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閑話 ある奴隷少女の追憶 その八

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 私がトキヒサの奴隷になり、このノービスに来てからも色々なことがあった。



『トキヒサ。出来た』
『おうっ! よく頑張ったな』

 着いたばかりで荷車の横転事故に巻き込まれた時も、倒れた荷車を運ぶのを手伝い終わったら、トキヒサはそう言って労りながら頭を撫でてくれた。気分がほっこりした。




『ゴッチから報告を受け、すでに検査の用意をしてある。先に医療施設に搬送されているバルガスも現在治療中だ。……安心しろ。凶魔化などさせるものか』

 ノービスの偉いヒトであるドレファス都市長に、息子ヒースに喝を入れる代わりに私の身体を診てくれるヒトに取り次いでもらった。どこかヒースとの関係に悩んでいそうなヒトだった。




『皆さん初めまして。私はエリゼ。この教会の院長をしているわ。と言っても私以外にシスターが数人いるだけの小さな教会だけどね。フフッ』

 教えてもらった教会で、ラニーの叔母だというエリゼに私の身体を診てもらった。優しくて落ち着いたヒトだった。




『コホン。では改めまして。長女のアーメです』
『次女のシーメだよ』
『ソーメです……末っ子』
『『『私達、三人揃って…………『華のノービスシスターズ』』』』

 ちょっとよく分からないけど、何故か凄いと思える三姉妹と仲良くなった。あの名乗りはどこから持ってきたんだろう?



『…………セプト。エリゼさん達を信じてみよう』
『分かった』

 エリゼの作った試作品の器具を、エリゼの言葉を信じたトキヒサの言葉を信じて身に付けた。あんまり重くないし邪魔にもならなくて良かった。これまでと変わらずにトキヒサに仕えることが出来る。




『どうしたの? トキヒサ』
『な、何でもない。それより早く離れて……あと服はきちんと着てプリーズ』

 わざわざ奴隷をベッドで寝かせて自分は床で寝ていたトキヒサが、毛布から足がはみ出て寒そうだったので起きるまでしがみついたりもした。

 アーメ達にトキヒサと一緒に寝るならこの方が良いと言われて、わざと服を少し乱したけど、身体に付けた器具が出てしまったせいか、すぐにトキヒサに服をちゃんと着るよう指摘された。




『なら今は無理に目的を作らなくても良いんじゃないか? 目的なんざ生きてる内にころころ変わるもんだ。だったら今無理やり目的を捻り出さなくたって、やりたい事が出来るまで待ってりゃいいのさ』

 自分のやりたいことを考えたけど思いつかない時、アシュにそう言われてそういう考え方もあるのだと知り、

『トキヒサ。私、一人でやりたいことが見つからなかった。でも、一緒に行っちゃ……ダメ?』
『ダメなもんか。セプトがやりたい事を見つけるまで、一緒に行こうぜ』

 トキヒサにも言われて私は焦らなくても良いのだとホッとした。ジロウの宿題もそうだけど、これでまた一つやることが増えた。



『やあやあジューネちゃんじゃないか。この所顔を見せに来てくれないものだから、ワシもすっかり老け込んでしまったわい』

『……ふぅ。まだまだ私も未熟ですねぇ。自分で言ったばかりだってのに、口だけで止められないからって腕に頼ってしまうとは』

『只今ご紹介に与りました情報屋のキリですよっと。お代と時間さえ頂ければ、大抵の事は調べてみせるよ。以後よろしく!』

 その後もジューネに護衛を頼まれたトキヒサに付き添って、取引相手のコレクターで貴族のヌッタ子爵、商人ギルドの仕入れ部門のトップだというネッツ、何故かモフモフに目がない情報屋のキリに会いに行ったり、



『こうすると、男は元気になるって言ってた。でも、やりすぎると元気になりすぎて危ないから、好きなヒトだけにやった方が良いって』
『そ、そうか。確かに誰彼構わずするとマズイからな! うん』

