チョコ貰っちゃいけないですか⁈ ④
「お姉ちゃんおかえり」
私がそう言うと、ギュッと私を抱きしめてくれた。
「美優羽ちゃん大丈夫だった?」
奏お姉ちゃんは私の心配をしてくれた。お姉ちゃんはやっぱり優しい。こんな私を心配してくれるんだから。
「だ、大丈夫よ。ある程度元気になったから」
「それならよかったぁ。本当はそばに居たかったけど、琴葉お姉ちゃんが私が面倒見とくからって言って聞かないから。ずっと心配してたよぉ」
奏お姉ちゃんは私の肩を持ちながら言った。その目には少し涙が浮かんでいるようだった。
「し、心配しすぎよ。私そんなやわじゃないからっ」
私は少し頬を緩ませて返した。そんな私を見た奏お姉ちゃんは目元を手で軽く拭っていた。
「それなら良かったぁ。それじゃあこれ、受け取って!」
そう言うとカバンの中からは少し大きめの箱を取り出した。
「これは何?」
「チョコレートだよ! 美優羽ちゃんの為に作ったんだ!」
奏お姉ちゃんは嬉しそうな笑顔で答えた。チョコレート? なんでチョコレート? 樹くんの家で二人っきりって言ってたのになんでチョコレートを作ってるの?
私の頭の中はハテナで一杯だった。
「お姉ちゃん、二人きりでチョコ作ってたの?」
私がそういうと奏お姉ちゃんは首を大きく横に振った。
「前にも言ってたじゃん。友達4人と一緒に作ってたの。樹くん手際が良くて、女子力高いなあって思っちゃったよ」
奏お姉ちゃんは微笑みながら言った。なるほど。二人きりと言うのは私の勘違いだったらしい。そうか。それなら良かった……。
ん? ちょっと待って。樹くんなのに女子力が高い? これは一体どう言うこと?
「ね、ねえ。樹くんって男の子じゃないの?」
私が疑問をぶつける。すると、奏お姉ちゃんはまた首を横に振った。
「違うよー。女の子だよぉ。男の子が欲しかったご両親が、男の子っぽい子に育って欲しくて樹って付けたんだって。本人もそれを気に入っているし、それでみんなあだ名で樹くんって呼んでるの。ほら、この子だよ」
そう言うと、奏お姉ちゃんはスマホを取り出し、一枚の写真を見せてくれた。確かに茶髪でボーイッシュな見た目ではあるが、この顔立ちは完全に女の子だ。
つまり、今日の出来事は全て私の勘違いだったと言うわけだ。私は力が抜けてヘナヘナと座り込んでしまった。
「ど、どうしたの⁈ いきなり倒れ込んで」
心配そうに奏お姉ちゃんは私を見つめる。
「だ、大丈夫だから。私の勘違いだったから」
私は苦笑いを浮かべながら答える。
「勘違い……?」
「いいの、気にしなくて。こっちの話だから」
不思議がる奏お姉ちゃんに悟らせないよう、私は手を横に振った。奏お姉ちゃんは何か言いたそうだったが、私は気にすることなく立ち上がった。
「そ、それでっ。そのチョコは私にくれるのっ?」
「うん。そうだよー。美優羽ちゃんのは一番大きいんだよぉ」
奏お姉ちゃんは微笑みながら、チョコの入った箱を渡してきた。私は大事に落とさないよう慎重に両手で受け取った。
「な、なんで大きいのかしら?」
私の問いかけに奏お姉ちゃんはちょっとだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
「だって、一番大切な人なんだもん。毎日ご飯作ってくれるし、ちょっと言葉がトゲトゲしい時はあるんだけど、それでもなんだかんだ優しいし、大切な妹だもん。だから、一番大きなチョコにしたんだ」
「お姉ちゃん……!」
私は胸一杯になりながら奏お姉ちゃんに思いっきり抱きつく。頬には大粒の涙が絶えることなく流れていた。奏お姉ちゃんは優しく背中に手を当ててくれた。
私は嬉しくて堪らなかった。奏お姉ちゃんがこんなにも私のことを思ってくれていたなんて。優しいお姉ちゃんだけど、いざ言葉にしてくれるとやっぱり嬉しい。大事な妹だって言ってくれてメチャクチャ嬉しい。
こんな奏お姉ちゃんを好きになって良かった。私は心の底からそう強く想った。ありがとう、奏お姉ちゃん。私はしばらく涙を流しながら、強く奏お姉ちゃんを抱きしめていた。
それからしばらくして私が落ち着いたところで、奏お姉ちゃんはリビングを見て指差した。
「ねえ、あれは美優羽ちゃんが作ったの?」
奏お姉ちゃんが指差しているのは私が作ったガトーショコラだった。
「そうよ。私が作ったガトーショコラよ」
「ジーーーーーーーッ」
奏お姉ちゃんが食べたそうに見つめている。どうしようか。今日の出来ははっきり言って酷い。そんなものを食べさせていいのだろうか。だけど、すごい食べたそうに見ている。
「あ、そうだったね。あれは大事な人にあげるのだったよね。そしたらまた今度だね」
奏お姉ちゃんは残念そうに目線を下に下げた。いけないっ。いくら失敗したとはいえ、奏お姉ちゃんに食べさせることなく終わるなんて。そんなのダメっ!
