4 仮登録と装備屋
「推薦状って、そんなの聞いたことねーぞ!」
ショックを受けて戸惑う私に代わって、ディータがすぐに文句を言ってくれた。
けれど、眼鏡をかけた職員は冷たく首をふるだけだ。
「一般的には、あまり推薦状のことは言われません。というのも、みなさん大抵どなたかベテランの方に師事してからここへ来られますから」
「一見さんお断りってんなら、俺がいるからいいだろ?」
「いいえ。ディータさんは基本的にソロでの討伐です。他者のサポートに慣れていない方に推薦と言われましても……こちらとしては、実力を測りかねる方のいきなりの登録というのは、受け付けかねるのです。――事情がありまして」
納得いかない様子のディータに、職員は心持ち身を乗り出し、声を落とした。どうやら、秘密の話をするらしい。
「ここのところ、ギルドを通さない討伐が増えているのはご存知でしょう? それも迷惑ですが、冒険者登録だけして装備や武器を割引価格で買って転売するやつや、登録したあとは野良で仕事を引き受けるやつもいて、正直言って新規の方への警戒は強めてるんです。そんなことを許していたら、ギルドというシステムが崩壊しかねませんから」
職員がチラッとこちらを見て言うのを聞いて、私は胃がキリキリしはじめた。
故意にやっていたわけではないけれど、私はこの職員さんの言う〝野良で仕事を引き受けているやつ〟だ。
もちろん、割引価格で買った装備を転売しようなんて考えてはいないし、登録だけして野良をするつもりもない。でも、それを信じてくださいというのも無理があるのは話を聞きながら理解した。
「あの方の格好……あきらかに教会関係者でしょう? その……ここ最近のギルドを通さない討伐は、教会に関わりがあると言われているんですよ」
職員は、もはや隠すことなく私を見て言っていた。
これが言いがかりや勘違いならよかったのに、残念ながらとても私に当てはまることだ。それがわかって、私の胃痛はピークを迎えた。
「あの、ディータさん……無理なら仕方がないです」
職員の視線がつらくなって、私はつい言ってしまっていた。
知らなかったとはいえ、ルール違反はだめなことだ。だから、登録の基準を満たさないと門前払いされるのも仕方がない。
親切にしてもらってこれ以上迷惑はかけられないと、私はここでディータとお別れするつもりだったのだが、彼は何を思ったのか、少し怒った顔で私の手を掴んだ。
「簡単に諦めちゃだめだ! 俺が話をつけてやる」
そう言うと、彼は再び職員に向き直った。
そして、静かな声で語りだす。
「この子は……イリメルは、可哀想な子なんだよ。今日俺が見つけるまで、ずっと教会にこき使われてひとりで戦ってきたんだ」
「……やはり教会!」
ディータが芝居がかった調子で語りだすと、職員はひとつの単語に異様に反応した。
「そう、教会だ。教会に頼まれるがまま、こんな意味があるかどうかのショボい装備で戦い続けてきた。己の強さを試したいっていう、純粋な感情につけこまれてな。俺が声をかけるまで、冒険者ってものもギルドの存在も知らなかったと。だから、これまで無償でモンスターを倒してたんだぜ。これまでの戦いでローブはこの通りボロボロだ」
「本当だ……というか、む、無償……!? ううぅぅ」
何が職員の心に触れたのかはわからないけれど、彼はなぜだか泣きだしてしまった。
一見すると冷徹な人なのかと思ったのに、どうやらそうではないようだ。ひとしきり涙を流してそれを拭うと、先ほどとは打って変わって熱のこもった目で私を見てきた。
「あなた、大変だったんですね! おのれ教会! おのれタダ働き! 教会のやつら、そんな汚いことをしていたのか……」
職員は何やら教会に恨みがあるらしく、「ここ最近のあいつらの勝手ぶりが」とか「神の名のもとにって言えば何してもいいのか」とか、何だかブツブツ言っていた。
でも、それが収まるとキリッとした様子で奥へと引っ込んでいった。
「たぶん、うまくいくと思うぜ」
「でも、いいんでしょうか……」
得意げに言うディータに、私は少し罪悪感を覚えた。
教会に依頼されてモンスターを倒していたのは事実だけれど、別に彼が言うみたいにひどい目に遭わされていたわけではない。
無償だったのは確かでも、家を飛び出した私を快く受け入れてくれたのも教会の人たちだったのだ。
「世話になってる人たちを悪く言いたくないのはわかるよ。でも、教会のやり方というか、仕組みが悪いのは確かだろ? だから、嘘は言ってねぇよ。イリメル、使えるもの使わねぇと生きていけないぜ?」
「……そうですね」
ディータの言葉には説得力があり、私は頷くしかなかった。
こういう面を見ると、彼が少年ではなく立派な成人なのだなと感じさせられる。
「お嬢さん! そのクソボロローブ、買い替えに行けますよ!」
少し待っていると、先ほどの職員が笑顔で戻ってきた。その手には、一枚の書類がある。
「上司にかけあってきて、仮登録が認められました! とりあえず、仮登録でもギルド認定の装備屋は利用できます」
「よかったな! これで丸出しの太ももを気にしなくてよくなるぞ!」
職員が見せてくれた書類を指差し、ディータは無邪気に笑う。
悪気はないのだろうが、一瞬頭から抜けかけていた太もものことを指摘され、私は広げた魔導書で念入りに隠した。改めて言われると、ひどく恥ずかしい。
「上司の方にかけあってくださり、ありがとうございます。でも、あの、仮登録とは何なのでしょうか?」
「あ、それ俺も気になってた。初めて聞く単語だし。何なんだ?」
