キルミーテンダー
運転席のじじいの顔が全くの無表情に見える。
あ、死んだな、これは……。
わたしはやけに冷静な頭で考えた。
東北地方の小さな町の駅前交差点。
季節は冬。時は夕暮れ。
溶け切っていない前日の雪が残る路面にさらに雪が舞い降りて、ドライバーたちをイライラさせていた。
うるさく鳴るクラクション。
わたしは、そんな中、交差点を渡ろうとしていた。
もちろん、信号は青。
そこに、赤信号を無視して車が突っ込んできたのだった。
わたしは驚いてそちらを見た。車のドライバーは80歳くらいのおじいさんで、今まさに人をひこうとしているのに、何の感動も覚えていないような表情だった。人間も80歳くらいになれば、人を車でひいても何も感じなくなるのか、あるいは、自分が何をしようとしているのか理解できていないのか。
いずれにしたって、そんなことはこれからひかれる身であるわたしにとっては、どっちでもいいことだった。
わたしは引かれた。
思いっきり、体が宙を舞った。
そうして、地面に叩きつけられた。
遠くから悲鳴が聞こえてきた。
薄れゆく意識の中で、わたしは、これまでの40年間のしがない人生を思った。結婚もしていなければ、子どももいない、今付き合っている人もいない、花粉症や皮膚炎に悩まされ、キャリアアップとは無縁の事務職に甘んじて、何の希望も持たずに生きている自分は、生きながら死んでいるようなものだった。
なら死んでも同じか……。
とはいえ、まさか交通事故死とは……。
ひどいと言えばひどいけれど、しょうがない。人間、生まれてくる場所も選べなければ、死に場所だって選べないんだ。そう思うしかない。
わたしの視界は暗転した。