 夜中に目が覚めたらなんでかトキヒサの額が赤くなっていたので、以前アーメ達に教えてもらった男のヒトを元気にする方法の一つ、痛そうな所を優しく撫でてあげたら、トキヒサがすぐに元気になって引き離されたこともあった。

 ……もう少しこのままでも良かったのに。



『……出来た! 出来たぞっ!』
『私も、出来た』
『はい。お二人ともちゃんと書けてますね。書き取り試験合格です!』

 皆で一緒に勉強会もした。奴隷にはこういった知識は不要というのが前の持ち主の教えだったけど、こうして勉強してトキヒサの役に立てるならとても嬉しい。

 どうやらトキヒサもこれは得意じゃなさそうなので、その分私が頑張ればもっと役に立てるかもしれない。



『これは……硬貨ですか? しかし私の知るどの硬貨とも違うようですね』
『ああ。俺の故郷で流通しているからここらへんじゃまず出回ってないと思うぜ』

 他にもトキヒサが出したイチエンダマ。素材で言うアルミニウムという物をジューネに見せて売り込もうとしたり、



『……僕に答える義務があるとでも?』
『お願い。教えて』
『ふ、ふん。そんな目で見ても教えると思うなよ』
『お願い』

 ヒースに何故他の講義をさぼるのか尋ねてみたりもした。何故かヒースは私から目を逸らしてずっと隠れようとしていた。私はただ普通に尋ねていただけなのに。




『ごめんなさい。私のせい』
『セプトを責めないでくれよジューネ。今回の都市長さんからの頼みは、セプトにとって治療の為の交換条件みたいな所もあるからな。それに俺もさっきセプトを前に出したから謝るなら俺の方だ。ゴメン』
『ああもぅ二人とも、別に責めてはいませんよ。それを言うなら段取りを伝えていなかったこちらにも非が有ります。すみませんでした』

 だけどそのまま逃げられてしまい、私が勝手にやったことなのにトキヒサとジューネもそれぞれ謝って結局皆で互いに頭を下げあったりもした。ジューネはまだしもトキヒサは私の主人なのだから頭を下げるのはおかしいと思うんだけどな。



『そういうのを余計なお世話って言うの。迷惑がかかるかも? ハッ! 何も知らない内に雇い主が捕まる方が迷惑という話よ。……それに、トキヒサが居なくなったら困るヒトがそこにも居るじゃない』
『置いて、行かないで。居なく、ならないで。……お願い』

 自分が魔石の不法所持で最悪牢獄送りになった時のために敢えて何も言わなかったトキヒサに、つい縋り付いてしまったこともあった。

 奴隷の立場から言えばそれはとても不敬なこと。実際すぐに私も離れた。だけどあの時トキヒサが居なくなったらと考えて、急に胸が怪我もしていないのにチクチクと痛んで、無性に触れていたいと思った。

 次はちゃんと我慢しなきゃ。



『準備出来たよ姉ちゃん』
『こっちも……大丈夫だよ』
『よろしい。では皆様お座りください。“五分で分かる七神教の成り立ち”はっじまっるよ~!!』

 ある時はアーメ達の演じたお芝居がとても面白く、影絵の参考にもなるのでまたやってほしいと思った。

 あれなら練習すれば、人形だけなら私も近いことが出来るようになるかもしれない。声まではちょっと自信ないけど。



『ちょっと買いすぎじゃないかジューネ』
『何を言ってるんですかトキヒサさん。まだ半分くらいしか回っていませんよ』
『トキヒサ。私、持つ?』
『気持ちはありがたいけどセプトもキツイだろ? 腕がプルプルしてるぞ』

 ジューネの買い物に付き合うトキヒサと共に荷物持ちをしたこともあった。毎回こんなに買い物をするなんて、商人はとても大変だ。



『セプト。くれぐれも二人を頼むわ。……またトキヒサが危険に突っ込んでいこうとしたら力尽くでも止めて』
『分かった。任せて』

 街に出ているヒースを尾行する際、別行動をすることになったエプリにトキヒサの事を頼まれた時は、時々予想を超えたことをするトキヒサを何としてでも守らないとと奮起したり、



