ドッペルゲンガー
結局、マリアの命がかかっているということで、お胸を触診することに……。
彼女と言えば、ベンチに座って、身体を俺へと向ける。
両手は膝の上に置いて、姿勢をピンと真っすぐ伸ばしていた。
そうすることで、改めてマリアの小さな胸が強調される。
思わず、生唾を飲み込む。
合意の元とはいえ、両手でパイ揉みとは、初めての経験だからな。
「じゃあ、いくぞ……」
「うん」
この時ばかりは、マリアも視線を地面に落とし、頬を赤くする。
ゆっくりと、両手を彼女の胸元へと近づける。
大きな白いリボンが邪魔だったから、手で払い、そして低い2つの山へ到着。
お山のふもとから、てっぺんまで優しく押し込む。
いや、感触を楽しんでいるに過ぎないのだが……。
「あんっ……」
甲高い声で反応するマリア。
妙に色っぽい。
そりゃ、そうだよな。
ラブホの前で、触診とはいえ、めっちゃ揉んでいるのだから。
だが、俺は至って冷静だった。
それは乳がんという、疑いがあるから……ではなく。
違和感を感じていたからだ。
「んんっ!?」
思わず、声が出てしまうほど。
“変化”に驚きを隠せない。
それもそのはず、秋ごろに帰国したマリアの胸を事故とはいえ、ダイレクトに揉みまくった時とは、大きな違いがあったからだ。
無い物がある……。
以前の彼女は、付けていなかったはずだ。
ブラジャーを。
ノーブラで柔らかい胸を揉み揉みさせて頂いたから、あの気持ち良さはしっかりと覚えている。
しかし、この感触は……。
硬すぎる。ブラジャーをしていても、肉感が皆無だ。
下着のワイヤーもあるだろうが、それよりも全体的にカチカチ。
パッドで少し膨らみはあるけど……無いに等しい。
これは女性の胸ではない。
「お、お前! 本当にマリアか!?」
驚いた俺は、咄嗟に胸から手を離そうとしたが、両腕を掴まれて動けない。
視線を上にあげると、ニッコリと優しく微笑んでいる彼女の姿が。
「やっと、汚れが落ちたね☆」
喋り方が急に変わった。
「え? ま、まさか……」
「バァ! アンナだよ☆」
「うそでしょ……どこから?」
※
俺の脳内は大パニックを起こしていた。
一体、いつから、アンナだったんだ?
確かに最初、電話で取材を申し込んできたのは、間違いなく女のマリアだった。
喋り方も何1つ違和感のない自然な彼女のまま。
あの強気で上から目線なマリアを演技だけで、今まで騙していたというのか……。
信じられん。
仮に演じていたとしても、中身はおバカなミハイルだ。
頭の良い帰国子女、マリアをあそこまで完コピできるか?
「な、なぁ……今日の取材って、俺はアンナとデートしていたのか?」
「そうだよ☆ 最初からね」
「えぇ……」
血の気が引き、脇から汗が滲み出るのを感じた。
怖い。どこまでやるんだ、この人。
頭が痛くて寝込んでいたんじゃないのか?
両手で頭を抱え、考え込む俺を無視して、アンナは嬉しそうに微笑む。
「タッくん。マリアちゃんなんて、最初からいなかったんだよ☆」
「え? それ、本当か……」
「うんうん☆ 全部、アンナがやっていた偽りの女の子だよ☆ 見ててね」
そう言うと、瞳に人差し指を当てて、何やら小さなレンズを取り外す。
ブルーのコンタクトレンズだ。
両方外せば、エメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝き始める。
「慣れないカラコンだから、目がゴワゴワしちゃった☆」
「……」
俺は一体、どうしちまったんだ……。
彼女の言う通り、マリアという幼馴染は、この世には存在しない人物なのだろうか。
それとも、催眠にでもかけられているのだろうか……分からない。