優羽さんの好きな人と一緒にいるのだから、そうなるのは仕方ないのだと。だけど、私の心はそうだと理解してくれません。
あの笑顔を私も独占したい。あの声を聞きたい。あの感情を私のものにしたい。心の欲望がはち切れんばかりに溢れてきます。
けど、それは叶わないことなのです。美優羽さんの好きは奏さんに向いているのですから。
なのに。なのに。なのに、奏さんには伝わっていない。奏さんは気付いてすらいない。あの笑顔の、声の意味をわかってはいない。
ずるい。憎い。私と変われ。私なら美優羽さんの思いに1000%で応えてあげられるのに。欲望の感情が今度は憎悪の感情に上書きされます。
グキッ。
そんな感情に気を取られすぎたせいか、木の枝を踏んでしまい足音を立ててしまいました。美優羽さんがその音に気付いたのか、立ち止まりました。
まずいです。隠れないと。けれど、場所がありません。仕方ありません。草むらに身を隠しましょう。
私は草むらに身を隠します。なんとかバレていないことを祈ります。
ただ、そんな祈りも無力だったようで、奏さんがこちらに向かってきます。このままここにいても私は捕まってしまいます。一か八かです。走って逃げましょう。何もしないよりはマシなはずです。
私は勢いよく、その場から逃げ出します。
相手は奏さん。陸上部ですら彼女に追いつける人はおらず、体育祭のリレーで無双していたのを私は知っています。だから、逃げた先にある、障害物を使いながらなんとか逃げていきます。
ですが、どんどん奏さんが迫ってきます。私は必死に足を回し、逃げます。障害物を使って、追い辛くしていきます。しかし、それでも関係なく、奏さんは差を詰めてきます。
この化け物め。心の中でそう叫びました。
そして逃げ出して数分後。
私はついに捕まってしまいました。
奏さんの力は強く、がっちりとホールドされた腕から逃れることはとてもできそうにありません。
私は逃げることを諦めました。美優羽さんが、こちらに来ました。ついにバレてしまう時が来たようです。
「えっ⁈ 嘘でしょ…………な、なんで……楓が……?」
美優羽さんはとても驚いた表情をしています。当たり前でしょう。友達と思っていた人物が、ストーカーの犯人だったんですから。私だって同じ反応をするでしょう。
ここまで来てしまったのですから、私は謝るしかありません。
「ご、ごめんなさい! ほんの出来心だったんです!」
私は少し涙を流しそうになりながら、謝りこれまでのことを全て洗いざらい話しました。美優羽さんに恋愛感情を持っているとか、奏さんに敵対心を持っているみたいなことを除いて。
話を聞いた美優羽さんは、少し明るい表情を浮かべた後、すぐさま険しい表情に変わりました。
「あのね、楓。そういうのはちゃんと言ってくれれば私は断らないし、一緒に居てあげるから。だから、こういうストーキングだけは私も嫌だからやめてね」
言われたことは至極真っ当なことです。誰だって、ストーキングされるのは嫌ですから。
「はい……もう二度としません」
力なく私は答えました。
さて。もう美優羽さんとは絶縁になってしまうことは決まってしまいました。好きな人、大好きな人ですが仕方ありません。私のしたことは許される行為ではないのですから。
そうなると、今まで築いた、というより美優羽さんのお陰でできた交友関係もリセットされるでしょう。またひとりぼっちに逆戻りです。私の恋物語もここで終幕です。
でもいいんです。この約一年が私にとって出来すぎていただけで、元々私は一人だったわけです。大丈夫です。一人には慣れっ子ですから。私はそういうところには強いのです。
ただ、いざそうとなると、とても寂しく思えてきます。誰かといるのが当たり前になりすぎたからでしょう。
でも、こうなってしまった以上。私がストーカー行為に手を染めた以上、こうなることは決まっていたのですから受け入れるしかありません。
ただいま、ひとりぼっちの自分。
そんなことを思っている時でした。
「それから、今度から一緒に帰ろう。図書委員の当番の日は一緒に待ってあげるから。だから一緒に帰ろう」
そう言って、美優羽さんは右手を差し出してきました。
「い、いいんですか? こんな私と一緒に帰ってもらって……また仲良くしてもらって……」
私は、驚きの感情しか出てきませんでした。私は美優羽さんをストーキングして、困らせていた張本人です。悪人なのです。それなのに、ここで謝ったからと言って、また仲良くしてもらえる。それが信じられなかったのです。
美優羽さんは穏やかな表情をしています。
「いいに決まってるじゃない。この話はこれで終わりだし、そしたらまた仲良くしましょうよ。仲良くするんだから一緒に帰るくらいどうってことないわよ」
そう言って美優羽さんはにこりと笑顔を見せます。
私は差し出された右手を握ります。目から涙が溢れてきます。
「ありがとう……ございます……」
震える声で私は精一杯感謝を伝えます。こんな私を許してくれる美優羽さんへの想いが、涙に変わり、止まることを知りません。
美優羽さんは私の背中を優しくさすってきました。
私は美優羽さんに一生ついていきます。例え自分の恋物語がバッドエンドで終わろうとも、絶対に離しません。そう心に誓いました。