便乗して尋ねるディータに、「あなたも知らなかったの……」と内心で突っ込んだ。職員にすぐ尋ねないから、彼はわかっているものだと思っていたのに。
「私としても本登録してあげたかったのですが、やはり教会の件を抜きにしても実力がわからない方の登録は難しいということで。そこで、推薦状に代わるものとして、試験を受けていただくことになってます」
「試験? そういえば、聞いたことあったな」
「そうでしょう? かつて、ギルド設立初期の頃はむしろこの試験による登録可否のやり方が主流だったようです。合格不合格を図るのではなく、その人にどのくらいの難易度の依頼ならできるか把握するための制度ですね」
「なるほどな。それなら、まあ悪い話じゃないのか」
私には何が何やらだったけれど、ディータの様子を見る限り、良い方向へ話が進んでいるようだ。
「試験の内容については、これからまた上長と詰めてきますので。その間に、ゆっくり装備でも買いに行っていてください」
「わかりました。よろしくお願いします」
眼鏡の職員に見送られ、私とディータはカウンターを離れることになった。
そのときに腕輪を手渡された。どうやら、これがギルドの登録証になるらしい。よく見れば、ディータのものとは色が違う。仮登録と本登録の違いのようだ。
「じゃあ、装備屋に行くか。何はともあれ、その脚を隠さないとな」
「は、はい……もう、本当に……」
また脚のことを指摘され、恥ずかしくなってしまった。でも、悪気がないのもわかっているから、彼が歩いていくその後ろに続く。
食堂と続きになっていたのとは反対のほうへ歩いていくと、そこは小さな店が建ち並ぶ通りになっていた。
薬屋、アクセサリー屋、剣や盾を扱う武具屋、ほかにも花屋や釣具屋など雑多な店が並んでいる。
そのうちの一軒の店の前で、ディータは立ち止まった。
そこは一見して、魔法に関するものが置いてあるのだとわかった。
「いらっしゃい。何をお求めで?」
「この子の新しい装備一式を。破れてしまっているし、何よりこれでギルドの依頼に向かうのは心もとないんだ」
「ひどいものを掴まされましたな。それでは、見繕って参りましょう」
ディータの短い説明を聞いて、店主は私を一瞥すると、また店の奥へと引っ込んでいった。表向きは露店にしか見えないのに、奥があるらしい。空間魔法の応用みたいだ。
「このお店は?」
「主に治癒職の装備を揃えている店だよ。でも、変わり種も揃えてるって評判の店なんだ」
ディータに言われて店頭を見てみると、指輪やイヤリングなどの小物から、ローブやブーツ、ロッドやワンドなどの着るものも武器も揃っている。特にこだわりがなければ、ここに立ち寄れば魔法系装備は一式揃うだろう。
教会で支給されたもの以外に装備なんて知らずにきた私にとって、それらのものはとても珍しかった。
しばらく見入っていると、店主が奥から商品を手に戻ってきた。
「お待たせ。そちらのお嬢さんにぴったりの装備をお持ちしましたよ。まずは基本のセット。これを元に、いろいろカスタムしましょうか」
そう言って店主は、白を基調としたローブと、それに合わせるアクセサリーを一式見せてくれた。耳飾りに指輪、それからペンダントにバングルなどが揃っている。
「アクセサリーは基本だな。これはもらおう」
「魔法職にとってこういった装具は魔力の出力を安定させる必需品ですから。これまで何もつけずに大変だったのではありませんか?」
ディータがアクセサリーを買うと言ったからか、店主は上機嫌だ。異論はないものの、大変だったのではと聞かれると、返答に困ってしまう。
ディータやギルド職員の反応から、私がこれまでひどい装備でいたのはわかっているものの、これしか知らないから不便かどうかもわからないのだ。
「武器はないのか? この魔導書じゃ、飾りにもならないだろ。今は別の用途に活躍中だが」
ディータが太ももを隠している魔導書をチラッと見てから言った。真顔なところを見ると、からかうつもりなど一切ないのだろう。
「それはご相談してからとおもっておりました。お嬢さんはどのような武器をご所望で? 神聖魔法に特化したものなら聖杯などの用意がございますし、治癒や加護を中心にお使いでしたらやはり書物のタイプでしょうか」
「えっと……できれば魔法に打撃を乗せられたらと思うのですが、それだと杖がいいのでしょうか?」
店主の質問の半分も理解できていなかったけれど、私はとりあえずこれまでの道中で出会ったモンスターをどのようにして倒したかを説明した。
「あ、あれ……? お嬢さんはヒーラーではない? 治癒が使える戦士だと思えばいいのかな……? とりあえず攻撃力が高い武器ということなら、このあたりのワンドかメイスがいいのでは?」
私の説明を聞いた店主はなぜか顔を引きつらせていたけれど、店の奥から丈夫そうなワンドとオーヴを頂いた金属製の戦棍(メイス)を持ってきてくれた。
その形状に惹かれ戦棍に手を伸ばしかけたものの、ディータに笑顔で制されてしまった。
「アクセサリーと武器はこれでいいとして、ローブではなくもう少し丈が短い上着と履く物の組み合わせはないかな?」
先ほどの装具一式と軽くて丈夫そうなワンドを買うことにして、ディータは勧められたローブを広げた。フードのついたシンプルなローブで、これぞ魔法使いといった雰囲気だ。
でも、ディータはあまり気に入らない様子だ。
これまで言えばなんでも店の奥から出してくれた店主だ。だから、この要望もきっと叶えてくれるだろうと思ったのだけれど、なぜか彼は猛然と首を振った。
「ヒーラーがローブ以外、身につけていいわけがないでしょうが!?」