虚しさ隠しの道化芝居
ヒロタン…
ヒロタンってのは俺が数年前から書いているブログの主人公の名前だ。
ブログのタイトルはヒロタンブログ。
ヒロタンこと十文字裕人という17才の男子高校生の設定で書いている日記形式のフィクションだ。
その内容は俺の妄想や理想が盛り込まれている。
俺の決め台詞や名台詞の数々は全てヒロタンブログで編み出されたもので、俺はそれをいつからか実生活でも使うようになっていたのだ。
これには我ながら、自分という人間を痛い奴だと思う。
しかし、俺の日常はあまりにも虚しかったのだ。
俺は実際にも高校生だというのに、青春の輝きや人生の価値を感じられなかったのだ。
そんな中でブログで妄想を垂れ流し、少しばかり妄想を具現化してもいいだろう?
誰にも害は無いはずだ。
しかしだなぁ…
虚しさを紛らわせる為の現実逃避が、余計に現実を虚しくさせていたのだ。
俺は自分のしていることが現実逃避であると自覚していたものの、それを心の奥底に隠していた。
そうでもしないと、自分が崩壊しそうな恐怖があったからな。
こんなことを考えだすと終わりがない。
俺のこれまでのことよりも今現在の脅威は黒薔薇婦人だ。
黒薔薇婦人は俺がヒロタンであることを見抜いていた。
今、この闇の中でさえも輝きを放つような美貌、艶めく真っ赤な唇の端は皮肉のような笑みを湛え、何よりも自信に満ち溢れた佇まい、この女に俺は底知れぬ恐怖を感じる。
言い逃れはやめにしておこう。
今の俺にはそれを否定する余裕や、決め台詞を言い、流し目を送る余裕さえも無い…
「そうだ。俺がヒロタンだ。
俺がヒロタンであると、よくわかったな…」
黒薔薇婦人が吹き出したかのような笑い声をあげる。
「貴方、自分の画像を貼っていたことはお忘れ?」
そうだった…
今の今まで忘れていたのだが、一時期、ブログに俺の流し目決め顔画像を貼っていたのだ。
当時、その画像とブログのURLを何処ぞの誰かが大手の掲示板に晒したものだから、コメント欄でキモいだの死ねだの罵詈雑言、誹謗中傷を浴びていた…
一瞬にして当時のことが走馬燈のように脳裏を駆け抜けた。
さすがにそれ以降は自撮りをブログに貼らないようにしているのだが、これを知っているということは、この女もそういうことなのだろう。
もう当時のことは思い出したくもない。
俺は一刻も早くここを立ち去るべきだ。
俺は車椅子のハンドリムを掴み、方向転換させる。
「でも、貴方のような有名人……、インフルエンサーにお目にかかれて光栄です。」
背後から投げ掛けられた言葉は意外なものだった。
しかし、
「インフルエンサー?なんだそれ?」
「貴方のような方がインフルエンサーを知らなくって?」
「知らないな。」
「ネット上などで影響力のある有名人のこと。」
「俺が有名人?
つまらない冗談はやめてくれ。」
「私は冗談を言ってるつもりはありません。
ご自分のブログのアクセス者数を見たことなくって?」
ブログのアクセス者数か。
ブログなど、三カ月ぐらい放置しているからな。
俺の画像が晒され拡散された時は一日で300ぐらいはいったのだが、それ以外は二桁いけば良いところだった。
俺はスマートフォンを取り出しヒロタンブログへアクセスする。
ログインし、直近の記事を開きアクセス数を見る。
「え?」
思わず声が出た。
桁が四桁以上ある…
そこまで超えると数える気がしない。
その前の記事はどうだ?さらにその前、その前の前の前の前の…
アクセス者数を数える気が失せるぐらいの数字だ。
「これはどういうことなんだ…」
「自分が有名人であることに気付かなかったのかしら?
貴方はやっぱり面白い方ね。」