「フレニア=スキゾイド。私たちアナタとの友達を辞めるわ。サリミュ=エトワール男爵令嬢を陰でいじめていた事を謝罪なさい」
社交界では壁の花。綺麗で美人を陰で悪く言う仲間たち。いやだったか。彼女たち三人はまさに今注目の的で主役。彼女たちがそれに酔いしれるのは当たり前と言えた。・・・陰キャラ期間がだって長かったもの。対して私は周りから悪く思われているであろう視線を受け止め、公爵令嬢として、同じ学友として、夜会のパーティーをぶち壊した三馬鹿を諫める立ち回りになる。ああ、何故こうなる。私の平穏が壊されていく。
「来なさいサリミュ、アナタも不満はあるでしょう?」
気弱そうな少女が前へ出る。
真剣な表情と顔には汗が浮かんでいる。
演技が上手いなあと感心した。
サリミュ=エトワール。彼女たちの新しい悪友であり、私の陰口を叩き回り評判を陥れ、私の両親の商売を陥れ市場を奪ったクソ女。
私は平静を装いつつも内心周りから貴族学院の卒業パーティーを台無しにされた事に対する怒りを周囲から一身に受け止めていた。
私はこの三馬鹿ならぬ四馬鹿に怒りがふつふつと湧き上がる。
思えばゴッコ遊びでいつも生贄役をされた。
思えば私は仲間たちから必要以上のイジリを受けていた。
思えば名前でちゃんと呼ばれたのが今だった。
フレニアは今、目を背けていた【自分だけが友だと思っていた】事に歯をギリッと軋ませた。
目の前の四馬鹿を人に対して初めて嫌悪感を抱き睨みつけている。
シャニーが庇うように前へ出る。
初めてフレニアから負の感情を向けられ動揺を隠してはいるが顔には汗が浮かんでいる。
なんで罪人如きにこんな目を向けられるのか本気で分かっていない様子である。
この社会は【聖印社会】
産まれもって宿った聖印で立場が決まる。
フレニアは聖印は聖印でも獣印。
獣印を授かるのは呪印者だけ。
呪印を持って産まれるのは前世で罪人の人。
つまり咎人以外獣印は授かれない。
周りから私を責める視線はそれも含まれている。
獣印持ちが人間の言葉を喋るな。
獣臭い。
罪人め。
貴族学院にいる時陰で言われた言葉だ。
ミザリーが庇うようにサリミュの前に立つ。
私はそれを下心ありと見た。
ミザリーは涼しい顔で大丈夫だからと背後にいるサリミュに言い聞かせる。それをコクコクと小動物のように首を縦に振る。
周りはその健気な様に私への非難の目が強くなる。
ミザリーが声高に宣言する。
大した事を言わない事は分かっていた。
大袈裟過ぎる。
「彼女は聖女印、聖女印であるのにもかかわらず魔女印だと触れ回った!」
それはテメェだろ!!! シャニー男爵令嬢!! 貴様全員の陰口を全員に教えて本人には言わず、最終的に一番儲けたのは貴様だろうがあああああ!!!
烈火の如く怒り狂う私の思考を冷却するのは非難の視線があるからだ。
「それはアナタ方も同じでは?」
きょとんとする四馬鹿。
いや馬鹿だろ。未だに気づけていないだなんて。
隣の奴はアナタの陰口を叩き回ってましたよ。
咳払いして私が指摘してもダメなら別の角度から責める事にした。
「それはつまり今までの援助、支援を今後一切受けず事業も全て手を引くと」
「いいえ! 手を引くのはそちらよ! 援助も支援も今と変わらずよ」
は、はあ?
大体人が始めた事業に後乗りして利益分配の時私の両親だけ仲間外れにして共謀した事をアナタ方両親はやったのですよ?
アイン=オールディ子爵令嬢。シャニー令嬢の美貌を褒め称えながら陰で一番口汚く罵り呪詛とアシッドアタックを計画したぽややん悪女。
正直実力行使な面があって一番人を殺しそうな彼女の前では警戒が解けない。
つまり、私と私の家に泥を被せ今まで通り仕事付き合いや援助や支援をその他諸々行えと・・・?
そして私と縁切りした際には社交界で孤立無援に陥れようと・・・?
