決意の白ブリーフ
「ヅラリーノがここに現れたということは、ここに俺らがいる事を黒薔薇党に知られた可能性は高い。
ここから移動するぞ。」
すぐにも移動したいのだが糞平がいない。
「おい、糞平ーーーっ!」
と呼んだのだが、糞平は未だに屋上の端で体育座りをしている。
まだ途方に暮れているのか?
俺たちは糞平の側へ行き、
「糞平、ここから移動するぞ。」
と呼び掛けると、やっと糞平が振り返った。
ただでさえも土気色をした糞平の顔が生気を失っている。
「僕はここに残るよ。」
その糞平の返答に耳を疑った。
「糞平、お前は正気か?敵はもうそこまで迫ってきているんだぞ。」
「僕はいいんだよ。」
「何がいいんだ?」
「僕にはあの布団の無い人生なんて考えられないよ。」
「布団なんて新しいのを買えば済むことだろう。」
「シロタン、君はわかっていないんだよ。
僕の人生にとって、あの布団は唯一無二なんだ。」
この状況においても糞平の言葉には抑揚が無い。
平常心で言っているのならば、それだけ意志は固いのだろう。
「わかった。」
俺は踵を返す。
「待ってよ、シロタン!
糞平まで見捨てるの⁉︎」
クロが俺の前に立ち塞がる。
「見捨てるわけではない。
糞平の意志を尊重しただけのことだ。」
クロはいつものわざとらしいぐらいの真っ直ぐな瞳で俺を見据えてくる。
こいつ、自分の本気さを主張してるのか?
俺とクロの間で沈黙が流れる。
「それなら僕も残るよ。」
沈黙を破ったのはクロだった。
クロは唐突に制服を脱ぎ始めた。
シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、靴を脱ぎ、肌着まで脱いだ。
クロは白ブリーフに白靴下のみの姿で仁王立ちとなり、ゆっくりと白ブリーフの腰のゴムに手を掛ける。
脱ぐのか?
全裸に白ブリーフの姿へとなるのか?
クロは白ブリーフを下ろすことに躊躇しているようだ。
それにしても生白く痩せこけてて貧弱な裸だ。
「よし!」
何かを決意したかのように一言発したかと思うと、白ブリーフから手を放した。
なんだ。結局、脱がないのか。
クロは脱ぎ捨てた白シャツと白の肌着を拾い上げると、栗栖の爆発の衝撃で落ちていた鉄筋を拾い上げる。
白シャツと肌着をその鉄筋に結び付け、
「この格好なら、僕が彼らと敵対する意志が無いことを理解してくれると思うんだ。」
クロは白シャツと肌着で白旗を作っていたのだ。
「さらに白旗まで持ってるから、きっと彼らはわかってくれるはずだよ。」
クロは白旗を掲げ、満面の笑みを浮かべた。
おめでたい男だ…
「投降するのか。」
「うん!これで行けば黒薔薇党もわかってくれるよ。
彼らは僕たちを誤解していると思うから、その誤解と解いてくるよ。」
どこまでもおめでたい野郎だ。
呆れて何も言えない。
西松か堀込って野郎の横に全裸十字架が一本増えるだけだってのに…
「俺に(お前は何もやらない)と言われたから意地になっているのか?」
「……、僕にだって意地はあるんだ。」
「わかった。
お前が自分の信じるものの為に命を懸けたいのなら、そうすれはいい。」
「必ず誤解を解いてくるよ。」
クロはくどいぐらいの真っ直ぐな瞳で俺を見る。
どうにもならない現実を前にして、理想だの理念へ逃げたのだろう。
それは置いておくとして、高梨と妻殴りとパリスはどうするのか、
「お前らはどうするんだ?」
「僕はいつでも詩郎と一緒だよ!」
高梨のこれはどうにかならないものか。
「おれもシロタンといぐよ。」
妻殴りがそう言った後、パリスはいつもの薄笑いを浮かべ頷いた。
「こういうことだ。クロよ。
達者でな。」
「うん、みんなもね。」
見送るクロを後にして、俺たちは屋上の真ん中近くにある上に突き出た部分、塔屋にあるエレベーターを目指し移動し始めた。
校舎から脱出するにもどうしたものか。
「そうた、高梨。お前は黒薔薇党が占拠する前に高校へ来てたのか?それとも占拠された後か?」
「ネットで占拠されたという投稿を見て急いで来たんだよ。だから後だよ。」
「ならば、お前は地雷をどうやって避けて校舎に侵入したんだ?」
すると高梨は校舎の裏手の方を指差す。
「通りを挟んだ向こう側に旧校舎があるよね?
旧校舎のプール近くには地下道があって、それがここの地下一階のボイラー室に繋がってるんだよ。
さすがに黒薔薇党の連中はその地下道のことは知らなかったみたいでさ、お陰で楽々入れたよ。」
「そのちかどうのウワサはきいたこどあるよ。
ほんとうにあったんだ!」
妻殴りだ。
俺はそんな噂なんて聞いたこと無いのだがな、こいつらなんでこんな噂を知っているのか…
それは置いておくとして、
「よし、その地下道を使って脱出だ。
ただ、そのB1のボイラー室からはどうやってここまで来た?」
「ボイラー室は地下にある給食室に繋がってて、給食室を出て階段で一階に上がってからはエレベーターに乗ってきたよ。」
「よし、まず給食室へ行こう。
その前に奴らから武器を頂いて行くぞ。」
奴らとは、高梨が不意打ちをし撃退した黒薔薇党員のことだ。
さっきは死ぬかもしれないギリギリの状況で見る余裕も無かったのだが、こうして改めて見ると、約十人ぐらいの屍が折り重なる様にして倒れている様は凄惨の一言だ。
これを死屍累々と言うのだろう。
俺たちはその屍たちから自動小銃や拳銃を奪う。
そんな中、ふとヅラリーノのことを思い出した。
俺はまだヅラリーノの生死を確認していなかったのだ。
転がる屍を一つ一つ、よく見る。
あった。
ヅラリーノは血塗れでうつ伏せに倒れていた。
俺は車椅子を操作し、ヅラリーノに近付く。
ヅラリーノを観察したのだが、奴は息も無くピクリとも動かなかった。
屍のようだな…
しかし屍となってもヅラリーノはヅラリーノだった。
帽子を被っていたのだ。
「屍と化しても、まだ被るのか…」
それがヅラリーノのヅラリーノである所以なのだろう。
しかしだな…
俺は何か長い物はないかと思い巡らす。
先程、高梨から渡されていた自動小銃を使おう。
自動小銃の銃床を掴み、銃身先端に取り付けられていた銃剣をヅラリーノの野球帽に引っ掛けようとするのだが、中々上手くいかない。
何度も銃剣がヅラリーノの後頭部に刺さる。
何度か繰り返すうちに、なんとかヅラリーノから野球帽を脱がすことが出来た。
銃剣から野球帽を手に取り、それを明後日の方に向かって投げる。
「屍に帽子なぞ不要だ。ありのままの姿で逝くがいいさ。」
「詩郎。何やってるの?」
高梨だ。
「詩郎、早く行こうよ。」
「すまん。ちょっとやることがあってな。」
高梨とパリスと妻殴りは武器を調達し終え、エレベーターの前にいた。
俺は車椅子を漕ぎ、エレベーターの前で待つ三人の元へ急ぐ。
高梨がエレベーターの下りボタンを押すのだが、ボタンは光らず、現在のフロア表示も消えていた。
「電源を切られたようだな。」
黒薔薇党の仕業だろう。