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第二十話 卒業式の夜

 非常招集による士官学校同期全員の繰り上げ卒業のため、簡素な卒業式が行われることとなった。

--数日経った、卒業式当日

 ラインハルトは、自分の部屋で革命軍の佐官用の軍服を着て、鏡の前に立つ。

 先日、叙勲された帝国騎士(ライヒスリッター)十字章(クロス)を着用。更に『緋色の肩章(レッド・ショルダー)』も着用する。

 ラインハルトが自分の部屋から寮の食堂に行くと、既に他のメンバーが集まっていた。

 ジカイラがラインハルトを冷やかす。

「お~。ラインハルト()()殿()、佐官の軍服が似合うね~」

「はは。今まで通りで頼むよ」

 ジカイラが自分の帝国騎士(ライヒスリッター)十字章(クロス)を指でいじりながら話す。

「しかし、微妙だ。革命軍の軍服に帝国軍の勲章とはな」

「革命政府が如何に手を抜いているか、良く判る」

「みんな、揃ったか? 体育館へ行こう」

 ラインハルトたちは体育館へ向かった。

 体育館には軍監と士官学校の生徒たちが集まっており、それぞれの小隊ごとに集まって寛いでいた。
 
 時間になったため鐘が鳴り、生徒達は席に着き、軍監や教官たちも席に着く。

 卒業式自体は簡素なものであった。

 名前を呼ばれた生徒が起立していった。偉い人の長い話が続く。

 卒業式が終わり、赴任地を知らされると共に生徒達に卒業証書が手渡された。







 卒業式が終わるとユニコーン小隊は寮へ戻り、いつものように食堂に集まる。 

 ジカイラが気の抜けた声を上げる。

「やっと、堅苦しい式典が終わった。しかし、この寮ともオサラバだなぁ。オレ達が赴任する『東北戦線』って、どんなところなんだ?」

 ハリッシュが答える。

「『東北戦線』。森と湖の国、メオス王国との戦線です」

「森と湖ね~」

 ジカイラの答えにハリッシュが説明を続ける。
 
「メオス王国は、交易公路から外れた位置にある中規模の王国です。国土の多くは森と湖で、国民は争い事を好みません。帝国とは長年、友好関係にあり、交易を続けていました。従って、革命軍が連戦連敗でも、帝国本土に王国軍が攻め込んでくる事には消極的でした」

 ハリッシュの説明を聞いたジカイラが呆れる。

「友好国とも戦争を始めるところが、如何にも革命政府らしいな」

 ハリッシュの説明にナナイが疑問を呈する。

「そもそも、何故、友好国と戦争する事になったのかしら?」

「表向きは『メオス王国による労農革命への武力介入』との事ですが、実際はどうなんでしょうね」

 ラインハルトが口を開く。

「そこら辺の詳しい事実関係の調査は、現地に行ってからだね。あと、夜に士官学校で卒業祝賀会をやるみたいだ」

「卒業祝賀会!!」

 ティナとクリシュナ、ヒナ、ケニーが大喜びで色めき立つ。

 浮かれる面々にラインハルトが申し訳無さそうに話す。

「ただし、軍服着用との事で」

 ティナが不満を言う。

「ええー。かわいいドレス着たかったなー」

 ジカイラも不満をこぼす。

「宴会に軍服かよ? また堅苦しいのはゴメンなんだがなぁ・・・」 

 ハリッシュが小隊メンバーを諭す。

「まぁ、卒業祝賀会は、舞踏会やサロンなどの貴族文化を『反革命的』として禁止した革命政府側と、帝国の伝統を継続したい士官学校側との『妥協の産物』ですから、やむを得ないでしょう」







--夜、卒業祝賀会の時間

 夜、卒業祝賀会の時間になりユニコーン小隊の面々は祝賀会会場の体育館へ向かった。

 祝賀会は立食式で簡素なものであったが、親睦を深めるには十分であった。

 ユニコーン小隊がラインハルトを先頭に通路となっている赤い絨毯の上を歩いて会場に入ると、通路の両側から拍手と歓声が湧く。

 先のガレアス艦隊との戦闘とその勝利により、ユニコーン小隊は士官学校同期の学生達からも『士官学校版凱旋式』とも言うべき大歓迎を受けた。

 学生達の和やかな時間が過ぎていく。

 ラインハルトは、周囲を貴族子女達や平民組の女の子達に取り囲まれ、質問攻めにあっていた。

「敵の提督はどのように倒されたのですか?」

「旗艦に斬り込んで大勢の敵を倒したのでしょう?」

 ラインハルトが周囲の女の子達に答える。

「戦闘の話など女性の方々には無粋で退屈なのでは?」 

 貴族子女の一人が答える。

「刺激的で興味ありますわ」

 そう話していると、一人の男がラインハルトに近づいてくる。

 オカッパ頭、瓶底眼鏡(びんぞこめがね)、出っ歯で小柄のネズミのような、神経質そうな小男。

「『処女(ヴァージン)殺し(・キラー)』と呼ばれるだけあって、将校の軍服が良く似合っているじゃないか。ラインハルト()()殿()

