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7 猫がまたまた逃げました

結婚式の数日後、弟のジュリアが私に会いにやってきました。
約半年ぶりに会う弟は、驚いたことに私より背が高くなっていました。
私と同じブラウンの髪と瞳は物凄く一般的ですが、もともとスレンダーな子ですし、顔も悪くないのです。
君がイケメンに育ってお姉ちゃんはうれしいよ!

「久しぶりだね、姉さん。結婚式に出られなかったのは残念だけど。どうだった?」

「う~ん・・・どうってことなかったとしか言いようがないわ」

「?」

「まあ、あんたには話しておくけど、お父様と叔母様には言っちゃだめよ?」

「う・・・うん・・・わかった」

今後どのような事態になるとも限りませんから、味方は多い方が安心ですし、実の弟はなかなか頭も良いので共犯者にしておきましょう。
私は弟にこれまでのことを包み隠さず淡々と、事実だけを伝えました。
すでに共犯同盟を組んでいる使用人の皆さんも同席してくれました。

「・・・信じられない・・・」

そりゃそうでしょう。
それが普通の反応ですとも。
私の弟がノーマルな感性を持っていることに心から安心しました。

「それで・・・姉さん、これからどうするの?」

「どうするって?このままだけど?」

「このままって・・・顔も見せないような人との結婚を継続するの?」

「そうよ?何か問題が?」

「むしろ問題しかない・・・」

ジュリアは頭を抱えています。
そんな弟を見て使用人の皆さんはうんうんと頷いていました。

「姉さん、帰ろう。入籍しちゃったならバツが付いちゃうけど、このままここでコケにされて暮らすなんてどうかしてるよ」

「そう?コケにはされていると思わなくもないけど・・・お金には困らないし、領地経営も今までの経験があるからさほど難しくは無いし。義両親は優しいし、世間的には誰もがうらやむ傾国級の美貌の持ち主エルランド伯爵令息の妻だし?」

「本当にいいの?幸せなの?」

「幸せかぁ・・・うん。弟よ、そこには触れないでおこう。でもさぁ、月末になっても借金取りが来ないのよ?最高だわ・・・問題はあるけれど費用対効果としては些細なことね」

「ちょっと理解が追いつかない・・・姉さんのいう問題ってなに?」

「そうねぇ・・・自分の旦那様と街ですれ違ったとしてもお互い気づかないってことくらいかしら」

「姉さん・・・」

結局ジュリアは何一つ納得しないままでしたが、どうにか帰らせました。
もちろん秘密厳守の誓約書は書かせましたよ?
もし喋ったら針を千本飲ますのではなく、一本だけマジで目に刺すと書いたら震えながらサインしていました。
あの子は幼いころから私の言うことは良くきくいい子です。
昔からお尻を打つよと脅せば、たいがい何でも了承していましたから何も問題ありません。

ジュリアは何をしに来たかと申しますと、卒業後の就職先の報告でした。
王宮の文官試験には合格しておりましたが、配属先が決まったということでした。
それがなんと!
ルイス様と同じ「王族庶務部」ですって。
羨ましいですわ。
嫁の私より先に、義弟のジュリアが旦那様のご尊顔を拝するなんて・・・
もし旦那様をお見かけしたら、どんなお顔なのか報告するようお願いしたら、ジュリアったら悲しそうな顔をして頷きました。

不思議です。
何がそんなに問題なのかしら?
お金に困らないのよ?
毎日ふかふかのベッドでたらふくご飯よ?
私は心から感謝しているのですよ?
そんな私を弟と使用人の皆さんが切なそうな顔で見ています。

徒歩で来たという弟に、誂えた正装を持たせました。
ランディさんは籠いっぱいのお惣菜とお菓子を渡しておられます。
アレンさんはこっそり金貨の入った革袋をポケットに入れて下さっています。
これでは歩けないだろうとノベックさんが馬車を出して下さいました。
本当に皆さんありがとう!

数日後には関係各位への結婚報告と記念品の送付を終え、私は久しぶりに刺繡を再開いたしました。
それというのも、もうすぐ旦那様のお誕生日なのです。
ブローチとかの宝飾類か高級事務用品を用意すれば良いのでしょうが、旦那様ったら妻の経費計上をすっかりお忘れのご様子なのです。
ですので、今までと同じ金額しか入金されません。
おそらく義両親はそんな事態など想定もしておられないのでしょう。
私も要求しにくいですし・・・
なので私には自由になるお金が無いのです。
こんなことなら結婚式の衣装代を少しだけでも、がめておけば良かったわ・・・

ということで刺繡なのです。
真っ白なシルク地に金色と紺色で花の模様を刺していきます。
金と紺はルイス様のお色ですし、私たちの結婚式のブーケの色でもあります。
まあご本人はご存じないですが。

