それからのこと
ドロシーの両親の喪が明けると同時に、アリッサはエルネストと婚約を結んだ。
子供のいないベルトラン夫妻が、アリッサを養女にし、アリッサは、アリッサ・ベルトランになった。
しかし、婚約しても、アリッサの日常は特に変わらない。
マージョリーの看護とドロシーの教育、そしてエルネストの補佐、そこに新たにエルネストの婚約者という役割が加わった。
カスティリーニ侯爵夫人となったら、一度は王都に足を運ばなければならなくなる。
その時、アリッサがブリジッタだと気づく者がいるかも知れない。
その時どうするか、エルネストは「伝手がある。その人に相談してみよう」と言って、誰かと手紙のやり取りをしていた。
それが誰だったのかはすぐにわかった。
額に角のあるユニコーンと、この世界の中心にあるという世界樹の紋章が付いた手紙が来たのは、それから二週間後。
「エ、エルネスト…これ…」
正式な結婚許可書とともに送られてきた封筒には、この国の王家の紋章が記されていた。
「来たか」
「え、どういうこと? まさか、あなたの言っていた伝手って…」
「私のかつての上司、王弟のカルロスト様だ」
「カ…カルロスト殿下」
今の国王陛下には二人の弟がいる。上の弟君は隣国の王配となられた。そしてエルネストの言うカルロスト殿下は、一番下の弟君で、国王陛下と年齢は十歳程離れている。
騎士団の副団長をされていて、社交界デビューの時に、一度遠くからその姿を拝見しただけで、言葉すら交わしたことはない。
「殿下には君の事情は伝えてある。一応君は外国の出身で、ベルトラン卿たちがその国にいた時に面識があり、彼らと交流していたが、今回彼の養子になったことになる。髪色を変えて化粧などで、別人に見えるように変装はするが、王族の方が君をアリッサだと認めてしまえば、疑問に思っても上手くごまかせるだろう」
「まさか、王弟殿下にそれを頼まれたのですか」
それに対してエルネストは頷いた。
「殿下には貸しがあるから、快く引き受けてくれたよ」
「貸し?」
「ああ、騎士団で殿下の補佐をしていたことがある。その時に殿下の恋の隠れ蓑になって協力した。表向き私が彼女と仲がいいことにして、その繋がりで彼女と殿下が交流していた」
王族である殿下と比べ、家督を継がない次男のエルネストの交際相手なら、世間はあまり注目しない。
二人が密かに愛を育めたのはエルネストの尽力があったからだと、殿下は今でも感謝されているという。
「いつか私にそういう相手が出来たら、たとえ敵国の人間であろうと協力すると、殿下はおっしゃってくれていた。それくらい容易いことだと、喜んで動いてくれたよ」
「エルネストが恋のキューピッドを?」
「キュー…ピッド?」
ギリシャ神話に出てくる天使だが、ここでは知られていない。
「あ、いえ、昔読んだ本に出てきた神様の使いで、その子が射た矢に射貫かれた男女は恋に落ちるそうです」
「恋に…では、さしずめドロシーが私達のキューピッドになるかな。あの子と君が出会ったから、私は君に再会できた」
「そう…なりますね」
エルネストの瞳がふっと柔らかく蕩けたようになる。
「アリッサ、こっちへおいで」
二人きりの執務室で、既に隣同士で座っているのだが、エルネストは腰を掴んで自分の膝の上に座らせた。
彼の筋肉質の太ももをお尻の下に感じ、胸が高鳴る。
それぞれ寝室は別にあるものの、既に彼とは夜を共にしていた。
倫理的な考え方をすれば、婚姻前の男女が体を重ねるのはいけないことだが、婚約の段階でそうする者は多い。
有紗としては経験はあっても、感じる体はブリジッタなので、初めての時は痛みを伴った。
エルネストは辛抱強く彼女の体を開き、快感を目覚めさせ、痛みを顔に出した彼女に優しく言葉をかけ、キスで蕩けさせてくれた。
ひとつになった時は、幸福に涙が滲み出た。
計算すると安全日だったので、妊娠の可能性は低く、体の奥に放たれたエルネストの熱いものを受け止め、快感に酔いしれた。
女性の月のものから危険日や安全日を計算する考えは、まだ世界では知られていない。
生理不順などもあるので、確実とは言えないので、避妊には適さないが、逆に妊娠したいと思っている人には非常に役立つ知識だ。
看護学校でそれを話すと、皆が絶賛してくれた。
もちろんこの方法を考えたのは彼女ではない。前世の知識から知っていただけだ。
実際にそれで妊娠できたと喜んでくれた。
「何を考えている? 私の膝の上は退屈か?」
エルネストが拗ねた口調で言い、アリッサの腰をさらに引き寄せる。その際に彼の顔がアリッサの胸の間に嵌まり込む。
「エル…」
アリッサは彼のことを最近は「エル」と呼んでいる。
「何だ?」
口元が胸に埋められているので、くぐもった声で答え、隙間から上目遣いに見つめてくる。
緑の瞳が濃い深緑になっているのは、彼の欲望に火が付いた証拠だ。膝の上にいるので、硬いものが太ももに当たる。
彼が何を期待しているのか、彼女には手にとるようにわかった。
腰にあった手も、誘うように彼女の体を泳ぐ。
「まだ宵の口ですよ」
軽く彼を嗜める。
看護人なのだし、診察するのだから当然男性の性については知識がある方だ。
しかし、前世では夫も含め、学生の頃からの三人しか経験がない。
しかも最初の男性とは一度デートしただけで、そっちの経験はない。
ブリジッタに至っては皆無だ。
「だめ…か?」
おやつを強請る子供のように、うるうる瞳を潤ませて問いかけられ、アリッサの胸がキュンとなる。
「だって、一度始めると終わらないじゃない」
エルネストは、いわゆる絶倫の部類に入る。騎士団で鍛えた体力は並ではない。
「それは君が悪い。何をしても可愛くて、艶やかで、君の仕草が何もかも私を煽るんだから…回数を控える…ように努力する」
だから…と彼の股間がさらに押し付けられる。結局、そんなエルネストの願いを彼女は拒めない。
求められる喜びと、それに彼女が応えた時の彼の歓喜に、彼女の体がブルリと震えた。
「程々にしてくださいね」
「善処しよう。でも、煽るのは君だからな」
「いたって普通にしてるだけですけど」
「私の愛撫に身を震わせて、可愛い声を出すのはどこの誰だ?」
「それは仕方がありません。好きな人に触れられて、気持ち良くないわけがありませんから」
「……だからそういうところが、煽っていると言うんだ」
「我儘ばかり言っていたら、婚約破棄しますよ」
少し照れて言うと、彼は満面の笑みを溢した。
「結婚許可書が届いたんだ。もう婚約期間は終わりだろう?」
そう言われて、それもそうかとほほえみ返した。