「た、食べていいわよ!」
その一言がやっと出てきてくれた。奏お姉ちゃんは驚いた表情で私を見ていた。
「けど、大切な人にあげるんじゃなかったの?」
「お姉ちゃんも、大事な人だから。だから、食べていいのっ」
少し乱暴な言い方になったが、言いたい言葉がやっと出てきてくれた。私は少し肩で息をしていた。
「美優羽ちゃん……。ありがとう。じゃあ食べるね」
そう言うと奏お姉ちゃんは戸棚からスプーンを一本取り出してきた。やっとここまで来れた。私の胸はまた熱くなってきた。
すっとスプーンで一口サイズに切り分け、奏お姉ちゃんは食べた。味はどうだったのだろう。
もしかしなくても不味かった? メレンゲがうまく作れてなかったから食感がイマイチだった? チョコの混ざりも微妙だったから味にムラができて美味しくないのかもしれない。
こんな事になるなら昨日作ったのを残しておけば良かった……。私が心の中で深い後悔に包まれている時だった。
「うん。美味しい!」
奏お姉ちゃんは笑顔を見せていた。
「ほ、ほんと⁈ 無理して言ってない?」
「そんなことないよ。ちゃんと美味しいよ」
そう言うと二口目を食べ始めた。良かった。満足してもらえる出来で。私はホッと胸を撫で下ろした。
それからも奏お姉ちゃんは美味しそうに一口、一口と食べ進めていった。
「美味しかったぁ。ごちそうさまでした」
奏お姉ちゃんは満足そうに手を合わせていた。
「お姉ちゃんの口に合っていて良かったわ。不味かったらどうしようって思ってた」
「そんなことないよぉ。美優羽ちゃんの作る料理はいつも美味しいんだから」
「もう、お姉ちゃんったら!」
私と奏お姉ちゃんが少し他愛のない話をしていると、琴姉がひょこっと顔を出してきた。
「二人とも盛り上がっているところ悪いんだが、晩御飯どうするよ?
「あっ!」
私は全く晩御飯の用意をしていない事に気づいた。時計を見ると8時30分。晩御飯はまだかと言われても仕方がない時間だ。急いで作らないと。
「もうこんな時間だから簡単なので済まそう! お姉ちゃんと琴姉手伝って!」
二人ははーいと返事をし、私たち三人は晩御飯の準備を始めた。
それから晩御飯は無事に作り終えてなんとかなった。色々あったけど、お姉ちゃんからチョコをもらうことができた。
本命のチョコかと言われたら多分違う。あくまで大切な家族にっていう意味のチョコだろう。だけど、今はこれでいい気もする。まだ告白してどうのこうのって段階にはないしね。
私のことを好きなのかはわからないけど、大切なのがわかっただけでも大きな進歩じゃないか。
この結果に満足することにしよう。今はそれでいい。だけど、いつかは……その時が来るまで、今日のことは忘れないようにしよう。
私は奏お姉ちゃんからもらった箱を大事に抱えながら静かに眠りについた。