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17話 まるで、新妻のような挨拶をされてしまった

その後、僕はギブソンさんから報酬の話を聞いた。依頼内容が長期間である以上、今詳細に決めておかないと後々問題となるからだ。この依頼の報酬額は出来高制で、最高で金貨50枚を貰えることになり、彼女と行動を共にしていく上で、生活資金として金貨10枚を受け取った。ミズセの両親も意外ときちんと考えてくれているのだなと感心していたのだけど、この前払いはギブソンさんの自腹のようで、そもそも彼の主様はミズセのことを見限っており、依頼自体も遂行不可と思っている。仮に、何らかのギフトに目覚めた場合であっても、適当な理由を付けて、金貨1枚程度を僕に支払う心積りらしい。

どこまで性根の腐った親なんだと憤ったものの、貴族の中にもそういった連中がいることは、僕も父から聞いている。こうして目の当たりにするのは、初めてだ。先ほど手渡された金貨10枚は、ギブソンさんなりの僕への慰謝料のようだ。

全ての話を聞き終え、ギブソンさんが帰ろうとした時、ミズセは涙目になって、彼の服の裾を掴んだ。

「行かないで」

「ほほほ、大丈夫ですよ。ミズセ様も、クロード様を見て気づいているはずです。彼は、あなたの親兄弟のような腐った人間ではありません」

ミズセは僕の言葉をずっと聞いていたせいか、身体の震えも止まっているけど、心細い表情を浮かべている。今日から環境の異なる生活が始まるのだから当然だ。

「でも…」

ギブソンさんは、ミズセの両肩に両手を優しく付け、彼女の目を優しく見据える。

「ミズセ様、【生きたい】という強い意志をお持ちなさい。これまで絶望しかありませんでしたが、クロード様と生活を続けることで、あなたは変われます。私の役目はここまで、後はあなたが自らの力で道を切り拓きなさい。クロード様、ミズセ様をよろしくお願いします」

「自分の出来うる最大限の力で、2人揃って幸せとなる道を探します!!」

ギブソンさんが深くお辞儀したので、僕も自分のできる範囲内で返答すると、彼は優しく微笑み、部屋を出ていった。結局、あの人はミズセの家名を最後まで語ってくれなかった。多分、僕のことを考えての行動だろう。部屋内には、僕とミズセとミレーユさんの3人だけとなったけど、ミレーユさんだけがスッと立ち上がる。

「クロード様、この依頼に関しては、たとえ失敗しても、罰則は生じません。特殊な依頼なので、依頼の掛け持ちもOKです。それと、お節介と思われるかもしれませんが、ミズセ様の冒険者登録を今日中にやっておきます。この部屋は、あと1時間使用可能ですので、まずはお二人だけで話し合い、今後の行動を決めてください」

そう言うと、彼女も部屋を出て行き、僕はミズセと2人っきりになった。


○○○


今、ミズセは僕の用意したサンドウィッチをパクパクとリスのように頬張っている。その姿は12歳ではなく、8歳くらいの幼児にしか見えない。あの後、彼女から話を聞こうとしたら、お腹の音がぐううう~~~と大きく鳴ったので、彼女を見ると、恥ずかしさで顔を真っ赤にしており、見ている僕までなんだかほんわかする気分になってしまった。

『少し待ってね。マジックバッグから食べ物を出すよ』

今日購入したサンドウィッチを出そうとしたら…

『ごめんなさい。私…少食…なの。一人分の…1/3くらいまでしか食べられない。無理に食べると、全部吐いちゃう』

ミズセは怒られると思ったのか、俯き気味で自分の弱さを暴露した。

『え!?』

[少食]、[吐く]というキーワードを聞いたことで、僕は嫌な想像をしてしまう。

『毎日虐められて、食事の量もほんの少しか与えられていないんだね』

その時、彼女は何故かキョトンとして、顔を横に傾ける。

『皆から虐められていたのは事実だけど、食事に関しては1日3食を与えてくれた。でも、祝福の儀以降、その食事でも虐められるようになった。家族から生きている価値なしと判断され、私は奴隷のような扱いになった。朝も昼も夜も、食事量が多過ぎるの。食事の時間は、私にとって拷問同然だった』

