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ヅラリーノ

ヅラリーノ、こいつは同じ高校に通う同級生だ。
本名は…、知らぬ。
本名が何だったのか忘れるほど、こいつはヅラリーノなのだ。
勿論ヅラリーノってのは異名なのだが読んで字の如く、こいつの頭髪は偽髪、カツラなのである。
そしてこの異名の名付け親は俺なのだ。

あれは高校の入学式の日のことだ。
隣のクラスの入学生であからさまにカツラの奴がいて、それがこのヅラリーノだったわけなのだが、俺はそれを見て笑ってしまったのだ。
まぁ、仕方のないことだろうよ。
まるでパーティグッズみたいな安物のカツラを入学式で装着している、そんなふざけた野郎がいたのだからな。
俺がカツラを見て笑ったことに気付き、奴は事もあろうに俺を肥満児と呼びやがったのだ。
そこで俺の口から咄嗟に出た言葉が

「このヅラリーノが!」

だったのだ。
それでヅラリーノが激怒し、俺の胸倉を掴んできたから俺は奴の髪を鷲掴みにしたのだがな、これが思いの外、容易く外れ、俺はそのままカツラを明日に向かって投げてやったのだ。
その時以来、奴は全校生徒からヅラリーノと呼ばれることとなり、俺との因縁、抗争が始まったのだ。
俺としてはヅラリーノのことなど眼中に無いのだがな、事あるごとに因縁を付けてくるから、俺はその都度こいつのカツラを引っ剥がし、時にはそのカツラをトイレに流し、時には目の前で燃やし、時にはカツラの裏面に痰を吐き、そのまま奴に被せてやったこともあった。
そんなこともあったせいか、奴にしてみたら俺が一番の敵なのだろう。

「ヅラリーノか。またカツラを剥がされに来たのか?
それはいいとして、俺に剥がされたカツラの数は幾つになった?」

「カツラ?何の話だ?」

ヅラリーノが不敵な笑みを浮かべる。
今日のヅラリーノは何処かが違う。
何が違うのか?

髪だ…
カツラであることには変わりないのだが、いつもの東急ハンズで買ったパーティグッズみたいなカツラではなく、本物のカツラをしている。
しかも増毛とか植毛のテレビCMで、増毛後のちょっと格好いい髪型みたいなカツラをしてやがる。
だからヅラリーノはちょっとばかし、いつもより自信ある雰囲気なのか?

いや違う、それだけではない…
それだけではない何かを感じる。
この違和感は何だ?

ヅラリーノは野卑た中年男みたいな人相をしているのだが、今日はどことなく…
福山雅治に寄せているような気がしなくもない。
こいつ、顔のお直しでもしてきたのか?
こいつの家は高校生にして顔を直せて、精巧なカツラを買えるほど裕福だったのか?

そんなことはどうでもいい。
いつも通りにこいつのヅラを引っ剥がし、不快な光沢を放つハゲ頭を白日の元に晒す。
そしてそのカツラを蹂躙してやろう。

話はそれからだ…

俺はクロに近寄り小声で、

「おい、クロ。今日はお前がいつものアレをやれ。」

「シロタン、待ってよ。俺やったことないし、」

そうだ、いつものアレは栗栖がやっていたのだ。
仕方ない、

「それなら、今日はパリスがやれ。」

パリスはいつもの薄笑いを浮かべると、小走りでこの場を離れた。

後はパリスが配置に付くまで時間稼ぎだ。

「今日はその新品のカツラをどうしてやろうか?
また燃やしてやろうか?それとも糠漬けにしてやろうか?」

「だからこれはカツラじゃないんだよ。」

「ならば、植毛か?」

「違うぞ。これは地毛だ。」

俺の挑発にヅラリーノは冷静だ。

「見え透いた嘘はやめておけ。
お前という人間はカツラという業を背負って生を受けたのだ。
お前がカツラじゃなかったら、誰がカツラだと言うのか。
それは置いておくとして、今日のカツラは値が張ってそうだな。
しかしどれだけカツラに金を掛けようと…

お前のカツラは俺に引っ剥がされる運命にある。」

「カツラカツラしつこいんだよ、豚野郎。
これは地毛なんだよ。なんなら引っ張ってみるか?」

不思議なことに今日のヅラリーノには余裕さえも感じられる。
これは一体、何なのだ…

「そこまで言うならこっちへ来い。
いつものようにハゲを白日の元に晒してやろうじゃないか。」

ヅラリーノは嫌味に顔を歪ませ俺の前へとやって来る。
俺の手が届く距離まで来ると、車椅子に座る俺の目線の高さに合わせ屈む。
ヅラリーノの顔が近付く。
いつ見ても醜悪かつ野卑な中年顔だ。

「ほら、引っ張ってみろよ。
ただし、そっとだぞ?」

何がそっとだ。
思い切り引っ剥がしてやるよ…
俺はヅラリーノの頭頂部の髪を鷲掴みにする。

「え?」

いつものカツラならこの時点で間抜けな音と共に剥がせるのだが…、取れない…
意外なことにしっかりと根の張った感触がする。
カツラを両面テープで貼り付けたのか?それとも接着剤を使ったのか?
ならば、それごと剥がしてやろう!
俺は掴んだ髪を引っ張り上げる。

「痛えなっ!そっとやれと言っただろうがっ!」

ヅラリーノは痛がっている。
しかしこれは演技だろう。
その時、ヅラリーノの後方にパリスの姿が見えた。
俺がパリスへ目配せすると、パリスは持ってきた釣竿を構えた。

これがいつものアレだ。
俺が囮となり、ヅラリーノの背後に回った栗栖がヅラを一本釣りをする。
今回はパリスだがな。

パリスは釣竿を操る。
釣竿の先から釣り糸が垂れ下がり、その先にある釣り針をヅラリーノの頭頂部へ近付ける。
その釣り針がヅラリーノの頭上近くに来た時、俺は釣り針を摘みヅラリーノの頭頂部へ引っ掛ける。

「痛っ!」

とヅラリーノが声を上げた時、

「今だ、パリスっ!釣り上げろ!」

パリスは釣竿のリールのハンドルを回し引っ張り上げる。
ヅラリーノは声にならない叫びを上げる。

しかしカツラは取れない。
ならばと、俺は釣り針の刺さった辺りの髪を鷲掴みにし、渾身の力を込めて引っ張り上げる。
ヅラリーノの断末魔のような叫びの後、固く深く根の張ったものが引っこ抜ける感触がした。

ヅラリーノは頭を抱え屈み込み、苦痛に身悶えする。
俺は手を開き、掌にある物を見る。
血のついた釣り針と抜け落ちた無数の髪だ。
それを良く見た後、ヅラリーノの頭頂部を見る。
丁度、俺の拳の大きさぐらいのハゲが出来ていた。
釣り針を無理矢理引っこ抜いた傷からは血が流れている。
そして目を凝らしてよく見ると、頭頂部の地肌には無数の毛穴があったのだ…

これはカツラでは無い。
地毛だ…

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