消えたミハイル
白金に言われて、しばらく俺は自室に缶詰状態。
新聞配達と勉強の時以外は、執筆活動を続ける。
目が乾くし、肩もバキバキ。
何故なら、1週間で約20万字を用意しろと言われたからだ。
編集長の意向で、2巻と3巻を同時発売したいと業務命令が下されたため。
俺は毎日、死ぬ気で書き続けた。
2巻は、ひなたと博多で遭遇し、成り行きでラブホに突入。
それを知ったアンナが、怒ってラブホでにゃんにゃん、コスプレパーティ。
3巻はただの腐女子パート。
おまけ感覚。
夜明けに書き上げた原稿をパソコンからメールにて、博多社へ送信。
あっという間の一週間だった。
ふと、カレンダーを見れば、今日は日曜日。
スクリーングの日だった。
寝不足だが、仕方ないので軽く朝食を済ませて、小倉行きの電車へと乗る。
※
|席内《むしろうち》駅についた。
だが、俺が予想していた光景とは違い、自動ドアのプシューという音だけが鳴って、扉は閉まってしまう。
“彼”が乗ってこない。
ひょっとして、遅刻か?
いや、あの性格だ。ありえない。
とりあえず、俺は目的地である赤井駅に列車がたどり着くのを待った。
赤井駅について、しばらくホームで彼を待っていたが、どの列車にも乗っていなかった。
諦めて、一ツ橋高校へと先に向かうことにした。
心臓破りの地獄ロードを越えると、一人の女性が立っていた。
オフホワイトのジャケットに、同色のタイトスカート。
これだけ見れば、ただの女教師って感じだが。
ジャケットの中が問題だ。
ワインカラーのチューブトップを着用しており、そこからはみ出る2つのマスクメロン。
そして、タイトスカートも超ミニ丈。
おまけに足もとは、ピンヒール。
どこの立ちんぼガールですか?
はい、宗像 蘭先生です。
「お! 新宮じゃないか! ちゃんと登校して偉いぞ!」
「なんだ……宗像先生か」
一瞬ミハイルだと思ったから、落胆してしまう。
「宗像先生か……とはなんだ? この蘭ちゃん先生がいないと学校が回らんだろう」
いや、お前がいなくても大丈夫。
むしろ、いなくなれ。
「そういう意味じゃなくて……ですね。あの、ミハイル。古賀は来てないんですか?」
俺がそう言うと、宗像先生は目を丸くする。
「ああ、古賀な。熱が出て大変らしいな」
当たり前のようにいうから、俺は声を大にして叫ぶ。
「えぇ!?」
「ん? 新宮は聞いてなかったのか? 一週間ぐらい前から寝込んでいるって聞いたぞ。ヴィクトリアからな」
一瞬にして、状況を理解した。
俺のせいだ……。
先週、ひなたと梶木で泊りがけの取材をしたから。
あの時、アンナは心配して、マンションの前でずっと俺を一晩中待っていた。
朝に彼女を見つけた時。ガタガタ震えていたもんな。
きっと、あの日のことで、風邪を引いたのだろう。
「……」
罪悪感で胸が押し潰されそうになる。
俺が黙り込んでいると。
「どうした? そんなに心配か? ヴィクトリアが言うには、高熱が続いているのに。学校に行くって、ふらつきながら家を出ようとしたから、止めるのに大変だったらしいな」
「え……ミハイルがですか」
彼なら、やりかねない行動だ。
「ま、『高熱でも学校に来い』とは、先生なら言えんからな。ちゃんと静養しておくように伝えておいたぞ。新宮も寒くなったから、風邪には気をつけろよ、だぁはははっははは!」
「……」
いつもなら、この下品な笑い声を聞いて、ツッコミを入れるところだが。
そんなことよりも、彼の身が心配だ。
しばらく、地面を見下ろして考え込む。
俺のせいで。アンナ……いや、ミハイルが身体を壊したって言うのなら。
それなのに……俺だけ登校してもいいのか?
スクリーングは最低でも4回ぐらい、通学しないと単位がもらえないって聞いた。
なら……ダチの俺は。
パン! と自身の頬を両手で叩く。
「よし。決めた」
その力強い音に驚く宗像先生。
「ど、どうしたんだ? 急に?」
「宗像先生! 俺、今日。休みます!」
「え……?」
「俺も高熱なんで、帰ります! 欠席扱いで良いっす!」
そう言うと、俺は先生に背中を見せて、勢いよく坂道を駆け下りる。
待っていろ。ミハイル。
背後から宗像先生の叫び声が聞こえてきたが、俺の身体には響かない。
頭の中は、苦しむあいつの姿でいっぱいだったから。