これを聞いた時、僕の頭の中は???でいっぱいとなった。

『私の食事メニューは決まってる。朝はステーキ・昼はハンバーグ・夜は唐揚げ、全てがとても濃い味付けなの。家族は毎日これらを無理矢理私の口の中に必要以上に入れてくる。食べ終わる頃には、お腹がはち切れそうになり、いつも庭に出て、端っこで全部吐いていた。あの人たちは、それ見て愉快に笑っていた』

それを聞いた瞬間、僕の思っていた虐めとは異なるものだと理解した。そういう真逆の方法で、大人が子供を虐めてくるとは思わなかった。そりゃあ、朝っぱらからそんな濃い食事を無理矢理食べさせられていたら、全部吐いて当然だし、身体も太るどころか、細くなるはずだ。多分、今の彼女は相当消化機能も低下しているに違いないと思った。だから、厚みのないハムレタスサンドと、先程用意された紅茶にお湯だけを入れて、少し薄いものにしてから彼女に渡した。

『久しぶりに、サンドウィッチを見たわ。……美味しい…美味しいよ…もうこんな気分で食べられないと思っていたのに…美味しい…美味しい…嫌だ…死にたくない…私は生きたい…生きたいよ』

ミズセが、小さなお口で一口だけパクッとサンドウィッチを食べると、その途端に大粒の涙を流し、自分の心の奥底に秘められた思いを切実に訴える。始めこそ泣いていたけど、彼女なりに覚悟を決めたのか、目に強い意志を宿し、パクパクと食べていくようになった。

「ご馳走様。お腹も、少し余裕がある。全然、吐きたい気持ちにもならない。ギブソンの言った通り、クロードなら信用できる」

「それは良かった。君の胃袋の大きさも考慮して、少なめにしておいたからね。ミズセ、僕と協力して、この難局を乗り越えよう」

「不束者ですが、宜しくお願い致します」

椅子に座った状態で、深々とお辞儀してきた。う~ん、これから仲間として行動していくのだけど、言い方が何か違う気がする。

「こちらこそ、よろしく。今後の予定だけど、まずは生活資金でもらったお金で、君用の冒険者服と短剣を購入しよう」

猶予期間は半年、彼女の魔力欠損の原因を掴み、身体内から生み出さないといけない。でも、行動するにあたって、焦りは禁物だ。

「冒険……この細さで魔物と戦って勝てるかな?」

「厳しいことを言うけど、それは無理だ。君には、魔力とギフトだけでなく、体力などもないからね。祝福を受けていない以上、冒険するにしても街中での仕事がメインだよ。まずは、いっぱい食べて、身体を成長させて、体力を付けよう。その間に、僕は自分のギフトの開拓を進めていく」

「半年以内に間に合うのかな?」

彼女の不安がる気持ちもわかるけど、まずは原因を究明することが先決だ。

「希望はある。今、自分のステータスを確認したけど、僕のギフト[壁]は青く点滅している。通常は青く点灯しているだけで、点滅は襲いくる不幸を回避するための手段として出現する現象なんだ。つまり、このギフトを上手く使いこなせば、君の魔力欠損も克服できることを意味している」

たとえ、僕が死ななくても、ミズセの死は僕の不幸に繋がる。
突破口は、僕のギフトのはずだ。
それを愚直に信じる!!

「でも、開拓って、どうするの?」

ギフトに目覚めて以降、僕は自分なりに考えた様々な仮説をノートにまとめている。そのうちの一つが実証されれば、彼女を助けられるかもしれない。

「僕に考えがある。上手くいけば、ギブソンさんから聞いている君の人見知りな性格を改善できるし、君の体力強化にも繋がるし、僕のギフトも新規開拓できる」

今日中にミズセの準備を終わらせて、明日から取り掛かろう。

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