私は扇子で顔を隠したが抑えきれなかった。
天を仰ぐ。
ああ、
「・・・ああ・・・」
扇子から笑顔が漏れてるシャニーが観念したかと呟く。
「なんです?」
「ああ・・・!! やっとテメェらみたいなクソ共と縁切りできる・・・!!! 神よ! 主よ! 心から感謝を述べます・・・!!!」
市場は好きにしろ、新たな市場を作るまで、事業は他に案がある。貴様らドブはドブを啜り続けろ!
ミザリーは明らかに動揺し、アインは抑えつけた怒りをはらみ、シャニーにいたっては扇子を持つ手が震えている。サリミュは不快といわんばかりの顔だ。
「なっ! し、失礼ですわよ! 謝罪を! 謝罪をしなさい!」
ミザリー=ムーン子爵令嬢。貴様の秘密をまずバラすか。
「ミザリー様、アナタはドレスではなく男性用の服を着るのが正しいのでは? いつまでも女のフリではこちらも困ります」
ミザリーは怒りから赤面した。誰にも言うなって言ってはいましたがアナタ普通に男性ですわよね?
「なっ!? わ、私はじょ、女性だ! そうでしょうシャニー!」
シャニーは一瞬、不快感を隠そうとして笑顔を張り付ける。
その声は怒りに満ちていた。
「勿論ですわ。誰が男などと」
「そうですか、ミザリー令息が度々女の子を引っ掛け外で行為に及んでいる事は知っていましたか?」
シャニーは今度こそ不快感を隠そうとしなかった。
そう、知っていたやはりか。
「そ、そんなの、う、嘘に決まってますわ。ねえミザリー?」
ミザリーは顔を隠してこの場から逃げようとする。
「ミ、ミザリー!? よ、よくもミザリーを!」
次はアインだ。
「アイン様、法律では成人まで致してはいけない事を知りながら教会で致しましたね?」
・・・まあコレは私も悪い、致す時の前の身体の処理を教えてしまった私にも罪がある。親から聞いて自慢したかったんだよ! 若気の至だ。
これには覚えがある貴族たちがアインに同情的で咳払いする者視線を逸らす者もいたが、大半は教会の信徒と教会という神聖な場所でおこなった事を責めるかのような視線を向けていた。
「・・・っ!」
一瞬の間、赤面だったが顔を両手で覆い退場した。
「よくも・・・!」
「サリミュ令嬢、アナタは確か最近王太子から褒賞を貰いましたね? 素晴らしい絵でした。残念です。アナタが描いていないなんて」
場がひりつく。サリミュ令嬢は身体から穴という穴から冷や汗が噴き出している事だろう。見て分かる。顔が真っ青だ。
「そしてシャニー、アナタが描いたんですよね? 好きな男に抱いてもらうために」
シャニーとサリミュは夜会の視線を一身に受け止めた。
先に逃げたのはシャニーでサリミュはそれを引っ張り二人してもつれあうように我先に逃げ出そうとする。
夜会はお開きとなった。
「それで新事業の案とはなんだ、フレニア」
私は金のドックタグを見せる。貴族学院を卒業し、試練を突破した証。国家刻印師だ。
「国家刻印師、とうとう取ったのだな」
「まず宮廷刻印師を目指します。ですがその前に荒稼ぎをしなくてはなりません。そこで私は職人ギルドを立ち上げ騎士と冒険者に武器と魔道具を売り商人には大金はたいてもらい貴族証を売ります、もちろん金額次第では通行証や商売証も。この世界は証が全て。生まれ持った【聖印】階級。私は聖印こそ宿しましたが機能はせずおまけに魔力にも【選ばれなかった】」
【聖印】を持つ者は魔力だって宿る。だが私は魔力が分からなかった。周囲はそれを【魔力に愛されなかった】、【選ばれなかった】と蔑んだ。おかげで聖印は起動せず、人として扱われた。
「! だがお前のおかげで食い扶持に困らずにすんでいる。お前のおかげだ」
聖印社会でも階級がある、魔印、聖印、王印。そして呪印。
【印】は大抵は武具の形をしており、中には五大元素の【印】の持ち主もいたとか。私は【印】の中でも最低辺【獣印】であった。
「その言葉だけで充分です、父上。職人ギルドを立ち上げた暁には人材確保と目が良い鑑定士が必要です」
「分かった、ツテに一人心当たりがある。きっとお前と気が合うだろう」
その言葉に一礼し、執務室から去った。
さて、私の方も動かないと。
呪印以外の無印者。
一般階級に当たる無印者は呪印者よりマシな扱い。