『そんなに美味しいんですか? どうも初めて見る品で心の準備が』
『まあ一口食ってみろよ。セプトなんかすぐに食べ始めたぞ』
『美味しい。美味しい』

 初めて見るラーメンという食べ物を、トキヒサに勧められて舌鼓を打ったりもした。身体と心がほっこりする食べ物だった。



 そして、食べ終わった後の帰り道、品物を買い取ってほしいというヒトの品物をトキヒサが確認していた時、

『…………何でこんな物が?』

 その中の小さな板みたいなものを見て、トキヒサが凄く驚いたような顔をしたのに気が付いた。それがトキヒサにとってどれだけの意味を持つのか、この時の私にはまるで分らなかった。



『まずは自己紹介から。あたしの名前は大葉鶫(おおばつぐみ)。元の世界では花の高校一年生。陸上部に入ってましたっす。好きな事は身体を動かすこと全般。気軽につぐみんと呼んでもらっても良いっすよ!』

 笑いながら自己紹介をしたそのヒトは、どこかジロウやトキヒサと同じ感じがした。

 トキヒサが気にしていたスマホというらしい物の出所を探し、辿り着いた場所。そこに住んでいたのがこのツグミだった。

 ツグミが何故かトキヒサをセンパイと呼ぶのは驚いたけど、ここで互いに自己紹介をした時、

『護衛さんに……ど、奴隷っすか!? まさかセンパイっ!? 年下の子にご主人様なんて呼ばせるコアな趣味があったんすか!?』
『違うってのっ! セプトは成り行き上預かっているだけだよ。俺はいわば保護者みたいなもんだ』

 この言葉に私は少しだけ落ち込んだ。私はトキヒサの奴隷なのに、トキヒサは預かっているだけだという。……もっと役に立たないと。



 ツグミには不思議な能力があった。

『『ショッピングスタート』。カテゴリは飲み物。それとコップっす』

 そう言って変な道具に触れると、突然目の前に見たことのない飲み物が現れたのだ。

 好きなだけ出せるのではないらしいけど、それでも色んな物が出せるというのは凄いと思った。

 その後私がよく分からないまま話が進み、トキヒサの持っていた道具から綺麗な女の子の姿が映し出されて何か話していたけれど、その辺りはやっぱりよく分からなかった。

 ただ、トキヒサとツグミが会ったばかりなのに何か気が合っているのを見て、ほんの少しだけ胸がチクチクとした気がした。



 そしてトキヒサがツグミに一緒に行かないかと誘ったその日、

『しかし百万デンかぁ。一気にちょっとした金持ちになったな』

 ドレファス都市長とのイチエンダマ……アルミニウムの取引で、トキヒサは百万デンという大金を手に入れた。

 暮らしぶりにもよるけど数年は遊んで暮らせるだけの額。トキヒサはイザスタというヒトを探しているらしいので、当然全てそのために使うものだと思っていた。……なのに、

『じゃあ金も入ったことだし、今の内に払える分は払っておくとするか。まずはジューネとアシュさんの分な』

 そう言ってジューネ達に謝礼を払うまでは分かる。だけど普通に上乗せとして金貨を払おうとしたり、エプリにも大目に払おうとしたり、遂には、

『これでエプリの分も終了っと。あとはセプトとボジョの分だな』
『私達の、分?』

 なんとボジョと一緒に私にまで渡そうとした。私は奴隷としてしか生きられないから自身を買い戻す金なんて必要ないのに。

『ああ。セプトは自分を奴隷のままで良い、奴隷としてしか生きられないって言うけどな。それはそれとして給料を払う必要があると考えていたんだ。細かい取り決めは出来てないけどよく働いてくれているのに変わりはないからな。それに今は目的が見つからないかもだけど、いざその時になったら先立つものが必要になるだろ? だから渡しておく』

 何度私をもっと奴隷らしく扱ってほしいと言って断っても時久は納得せず、強引に私に金を握らせてきた。

 私は困ってしまった。生まれて初めて自分で好きに使える金を持ってしまったことに。一体どうすれば良いのだろうか?

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