思っていたより家内管理も領地経営も難しくはありません。
没落寸前だったとはいえ同じ伯爵位ですから、扱う金額が千倍くらい大きくなっただけでやることはそんなに変わりませんもの。

暇に任せて刺しているうちに、総刺繡模様になってしまいました。
ちょっと重たいです。
でも、どうせお使いになることは無いでしょうから気にせずクラバットとポケットチーフに仕立てました。
マリーさんに素敵なギフト箱を用意してもらってカードを添えて出来上がりです。

『心からの感謝を込めて   ルシア』

だって他に書きようがございませんでしょう?
愛する旦那様へ・・・とか、とてもじゃありませんけど書けません。

旦那様はお誕生日もお帰りにはならないでしょう。
今回も全員で賭けをしようということになりましたが、0:6では成立しませんでした。
私はアレンさんに頼んでプレゼントを職場に届けていただきました。
なぜ自分で行かないかって?
だって・・・顔がわからないから誰に渡せばいいのかわかりませんもの。
そうなのです。
私ったら、自分の旦那様がものすごい美人だということはわかっているのですが、パーツの詳細はほぼ忘れているのです。

私が旦那様をお見掛けしたのは、もう6年も前ですよ?
しかも大勢の女性に囲まれていたので、豪華なドレスの隙間からチラッと見ただけです。
覚えているわけがありません。

私のプレゼントを届けて帰ってきたアレンさんは少し怒っておられました。

「なにかありましたか?」

「お嬢様・・・いえ、奥様。あのバカ旦那は王宮で盛大な誕生日パーティーをしたそうですよ。女王様が主催された舞踏会まであったそうです。たくさんのプレゼントを贈られそれはそれは嬉しそうにしておられたとか・・・死ねばいいのに」

「あらあら、私はまだ未亡人にはなりたくありませんが・・・そうですか・・・楽しく過ごされたのですね」

「もう死刑確定ですね。まあ仕事の都合もあったのでしょうが、舞踏会までしてもらうなら奥様を呼び寄せるべきでしょう?せっかくドレスも作っているのに・・・私は奥様が不憫で・・・」

「ありがとうアレンさん・・・」

それから数日後、想像を絶する数のプレゼントがお屋敷に届きました。
届けてくださった方が言うには、今回ルイス様が貰ったプレゼントの山だそうです。
事務所に入りきらないから屋敷に届けておくようにと指示されたということでした。
仕方がないので全員で山積みのプレゼントをルイス様のお部屋に運びます。

「どうされました?奥様」

急に動きを止めた私にリリさんが心配そうに駆け寄ります。
私ったら不覚にもまた泣いてしまったようです。
そんなに傷つく程のことではないのに・・・おかしいですよね?
私が持っている箱に気づいたマリーさんが、置かれたプレゼントの山を蹴り上げました。
美しい放物線を描きながら散らばるたくさんのプレゼント。

「・・・これも一緒に運んでおいてください」

私はそういうのが精一杯でした。
リリさんがそれを受け取り、ものすごく悲しそうな顔をしてくれました。
その箱は私が贈ったものだったのです。
開けた形跡すらない見知らぬ妻からの誕生日プレゼント。
そりゃ十把一絡げにされても仕方が無いのでしょう。

でも何日もかかって仕上げた総刺繡のクラバット・・・
ダメですね、涙が止まりません。
そんな私を抱きしめながらランディさんが言いました。

「もうこれは・・・怒り狂っても良いと思いますよ?」

「そうかしら」

「とっておきの方法をお教えしますよ。試してみます?」

「ええ、是非」

全員で厨房に向かいました。
大きな肉の塊が天井からぶら下がっています。
ランディさんは黙ったまま私にエプロンをさせて、小ぶりな包丁を渡しました。

「奥様、この包丁の柄をしっかり両手で握って・・・そうです。このケツんとこを自分の右わき腹に当てて固定してください・・・そうそう上手です。ああ、包丁の刃は上にして」

私は何をやらされようとしているのでしょう。

「手首を痛めますから絶対に腕を伸ばしてはいけません。体です。体ごとぶつかるのです。最後の一歩は全体重を乗せるイメージで。さあ!どうぞ!」

どんっ!

私は肉の塊に突進し、体当たりをかまします。
するとどうでしょう、先ほどまでのうっぷんが晴れていくではありませんか!

「遠慮しちゃだめだ!まだまだ甘い!もっと体重を乗せて!さあもう一度!」

どんっ!

「声も出しましょう!やあ-って」

やあ-!!
どんっ!

気持ちいい・・・とても気持ちいいです。
皆さんも拍手してくださいます。
私は何度も肉の塊にぶつかっていきました。

やあ-!!

あっ!大変です。あまりの気迫に、またまた猫が逃げ出してしまいましたわ。

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