 甲高い、嫌味を込めた声の主はキャスパー男爵だった。

 キャスパーが続ける。

「女に囲まれチヤホヤされて、いい気になっているようだな」

 ラインハルトは嫌味を流して答える。

「キャスパー男爵。君は中尉に任官されたようで。おめでとう」

「我々、バジリスク小隊は東南戦線へ赴任する事になった」

「東南戦線。あのミノタウロスのような獣人(ビーストマン)が蔓延る荒野が戦場だと聞いている」

「そうだ。ボロ船を飛空艇で沈めるのとは違い、大地と血の『本物の戦場』だ。獣人(ビーストマン)ごとき蛮族など我がバジリスク小隊が駆逐してみせよう」

「ははは。それは面白い。 ・・・そうだ。提案がある。皆にも聞いて貰おう」

 ラインハルトは、そういうと大声で周囲に聞こえるように話した。

「みんな! 面白い提案がある! 我々、ユニコーン小隊は東北戦線へ! キャスパー男爵のバジリスク小隊は東南戦線へ赴任する事になった! 他の小隊も含めて、今後一年間、どの小隊が最も武功を挙げるか競争しよう!! そして一年後、また、此処で再会しよう!!」

「おおーっ!!」

 周囲から歓声が湧いた。

 キャスパー男爵がラインハルトに顔を近づけて呟く。

「見くびるなよ。()()殿()。私とて、いつまでも『補給処事件』の頃のままではない」






 卒業祝賀会が終わり、ラインハルト達は寮へ戻った。

 士官学校の寮の敷地は、貴族の子弟が居住する「貴族居住地区」と「平民居住地区」に分かれており、既に門限を過ぎていたため、ナナイは「貴族居住地区」の自分の屋敷へ帰った。

 ナナイが使っていた貴族用の屋敷は広かったが、ほとんど入浴と寝るだけに使っただけだった。

 「お帰りなさいませ。お嬢様。」

 「ただいま。(じい)。」

 ナナイが屋敷に戻ると、白髪の老執事がうやうやしく出迎えた。

 白髪の老執事がナナイを詰問する。

「お嬢様。巷ではお嬢様たちは『革命軍の英雄』などと持ち上げられておりますが、よもや、お嬢様の『お役目』を忘れられた訳ではありませんな?」

『お役目』とは、革命政府に人質同然に幽閉されている皇太子の捜索、救出と革命政府打倒のことである。

「分かっている。心配ない」

「ならば、よろしゅうございます」

(じい)。戦地へ赴任する事になった。『東北戦線』、メオス王国との戦線だ」

 白髪の老執事が考えるように上を向いて呟く。

「・・・メオス王国」

「ここは引き払う。(じい)はルードシュタットに戻り、引き続き定期的に連絡を」

「わかりました。お嬢様」

「今日は休む。(じい)も下がれ」

 ナナイの言葉に白髪の老執事はうやうやしく一礼すると、自分の部屋へ戻って行った。






 ナナイは自分の部屋に入った。

 真っ暗な部屋で、ベッドに腰掛ける。

 靴を脱ぎ、ベッドの上で両膝を抱える。

 ナナイは、自分が皇太子の婚約者(フィアンセ)であることや、『お役目』について、ラインハルトには何も言えずにいた。




 皇太子を探し出して救出したら、強力な帝国軍が革命政府を叩き潰す。

 皇太子は皇帝に即位して帝国は再興する。

 アスカニア大陸は、世界は、平和になるだろう。

 しかし、そうなると婚約によりナナイは皇太子の妻にされてしまう。

 ラインハルトと引き離され、別れる事になる。




 皇太子が見つからなければ、帝国軍は動けない。

 革命政府によってアスカニア大陸は混乱し、動乱の時代が続く。

 戦乱と麻薬、奴隷貿易で大勢の人々が犠牲になるが、ナナイはラインハルトと一緒に居られる。




 ナナイは悩んでいた。

(皇太子の捜索と救出。・・・『反政府活動』は国家反逆罪に問われる。確実に死刑になる)

(秘密警察に逮捕されれば確実に殺される)

(・・・死ぬ時は私一人でいい)

(私の『貴族の事情』『お役目』にラインハルトを巻き込めない。小隊の仲間も巻き込んでしまう)

 ナナイは、両膝の上に額を乗せる。

(・・・言えない。言えばラインハルトは、私のために全てを捨てる。全てを犠牲にする。・・・とても言えない。)

 真っ暗な部屋でベッドの上で両膝を抱えたまま、ナナイは呟く。

「・・・このままがいい。・・・ずっと傍に」

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