彼らはギルドの依頼をこなして生計を立てている。
そこで職人ギルドを立ち上げ、人材確保と安価で機能性に優れた武器や魔道具を冒険者たちに売り払う。
冒険者たちにはSランク相当の依頼を熟すレベルにまで育ってもらわなければならない。
そうなればレア素材が出回りそれを欲しがる貴族たちが出てくる筈だ。
だから私は品質を確認する鑑定眼の持ち主も雇わなければならない。正確な目を持った鑑定士が必要だ。
実は鑑定士はすぐに見つかった。いや見つけられたと言った方が良い。
「君の聖印を見せて欲しい」
フレニアが腕の良い職人と並行して鑑定士を探していた所、偶然にもこの少年が引っ掛けてきた。
「私の、ですか?」
おずおずと手の甲を差し出す、多少なりとも警戒心をはらんで。
少年の閉じた瞳がカッと開く。
「これは! やはり」
少年の先程までの態度との変わりように多少なりとも動揺してしまう。
「な、なんですか?」
少年は再び目を閉じる。だが興奮冷め切らぬ様子で急いで捲し立てる勢いだった。
両手を握りしめられる。
思わず内心ひぃっと声が出そうになった。
「君は【神獣】に選ばれた【神獣】の加護を持つ。想いだけで願いを無意識のうちに叶える【神獣印】だ!」
「しかも【神獣】は努力家を好む。君はきっと良い人なんだろうね」
「!!?」
少年の先程の勧誘した態度とは明らかに違い過ぎる。
先程勧誘した時はヘラヘラ笑ってまた今度ーと言っていたのに。
「な、何かの間違いです私は、」
私は、獣だ。
今までの経緯と社交界であった事を話をした。
何故だか彼なら素直に打ち明けられた。
彼は興奮が鎮まると冷静にさとしにきた。それがあんまりにも優しい声音だったから聞いてくるうちに涙が出そうになった。
「沢山傷ついただろうね、でもそれは君が無意識のうちに【認めて】いた事で君の友情も【信じたい】想いで歪んだ形で叶えられたからだと思う。君は君が変わり正しい人付き合いを身につければ望む人生が手に入る【歪んだ想い】は神獣は【歪んだ】叶え方しかしない」
つまり、認識の問題と彼は言ってのけた。目から鱗が落ち、ちゃんとした扱いを受けていればきっと国の聖女になってもおかしくなかったと優しい声で言う。
「で、でも私が努力家だなんて・・・!」
「指だよ、沢山たこがついている。よっぽど酷使しなきゃ現れないはずさ」
フレニアは手を見つめた。今まで刻印師になるためさまざまな物に文字を彫ってきた昼夜を時に忘れ、熱中するほど私は好きだった。
手をギュッと握り、前を向く。
「私のパートナーになってくれませんか!?」
「ブフォッ!? い、いきなり何言い出すのさ! 君!」
少年はとりあえずここじゃ目立つからと手を引いて連れ出した。
「俺、レイ」
思えば名も知らぬ相手だと気づき、非礼を詫びる。
「フレニア、フレニア=スキゾイドです」
「スキゾイドって炭鉱の? 精霊石が沢山取れるあの私有地」
レイは山を指す。仕事柄鑑定し見る事が多いんだと言う。
大体あってはいるが。
「それも奪われましたけどね」
「ならその炭鉱から精霊石は出なくなるだろうね」
「フレニアさんの加護に引き寄せられて精霊石はできたんだ。あの炭鉱からはすぐにでも取れなくなるよ」
「俺ってさ、鑑定士としては自分で言うのもなんだけど優秀な方だと思う。でも無印者だから軽んじられててさ」
「だから最初勧誘された時、貴族お得意の揶揄いかなって思った」
「もし本気だとしても断るつもりだった」
「・・・」
「だけど君の荒れた手を見て気付いたよ、仕事柄職人の手も観察していたから君もそうなんじゃないかとね」
「貴族で荒れた手を持つ令嬢。貴族なのに何故そうせざるおえないか、答えは明白だった」
少年が頭を下げて手を差し出す。
「僕は無印者、だけど君がそれでも良いと言うなら力を貸すよ」
よろしくお願いしますとレイは言う。
フレニアは手を取る。
今まで嫌いだった自分の手。
刻印師を目指し手を酷使していくたび周りから獣の手と呼ばれてきた。
「よろしくね、レイ」
少しだけ、この手を良かったと認めよう。
これから【聖印社会】だったものが彼女たちによって覆され新たな社会になるのはまた別の話である。