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第一節 付き合ってください、魔王様

「お、俺と、付き合ってください!」

「「「——は?」」」

 俺、(やわら) 憂臣(ゆうじん)。勇者だ。俺は今、人生最大のピンチに立たされている。というか、自ら飛び込んだ。

 Bランクパーティ「ゴールドキャッツ」の仲間、クレイグ、ライネットと共に最終ダンジョン最上層の部屋まで辿り着き、目の前にいるのは最終ボス、魔王マオン・ダルクレド・ガーネット。

 こんな状況で、俺は自分でも信じられない行動に出た。バカと言われようが、それでも勇者かと罵られようが、構わない。

 俺は、魔王(マオン)に恋をした。

「な、な、何を考えてるんだユウジン!?」
「あんたっ! ここまできたらバカもご愛嬌じゃ済まないわよっ!?」
「しょうがないじゃないか。好きなものは好きなんだ」

 二人の仲間は口をあんぐりと開け、固まっている。ここまで一緒に頑張ってきた彼らには、本当に申し訳が立たない。けど、伝えるだけは伝えておきたい。
 例え、けっして実らない恋だとしても。

「キミ、私のことが好きなの?」
「う、うん! 最初に見たときから、ずっと……」

 困ったような顔をするマオン。ダメか。まあ、そうだよな。俺、勇者だし。

「ごめん、困らせるようなこと言って。伝えておきたかっただけだから。さっ、これで思い残すことはないから、ひと思いにスパッと——」

「いいよ」

「え?」

 耳を疑った。今、「いいよ」って言った? 彼女が?

「いいって、いいの? ほんとに?」
「うん、そう言ったでしょ。ただし————私の部下になったら、ね」

 また、耳を疑った。部下? え、俺が魔王の部下になれば、マオンが俺の彼女になってくれるの?

「部下……もちろんです! 魔王様!!」

 後ろにはまだ二人がいるはずだが、もはや何も聞こえない。多分、言葉も出ないんだろう。仮にも世界を救うはずの勇者が、魔王に一目惚れし、告白して、挙げ句の果てには、付き合う条件として彼女の部下になったのだ。

「うん、じゃあ、契約するから、私と『くちづけ』を……」
「く、くちづけ!? いきなり!?」
「うん? 契約といえば、くちづけだよ」

 な、なんてこった。いきなりハードルが高すぎる。だが、四の五の言ってられない。こんなラッキーなことはないんだ。よかったな、俺!

「じゃ、じゃあ、いくよ……」
「ちょちょ、ちょおーーっとまったあぁぁ!!」

 彼女の美しいピンク色の唇に、自分の唇を近づけようとすると、クレイグが急いで止めに入った。

「な、おい、ユウジン。今からでも遅くない。仕切り直して、魔王と戦おう! 俺たちはそのためにこれまで頑張ってきたんじゃないか!」

 パーティを率いるべき勇者として最低の俺に、未だキラキラした目で訴えてくる。

 戦士クレイグ・ブラックストンは、へなちょこな俺よりだいぶ剣術の才能がある、「ゴールドキャッツ」の優秀なアタッカーだ。剣の腕前もさることながら、少年のような前向きさでいつもパーティを引っ張ってくれていた。

 今回も、俺の奇行を一瞬の気の迷いか何かと思っているんだろう。
 だが、彼には悪いが俺は本気だ。

「ごめん、クレイグ。俺は戦えない」
「……それは——それは、俺たちと戦うつもりだってことになるぜ。俺と、ライネットと。俺は、そんなの嫌だよ……」

 クレイグは俯き、黙ってしまった。これ以上、俺の心を痛めないでくれ。俺、ひょっとしなくても魔王よりひどい奴じゃないか。
 その様子を見ていたひとりの女が、ついに俺への怒りを爆発させた。

「あんたねえ! バカもいい加減にしなさいよ! 誰のお陰であんたみたいなへっぽこがここまで勇者やってこれたと思ってるの!? クレイグが一緒に戦ってくれたからでしょ!! あんたなんか、化けナメクジにだって勝てやしなかったじゃないの!」

 怒涛の勢いで口から毒を吐かれ、ここまで言われると逆にムカッとする。俺が100パーセント悪いんだけど。

 魔法使い、ライネット・シンクレア。なんだかんだで小さい頃から付き合いのある幼馴染みというか、腐れ縁。俺にはいつも当たりが強いくせに、他の奴、特にクレイグに対しては嘘のように優しい。その理由は——

「何だよ! お前のほうこそ、いくらクレイグにベタ惚れだからって、俺にばっか無茶苦茶言いやがって!!」

 つい、言ってしまった。まあ、当のクレイグもこいつの気持ちは知っているから、問題は————あったようだ。
 ライネットは顔を真っ赤にし、今にも殴りかかるかと思う程に詰め寄ってきた。

「あんたって、ほんっと最低ね! 魔王と一緒に、地獄へ落ちれば!?」
「うるさいな! 俺がいなきゃ、夜にひとりでトイレも行けな——ぶっふぇ!?」

 鉄拳制裁。本当に顔面をぶん殴られた。

「お……お前、本当は武闘家向きなんじゃ……?」
「もういいわ! あんたはバカだってわかってたけど、ここまで最低の男だとは思わなかった。とりあえず今日は帰るけど、代わりの勇者を見つけて絶対あんたと魔王を倒してやるんだから!!」
「か、勝手にしろ! 俺がいなくなって寂しくなっても知らないぜ!」

 ライネットは俺の言葉を無視し、まだショックを受けているクレイグを促し魔王の部屋を出ようと歩き出す。
 途中、クレイグはこちらをチラチラと見てくるが、ライネットは全く気にする素振りもなく、大股でずんずん歩いていく。
 出口の扉の前まで行って、クレイグは立ち止まり、くるりと振り返って大きく息を吸い、叫んだ。

「ユウジン!! 俺は待ってるからな! お前が戻ってきてくれるって、信じてる。 だから……だから、ギルドでずっと待ってるから、きっと来いよ!」

 言い終わった後も名残惜しそうなクレイグの手を引き、ライネットは部屋を出ていった。

「よかったの……?」

 呆然とする俺に、マオンが声をかける。そうだ、彼女はずっと俺たちの口論を聞かされていたんだ。

「ああ、ごめん、魔王様! 契約の続きをしないとね……」
「それならもういいよ。キミたちが話している間に儀式は終わらせたから」
「え、ああ。そ、そうなん……だ。そっか」

 うん、そうだよね。いきなり口は早いよね。わかってたさ、わかってた。

「あー、何かガッカリしてる? 私と『くちづけ』したかった?」
「え!? いや、別にそういうわけじゃ。いや、もちろんしたくないわけはないんだけど、えっと、その……」
「フフッ。大丈夫だよ、これからずっと一緒なんだから!」
「……うん! よろしく、魔王様!!」

 こうして、俺に生まれて初めての彼女ができた。まあ、魔王様で、俺は勇者で部下なんだけど。

 だが、俺はこのとき知らなかった。俺の告白を受け入れた彼女の、真の思惑を——。

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