4 ジョアンと一緒にお留守番です
エヴァン様は全員で夕食をとった後、王宮に戻って行きました。
何かわかったら必ず知らせるからと、私を安心させてくださいます。
相変わらず本当に優しいエヴァン様です。
一泊してすぐに寮に戻る予定でしたが、伯爵夫妻が女王陛下のお茶会に行かれるというので、ララと一緒に留守番を頼まれました。
ばったりアランと出会ったときの心の準備もできていない私は、ありがたくお申し出を受けました。
「今日は久しぶりにジョアンの調子がいいみたいなの。一緒に遊んであげようと思うのだけどどう?」
「もちろん!私ジョアンのこと大好きなの」
「そう言ってくれると嬉しいわ。ほら、あの子個性的でしょ?もう六歳になったのにあまりおしゃべりもしないし、同じ本ばかり読んでるし」
「植物図鑑ね?この前一緒に見たけどなかなか興味深かったわ」
「そう良いってくれるのはロゼだけよ。メイド達も手を焼いていて知能が低いなんて陰口を言うんだもの」
「ひどいメイドね。ジョアンは知能が低いのではなくて、必要でないものを徹底して排除しているだけよ?興味のあることは天才的なほど探求するし、集中するわ」
「ありがとうロゼ。私もジョアンは天才なんだと思ってる。でも一般的な社会生活は無理ね。だからずっとこの家にいることになるのだと思うわ。お友達を作ることもなくずっとひとりで図鑑を見ているだけなんて可哀想だけど」
「私は友達だけど?」
「いつの間に?」
「かなり前よ。一緒に図鑑を見てた時に友達になろうって言ったら良いよって言ってくれたの。友達だからジョアンって呼べって」
「知らなかったわ。そう、ありがとうロゼ。あなたは私の大切な弟のお友達第一号ね」
「光栄だわ。ジョアンの好きなお菓子をもって行きましょう」
私たちはジョアンが気に入っているマカロンを籠いっぱいに詰めてもらってジョアンの部屋に行きました。
ジョアンは部屋の真ん中で寝転んで植物図鑑を見ていました。
ずっと同じものばかり見ているので、その図鑑の角は丸くなっています。
「ジョアン、お姉さまと一緒にマカロンでも食べない?」
「いいよ」
「ロゼも一緒よ」
「いいよ」
三人は向かい合って床に座りました。
真ん中にマカロン入りの籠を置いて、メイドが運んできた紅茶と一緒に楽しみます。
ジョアンは紅茶にとても詳しくて、一口飲めば茶葉の産地とブレンドの配合度合いまで言い当てます。
「ねえジョアン、今日の紅茶はどこのものなの?」
「アーリア州の新芽を少し発酵させてから乾燥したものが九割。ウーラ茶が一割。ブレンダーがローズマリーに触れてからブレンドして香りを移した。意図的だね」
ララが紅茶を運んできたメイドを見るとコクッと頷いた。
「正解ですって」
「当たり前」
「そんなこと言わないでよ。私はぜんぜんわからないんだもの」
「それならそれでいい」
本当に今日はジョアンの調子がいいようです。
だってララの質問にきちんと答えていますもの。
ジョアンは自分が興味を持ったことには天才的な探求心と記憶力を発揮するのですが、それ以外のことには全く興味を示しません。
知能が低いと言われたとララは嘆いていましたが、それは絶対に間違っています。
おそらくジョアンは兄姉の中でも、もっと言えば今在学している学園の誰よりも知能は高いと思います。
ただ一つのことがジョアンの評価に影響を及ぼしているのです。
それは他者とのコミュニケーションができないということです。
言い換えると他者の気持ちを慮ることが得意ではないのです。
しかしジョアンはとても優しい心を持っていますし、わざと他者を傷つけようとすることはありません。
それを理解したうえで接すれば何も問題は無いのです。
ふとジョアンを見ると、茶色のマカロンばかりを選んで食べています。
「ジョアンの今日の気分は茶色なのね?」
私はジョアンに問いかけました。
「春は虫が出る」
「そうね、春は虫がたくさん地中から出てくるわね」
「夏は黄色の蝶が出る」
「では夏になったら黄色のマカロンを食べましょうね」
「それでいい」
ララは私の顔を見てニコッと笑いました。
「ジョアンはロゼが気に入っているのね」
「うん」
「ロゼのどんなところが気に入っているの?」
「ロゼなところ」
「そう?ロゼも怒ったりするのよ?」
「当たり前」
「泣いたりもするの」
「当たり前」
ララは返事をしてくれるジョアンが嬉しくて仕方が無いようです。
「ロゼと一緒に庭に行かない?そろそろ虫がたくさん出ているわよ」
「うん」
ジョアンは立ち上がりさっさと歩き始めました。
ここで私たちを待たないところがジョアンらしいところです。
わかっている私たちは急いでジョアンを追いました。
大きな樟の木陰にあるティーテーブルに座って、ララとおしゃべりです。
ジョアンは先ほどから湿った地面を拾った枝先で掘り返すことに夢中です。
その穴から出てきた虫をじっと凝視して動こうともしません。
「ねえロゼ、本当にアランのことそのままにするの?」
「だって王女殿下のことを愛してるのって聞けないもの?」
「それは」
「もし否定されても疑ってしまうし、肯定されたら立ち直れないわ」
「そうよね。どちらも怖いわね」
「聞く勇気は無いけど、知らないままでいるのも怖い。どうすればいいのかしら」
ララと私はフッと溜息を吐いて紅茶のカップに手を伸ばしました。
目の前に置かれた籠には黄色とピンクと白のマカロンが入っています。
ずっと同じことばかり考えているのに、ずっと答えをみつけられない私の目の前に、白いマカロンが差し出されました。